第33話

メルヴィルが少年を捕らえ、砂の上に押し倒す。

「腕輪を返せ」

「わ、わかった。返す……」

アレストが二人の間に手を入れて腕輪を取り返す。右腕につけて、安堵のため息をつく。

「はぁ……危ないところだったぜ」

空を包んでいた雲は消え、星空が広がった。

(なんだ?天気が変わった?)

「おい、ボンク……こいつの腕輪を盗めと誰に言われた」

「え?」

「お前に指示したのは誰だ。ストワードか?貴族か?」

「誰になんてねぇよ!お腹が空いたから金になりそうなもんを手当たり次第に盗んでただけだ!」

「じゃああの砂はなんだ」

砂の賊を作った砂。少年が持っていたそれは敵が使っている物だ。

「あれは昼間盗んだ商人のバッグに入ってたんだ!毒薬か高価な薬かと思ったのに……あんなものだったなんて知らなかった!!」

暴れる少年の服をリヒターが掴む。中から物が零れ出した。

「小銭、大きな葉、人形、タバコ……」

盗んだ物に一貫性はなかった。

「たしかに手当たり次第に奪っていたようですね。しかしぼっちゃんが狙いではなかったとはいえ犯罪は犯罪です。これは持ち主に返します」

「ううっ……散々だ……」

メルヴィルが少年の上から退く。少年は苦い顔をして回収されていく物を見ていた。

「なにか知らないが悪かった……もうあんたらには手を出さない……」

そう言って立ち上がって歩き出そうとした。

「待て」

「な、なんだよ!」

メルヴィルの声に泣きそうな顔で振り返る。

「俺とコイツの話は聞いていたか?」

コイツ、とアレストの襟を掴む。

「知らねぇよ!大体興味無いし!何?あんたら聞かれちゃいけない話してたわけ!?別れ話とか!?」

「くっ………ふふふ、俺とメルヴィルがカップルに見えたのか、ふふふふ」

「チッ、黙れクソ王子。聞いていないならいい」

(訳分かんねぇ……)

少年が再び歩き出そうとした時

「あ、待って。これを」

「まだなにかあるのかよ!」

振り返ると、ルイスがパンを持って立っていた。

「アンジェが買ってくれた」

「冷めちゃったけど、まだ食べれるわよ!こっちも勘違いしちゃってごめんね。どうぞ!」

女性二人が微笑んでいる。少年は目を泳がせながら

「あ……ありがと」

と、それを受け取り、西の方に歩いて行った。

「しかし今日は疲れたねェ……早く宿に行って休みたいぜ」

「そうですね。ぼっちゃん、腕は大丈夫ですか?」

「大丈夫さ。取り返してくれてありがとう、軍師サン」

「うん……」

ルイスが頷く。アレストが腕輪を取られたときに空を覆った黒い雲は消えていた。これも王子の秘密なのだろうか。




「…スト、アレスト」

「……相棒?」

アレストは扉が閉じた部屋の前の椅子に座っていた。顔を上げると、扉の丸い窓から中の様子が見えた。

(あ……そうだ。今から実験が始まるんだ)

ぼんやりと窓を見つめる。

「アレスト!!」

聞き慣れた声がして、ハッとする。相棒が中から窓を叩いているのが見えた。

「私を騙したのね!最初から私とお母様をこうするつもりだったんでしょう!」

(違う!)

アレストが思わず立ち上がる。しかし、自分の口から出たのは正反対の言葉だった。

「そうさ。くっくくく……気づかなかったのか?」

「あんたを利用するために近づいたのさ。まさか本当に俺に惚れちまったのか?哀れだねェ……」

「死ぬかもしれない実験なんて、自分で試すわけがないだろう?何人もいる許嫁1人いなくなったところで心は痛まないね」

(違う!俺は、こんなことを言いたいんじゃない!!)

「安心しな。痛みはすぐに忘れる。今日の実験のことも忘れる魔法をかけてやるさ。俺からの優しさだぜ」

(優しさなんかじゃない!)

「アレスト……!!あんたなんて、大嫌い!!!!!!!!」

相棒が部屋の奥に引っ張られる。すぐに姿が見えなくなった。アレストはその場に崩れ落ちる。


(そうだ。このとき、俺は……)


人間を捨てる覚悟をしたんだ。



「はぁーっ、ぜえっ、ぜぇっ……」

荒い息遣いがして隣を見ると、顔を真っ青にして頭を抱えている自分がいた。瞳孔が開き、指が震えている。

「やめて!!やめて!!お母様を返して!!痛い!痛い!!痛い!!たすけて!アレスト!アレスト!!」

相棒の悲鳴にゾッとする。隣にいる過去の自分も耐えられないのかガタガタ震えている。

「あいぼ……相棒……」

必死に耳を塞ぎ、窓から目を逸らすアレスト。

「やめてくれ……もう、嫌だ……こんなこと……俺があんたにしたいわけ……ないだろう……」


見ていられなくて目を閉じる。それでも相棒の悲鳴と彼女の母親の皮膚を焼く音は頭から離れなかった。




「ぼっちゃん!!」

「……っ!?リヒター!やめろ!!!」

アレストがリヒターの肩を掴む。

「だ、大丈夫ですか?朝ですよ」

「あ…?」

辺りを見回す。ここは……。

「宿です。昨日の深夜に泊まったでしょう。どうしたんですか?うなされていましたが」

リヒターがきょとんとした顔でアレストを見る。

「ちょっと悪い夢を見ていたらしい」

「……実験の、ですか」

「……」

「ぼっちゃん、本当に後悔をしているんですね」

「あの時も必要な犠牲だと言った。今も変わらないさ。実際あの実験の結果のおかげで俺の精神は安定して砂時計が割れにくくなっている。違うか?」

「……」

リヒターがアレストを抱きしめる。

「そんな正解なんて言わないでください。アレスト……」

「……」

「私が聞きたいのはあなたがどう思っているかです。王子だとか国王だとかそういうことは関係ない」

「後悔しているさ。本当はあんたを今すぐここでころしたいくらいに……憎い……。命じたのは俺だが、やったのはあんただ……あそこで逃げ出してくれれば良かったのに……」

「そんなこと、従者がするわけがないでしょう……」

「あんた、人のこと言えないぜ……」

アレストがリヒターの髭の生えた頬に自分の頬を擦り付ける。

「だからあんたは優秀なのさ。従者としては、だが。人間としては優秀じゃない」

「……貴方は王子としてはダメですが、人間としては優秀です。1人のためにこんなに涙を流せる……。あぁ、ヴァンス様もおっしゃっていましたが、アレスト、あなたが王子じゃなかったらきっと素晴らしく良い人だった……」

「何を言っているんだ。王子じゃなかったら俺じゃないだろう……」

2人はそれ以上言葉を交わさなかった。リヒターはアレストの広い背中を優しくさすった。



昼、ストワードの街に着いたルイスたち。

「広い街ね!」

「うっ……寒い」

メルヴィルがくしゃみをする。たしかに昼だと言うのに寒い。

「南の方とは言えストワードですからね」

「美味いもんないねェ」

アレストが両手に皿を抱えてふらふらとしている。口にはスプーンを咥えている。

「ぼっちゃん、危ないからスプーン離して!」

リヒターがアレストの口からスプーンを引き抜く。

「出店をまわってみたが、ストワードの料理ってなんでこう中途半端な味しかしないんだろうねェ……。あと量が少ない癖に高い。ホットドック小さすぎるだろ。高いからでかいのが食えると思って期待したのにさ……」

料理の愚痴を言っている。呑気なものだ。

「はぁ……遊びに来たわけじゃないんですよ」

「腹ごしらえさ、腹ごしらえ」

ま、食えるもんほとんどないが!ギャハハ!!!アレストの下品な笑い声が響く。

「……どこの料理がまずいと?」

アレストの後ろに大きな男性が立っていた。長い金髪の男性。この人はたしか。

「あ。アなんとかサン」

「アントワーヌだ!おっほん……。アレスト。君はいつも下品で無礼だな」

「ギャハハ!!褒め言葉として受け取っておくぜ!……ん?あんた、いつも連れてる嫁サンがいないじゃないか。逃げられたか?」

アレストの言葉にアントワーヌの眉が寄る。

「妊娠したのだ。まだ不安定な時期だからあまり外出しないように医者に言われている」

「へぇ〜!おめでとう!!次期国王か?」

「……ボクは」

アントワーヌが目を伏せる。

「長男だからといって優遇しないようにしようと思っている。たとえ女の子でもそうだ。実力で決めようと思っているのだ」

ルイスはスタンの顔を思い出した。

「あの偉大なお父様をこえること、それがボクの目標だからな!」

「うん、いいと思うぜ。自分なりに考えて政をするのは」

アレストが目を細めて笑う。

「国王自ら迎えに来てくれたんですか?」

リヒターが聞くと、アントワーヌがため息をついた。

「君たち……アレストが国王ということを忘れていないか?彼とボクは対等な立場なのだよ?」

「「「あ」」」

シャフマ騎士団の声が重なった。




「ルイス殿は知らないかもしれないが半年前からストワードでも砂の賊が出ているのだ。ストワード騎士団とボク自ら出向いて討伐しているのだが、量が多い。今日も出るとはな。すまない。討伐を手伝ってくれないか?」

「もちろん。行こう、皆!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

砂時計の王子 まこちー @makoz0210

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ