第46話 ダブルマッチで過去との因縁〜ざまぁはほどほどにね?君たちの方が強いんだから〜

 僕は特別席からぼんやりと試合を眺めていた。


「ふぁー……暇」


 一回戦で負けたからですけども。

 

「クロウ様、私が耳かきでもしてあげましょうか」


「いらない」


「では果物をあーんして」


「いらない」


「では膝枕を」


「いらない」


 全部断った僕に不満を抱いたのか、フェルが耳かきとフルーツの盛り合わせを持って迫ってきた。


「クロウさんの試合、凄かったです!」


 落ち込んでると思ったのか、ユユが励ましの声を掛けてきた。


「ありがとう。てかさ、王様のこと優しいとか言ってたけどめっちゃ酷い人じゃない?」


 見たところ横暴だし、卑怯だし。


「私みたいに構ってもらえる女性は珍しいので……。他の方に比べたら優しい方ですよ」


「ふーん」

 

 それから試合が進み、6人まで絞られた。

 休憩の前に組み合わせが発表された。


 ガルガVSガルス

 ホルスVSデルガ

 あとの2人は北と南の獣人同士。


 うーん、これは完全に仕組んでますねー。


「王様はガルガとホルスをよほど潰したいんだろうね」


「潰せば結婚を妨害されなくても済みますから。それだけではない気はしますが……」


「だね。それじゃあ、ちょっと王様のところに行こうか」







「くっくっ、これでいいぞ。このままいけば完膚なきまでに潰せる。クック……ざまぁみろだな」


「失礼しまーす」


「なっ!?」


「どうもリーダーのクロウです」


 僕が部屋に入ると、王様と側近たちは驚いたような反応をした。当たり前か。


「お前がリーダーだと? ハッハッハッ、リーダーを務める者が仲間に負けてどうするぅ?」


「僕はギルドで一番弱いんで。てか、対戦相手をいじるなんてよほど自信がないんですね」


 王様は眉を顰め、僕の胸ぐらを掴み上げた。


「小僧がッ!」


 すごくイキってらっしゃる。

 僕がガルガに負けたから弱いと思われてるんだろう。

 

 後ろからフェルとユユが姿を現す。

 フェルが僕と王様を見て言う。


「は・な・せ」


「……はい」


 あっ、離しててくれた。女には弱いのかな?


「ふんっ、それで組み合わせに文句を言いにきたのか。悪いが変えることはできないぞ。こっちに権利があるからな」


「別に変えてもらおうと思ってないよ。こちらに勝算があるからね。僕らが言いにきたのは……」


「審判は私も同席します」


 フェルが言う。


 王様と側近は顔を顰めた。どうやら反対らしい。

 試合を見てきたし、審判はちゃんとしているからフェルが同席する必要はないが……。


 そんな彼らにニッコリと笑いフェルが一言。


「貴方たちは試合を止める事ができるんですね」


 そして視線だけで牽制する。

 何があっても、という奇妙なワード。


「わ、分かった認めよう……」


 王様は悔しげに言う。


 ガルガとホルス。僕らの前では従順だけど……さて、どうなるんだろうね。






『えー、急遽ガルガ対ガルス、ホルス対デルガの試合をダブルマッチと致します』


 放送が流れ、会場入りした4人はそれぞれ向き合う。


「まさか、本戦に進むとは思わなかった。どうやら俺はお前の実力を見誤っていた、俺の足元に及ぶ実力だってこと。だが、所詮は俺の下の2番……価値はない」


「……」


 ガルスは自信に満ちた笑みを浮かべた。一方のガルガは気にする事なく、軽く準備運動をしている。


「よぉ、久しぶりだなホルス」


 下卑た視線と笑みのデルガ。

 その笑みは脳内で女を犯していそうといった方がしっくりくる。


「……お前の女、サイコーだせホルス。ありがとな、弱くて。おかげで寝取りやすかったわ」


 ホルスだけに聞こえる声で言う。


 それぞれ因縁の対決。

 対戦相手のガルスとデルガは余裕そうだ。


 腕は猛獣の様に強靭で、脚は丸太の様に太い。ガルガとホルスの人間の姿、細く貧弱なそれとは違い、圧倒的な五体を奴らは持っている。腕と脚だけではない。ガッチリと筋肉の付いた上半身も凄まじかった。大きく見せるための見せかけの肉体だけではなく、闘いのために練り上げられた証。


 圧倒的な体格差に負けを疑う者はいない。


「おいおい! お前ら余裕ぶって大丈夫かー!」

「獣人トップの力、見せてやれ!!」


 観客席からも賛同の声と、下品な笑い声が響く。


「おいガルス、デルガ! 負けたら分かっているなッ! 必ず勝つんだぞ!」


 王様が引きつった顔で嗤う。

 鼓舞するというよりは自分の鬱憤ばらしのため。


 会場は最高のボルテージ。9割がガルスとデルガの勝利を予想した。


「ダブルマッチ、ガルガ対ガルス、ホルス対デルガ! 試合開始!!」

 





(まんまと戻ってきやがって……ほんと、頭まで馬鹿になったんだなぁ)


 哀れな瞳でホルスを見てデルガは笑う。


 チラッと観客席を見ればミリィが手を振っている。


(頭脳も落ちこぼれの奴に俺が負けるはずがないだろう。散々痛ぶった後、ミリィとの話をしてやるか……。またトラウマを植え付けてやる)


 試合開始と言われ、まばたきを一回。


 その瞬間。


 シュン、と振り払った音と地面にボトリと何かが落ちる音。


「ぇ、ぁ、ぅ、ぁ、ぁあああああああああああああ──ッ!?」


 デルガの悲痛が響き渡る。

 無くなった右腕を見つめながら、何を言っているか分からない言葉で騒ぎ立てる。

 血が吹き出し、大地に鮮やかな染みを作る。


 ホルスの手は鷹化しており、強靭な爪からポタポタと返り血が流れる。


 続けて攻撃をしようと歩み寄るホルスに対し、片腕が無くなったデルガが後ずさる。


「ちょっ、まっ……」


「弱かったから、油断したから寝取られた……だから今度は容赦はしない」


 負の感情をありったけ込めて言い放つ。

 そして、思いっきり蹴飛ばした。


 小気味よいキックの炸裂音。サッカーボールのように蹴り転がされる。


 以前のホルスならこんな暴利的なことをしなかっただろう。


 観客席のミリィもその変貌ぶりに驚愕。


 ガルガがニヤリと笑い、クックッと喉の奥で嘲笑う。反応したのはガルス。


「な、何がおかしいんだ!!」


「腕一本無くしたくらいでぎゃあきゃあ騒ぐ事ねぇだろって思ってな」


「はぁ? 腕だぞ、獣人にとって体は武器。お前のような落ちこぼれには分からないがなぁ!!」


「こっちはなぁ、一回全て失ってんだよ。まぁアンタには分からないか」


 鋭い眼光。

 こんな弟を見た事がない。


「何だよその顔。今まで獣人国に置いてやった俺らに感謝しねえのか? あの程度で恨むとか、お前は本当に恩知らずだなああぁッ!」

 

 ガルスは動揺を隠して吠える。


 勢い任せに襲い掛かかるも、振りかぶった手をどうこうするより先に腕を掴まれた。そして、そのまま軽くひねられて無様に地面へと倒されてしまう。


「くっ!」


「腕が落ちたな、兄貴」


「チッ、クソがぁ!!」


 ガルガの拘束を振り払い、殴りかかる。


 右、左、右、左……全てを躱される。


「クソォ! なんで当たらないッ!」


 ガルスは焦り、今度は足蹴り。

 ガルガは地に伏せ躱し、ガルスが足を振り切ったと同時に腹目掛けてスピードが乗った重い拳を放つ。


 食らったガルスは空中でくの字になって、涎を吐き散らす。

 

「カッ! げほげほけほっ!!」


 重い一発を食らった。

 昔なら自分がその立場なのに。


 遠い間合いからガルガが左足の蹴りを放つ。

 休む暇を与えてくれない。


 攻撃されるたびに呻く。


 あばらが5、6本折られている。

 ……痛い。

 ところどころに傷ができる。

 ……痛い。

 全身から、ゆっくりと、そして確実に体温が失われていくのが分かる。

 ……痛い。


「2番目以下はゴミだっけ。じゃあその2番目に負けるアンタはなんなんだ」


 舐めプなんかしている暇はない。

 完膚なきまでの勝利。それだけのために戦う。


 ガルガとホルスの脳裏に過去が流れていく。


 獣人国を出たガルガとホルスは一年後、森でクロウと出会った。傍にはルルシーラとロフィア、ラフィア、フェル。


「ちょっと話をしよう」


 クロウが言う。

 

 当時の2人には人間にまで見下された気がした。


 怒り任せに襲いかかる。だが、女4人にフルボッコ。


 誇っていた武力も頭脳も4人には敵わなかった。


 何もない、何も勝てない。

 これじゃあ本当の落ちこぼれ。

 

 大の字に寝転び、力尽きたように2人は乾いた笑みを互いに合わせる。


「君たちいいね。僕のギルドに入らない?」


 そんなクロウの言葉に従い軽い気持ちでギルドに入った。


 メンバーが自分たちと同じ辛い過去を持っていることを知り、共に切磋琢磨することを決意した。


 次第に目標は女性陣を追い抜くことではなく、クロウを護ることに変わり、常に努力を惜しまなかった。


 だから——彼らは強い。


 血が、骨が折れる音が、全ての無残な音が静寂な会場を支配する。


 どう考えてもガルガとホルスが圧倒的。

 勝負は目に見えているのに、それでも続ける。返り血を浴びにながら殴る姿は悪魔のようだ。


「うわー、すっごい悪役ぶり」


 特別席で見守っていたクロウは言う。


「あの、クロウさん……」


「ん? ああ、ユユは見ない方がいいよ。なんなら手で隠そうか?」


「い、いえ……」


 その強さに、悲惨さに、姿に震えるユユ。


「怖い? これが捨てられたものの恐ろしさだよ。敵を圧倒的なまでに潰し、戦意を喪失させる。どこまでも残酷に、どこまでも悲惨に……それが僕たち悪魔の凱旋ナイトメアだから」


 まぁざまぁはほどほどにね? 君たちの方がんだから。


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