第47話 獣人国ではできるだけお淑やかにいきたいけど、今更無理って話だよね

「あぐぁっ……」


「ふっ」


 ガルガは歯を見せ楽しそうに殴り、


「ぉっ……」


「……」


 ホルスは冷たい目で無心で殴る。


 乾いたアスファルトの上を鮮血が生き物のように、一定の粘度を持って進み、広がる。


 殴るたびに血が水面に毛糸を浮かべたように線になって走る。


「ユユ、無理して見なくて良いからね。本当はこうならない方がいいんだから」


「は、はい……」


 クロウが2度言ったことで、ユユは無理していたのが見抜かれてたと思い、闘技場から背を向けた。

  

 それでいいとクロウは笑う。


 努力を惜しまず見捨てた者にやり返すのはスカッとするし、自己満足としてはとてもいい。だが、本来はこういうのは無い方が幸せだ。


 ユユはいい子だ。

 人を憎み、やり返すことなんてこれからも経験しないだろう。


 観客席の方を見る。

 ある者は全身に鳥肌がたつのを感じ、ある者は悲鳴を漏らし、ある者は……涙を浮かべ。皆、顔を青ざめ言葉が出ない。


 ……もうそろそろかな。流石に殺すのはヤバいし。


 クロウは審判の隣にいるフェルに向けて手を挙げる。


「——そこまで」


 フェルは静かに一言。

 近くにいたガルガの狂気に満ちた瞳がフェルを捉える。


「……おいフェル、邪魔すんな」


 ぐったりしているガルスの胸ぐらを掴み、ガルガが殺気を放つ。


「へぇ……私に逆らうんですかぁ。久々にボコられたいんですか」


「ほぅ、やってやろうじゃねぇか」


「楽しそうですが、やっぱりやめておきます。これはクロウ様の命令ですから、破ればクロウ様に逆らうことになりますので」


「ッ……主が……」


 ガルガがこっち見た。

 良いところを止められたから機嫌悪そう。いつものようにヘラヘラしててはダメだ。


 とりあえず、冷たい目を意識した表情を作った。






「ひぃゔッ……ごべんなざい……ごべんなざい……」


 泣きじゃくり、謝り、ひたすら殴られ……デルガは時が過ぎるのをひたすら待った。けれど、終わらない。


「情けない……こんな奴にわたしは……」


 恋人を寝取られ、自分より男らしくて強いと思っていた奴といざ対戦。

 しかし、泣きべそをかいているだけ。そんな奴を殴り続けてもなんの手応えもない。


(……わたしの復讐もこんなもんか。あとは勝手に落ちていくだけ)


 瞬間、視線を感じた。

 特別席にいるクロウのものだ。

 冷たい視線はぞっとするほど異様な迫力に満ちている。


 ホルスは殴る手を止めた。

 

「し、勝者——ガルガ、ホルス!」


 ガルガとホルスが戦闘をやめたところで審判が慌てて言う。


 救護隊が急いでガルスとデルガを運んでいく。


 立ち尽くしているホルスの元にガルガが歩み寄った。

 

「……お疲れ様」


「……ああ」


「あれ、どうする?」


「普通の処置では回復は無理だろう。仕方ない、指輪を使うか」


 出口に向かいながら並んで会話する。


「……んで、お前の復讐はあれでいいのか」


「あれで終わりだ。過去を今更追求するつもりもないからな。それに泣いてばかりでやり甲斐がない」


「ハッハッ、あれで代表だもんな。もう殴る気失せるわ。俺も勝てたし、なんかいいわ。つか、一発殴ったそれでスカっとしたし」


「我々は今が充実し過ぎていて復讐などというものは一発で方が付いてしまう。これも若のおかげだ。若がいなかったら間違いなく国ごと滅ぼす勢いだった」


「だな。けど、他の奴らはそうじゃ済まなそうだけどなー」


 出口を通り、長い廊下で次の試合に待機していた北と南の代表とすれ違いざまに目があった。

 

 ガルガとホルスは清しい顔をしていた。



「次、お願いします!」


 審判が呼びに来た。

 北と南の代表者は顔を見合わせ言う。


「僕……辞退します」

「俺もいいかなー…」

 

 



「はぁぁぁぁ!? 辞退しただと!?」


 ガルガとホルスの試合を見て北と南の代表者は戦意喪失してしまったらしい。

 

「これでは落ちこぼれ2人の決勝戦になるではないか……大会は中止だ、中止! あ、明日に延期だ! 全部やり直しだ!」


 その後、すぐに大会は中止との放送があったが、不思議なことにブーイングする者はいなかった。


 



 試合が終わる頃には夕方になっていた。


「用事終わったし帰ろうか」


 大会は中止になったし、開催しようととも思わないはず。つまり、大会に出場して私の婚約を止めて欲しいというユユの頼みは達成した。


「なんかあったらこれで僕に連絡するといいよ」


 自分がつけているものと同じイヤリングをユユに渡す。

 

「僕が作った『デンワ』というものなんだけど、これに念じれば遠くにいる相手と話せるんだよ」


「なるほど。つまり念じればクロウさんに繋がると」


「そういうこと」


 獣人変化トランス・ビーストしたガルガとホルスにそれぞれ乗って帰ろうとした時、猛烈な次々と足音が近づいてきた。


「ガルガ!」

 

「ホルス!」


 それぞれを呼ぶ声。

 ガルガとホルスは変身を解除。


 まずはガルガの方を見てみよう。


「ガルガ……お前やっぱすげぇよ」

「なぁ、族に戻らないか——」


「るせぇよ、バカッ!!」


 異世界王道のシーン、「今なら戻してやるよ」を最後まで言わせないのね。


 イライラしてらっしゃる。

 近づいてきた獣人の頭を片っ端から叩いていってる。


 次はホルスを見てみよう。

 確か、あの女は元カノだっけ?


「ホルス……ごめん私……」


「……」


「凄く強くなっててびっくりしたよ。あのねっ、その……第一、デルガとは本気じゃなかったし……そう! アイツに騙されたのよ! だから私は……私は悪くない!」


「……で、結局何が言いたいんです?」


「だからね、私と寄りを戻して欲しいの。今のホルスなら上手くやっていけるの」


「わたしを裏切った貴方と?」


「だからそれは……はいはいどうせ私が悪いんでしょ。ごめんなさい、ごめんなさい。これで満足?」


 なんだそれは、逆切れか? そんな謝り方で許して貰えると思ってるのか。


 言ってやれホルス。お前なんか——

 

 するとホルスは頭を下げ、


「性格含めて貴方の全部が無理なのでゴメンナサイ」


「……え」


 普段真面目で硬派なホルスから思いもよらぬ、発言。まるで揶揄うように元カノとの復縁を振った。


 思いっきりざまぁすると思ったら、まさかの展開。これはこれで……笑っちゃダメなやつだよね、プッププ……


「ぶーーっ! あはははっ!!」


 我慢できる訳がなく、吹き出した。

 キッ、と元カノさんに睨まれる。


「これでお前らを許したわけじゃないからな!!」


 人に指を差してきた王様まで現れた。

 本当に沸点の低い男だ。相変らず自分は王様だとでも思っているのだろう。あっ、王様か。


 王様は……特に言うことないし、無視無視。


 後ろから罵声を浴びながら僕らは帰る。ふと、ホルスとガルガが足を止めた。


「1つだけ……このクソ故郷に言い残すことがある。国を出て新たな強さを学んでくるのもいいぞ」


「そして……今強いと威張り散らしている者に下克上。暇ならやればいい」


 そう言い、足を進めた。

 

 数秒後。


「明日から国を出て武者修行だ!!」

「あのクソ長に今まで散々こき使われたんだ! やり返してやる!」

「下克上だァァァァァァァ!!」


「おい、ちょっ、お前たち!!」


 後ろが何やら盛り上がっている。

 僕らは笑いながら帰った。



 それから一週間。ユユから手紙がきた。

 まずは感謝の言葉。

 そして獣人国のその後だ。

 婚約者決めの大会はあれからも中止になった。何故ならガルガとホルスの圧巻の試合の後では誰もやりたがらないから。

 自分たちも戦うからにはそれを超える試合をしたいのだろう。下克上も含めて。プライドが高いのがいい方向に働いて良かった。


 書類整理をしている僕はふと、気づく。


「てか、ルルどこいったの?」


 朝から姿を見かけてない。

 問いかけに皆、首をかしげるだけだった。






「君たちのギルドは本当に面白いよね。ふふ」


 パンケーキ屋にて。

 にこやかなセリスと、そんな彼女を警戒した瞳で見るルルシーラ。


 パンケーキが届いたのにも関わらず、一向に手をつける気配がない。


「私だけ呼んだってことは皆には言えない何かあるんじゃない。勿体ぶってないで早く言って」


「まあそう急かさないでよ。ご希望とあらば単刀直入に言おう」


 セリスはルルシーラを見つめ。


「——私にクロウをくれないか?」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る