第32話

(オリヴィエ……)

ルイスは遠くなって行くシャフマ王宮を見つめる。

(私にはまだ分からないことが多すぎる。でも、もし私がアレストと砂時計のことを理解して、それでも『安寧』を求めるのならば)

(そのときは……)

(そのときは、貴方に協力したい)

シャフマの『砂時計』……安寧をもたらし、シャフマをシャフマたらしめるもの。シャフマを壊したいアレストと、守りたいオリヴィエ。どちらが正しいのか、まだ、ルイスには分からない。




夜の砂漠を歩く一行。

「ここがシャフマの一番北の街です」

リヒターが地図を見ながら言う。

「へぇ、遊ぶには良さそ……いや、宿がたくさんあるじゃないか」

「ぼっちゃん、また抜け出すつもりですか?」

低い声にアレストの肩が震える。

「おっと、そんなつもりはないさ。くっくく……」

(信用ならない……)

ルイスが呆れていると、メルヴィルがアレストの腕を握って引っ張った。

「おいボンクラ。少し付き合え」

「ん?メ……どうした?あんたから誘ってもらえるとは嬉しいねェ……」

「気色の悪いことを言うな。黙って来い」

「ふふ……いいぜ、今夜はあんたに敷かれても構わ」

「しね」

ズルズル引きずられるアレスト。

「どうしたのかしらね。メル……」

アンジェがルイスに耳打ちする。

「もしかして、本当に逢い引きだったりして」

「メルヴィルに限ってそんなことは……」

「わからないわよ。アレストは女好きだけど本当に子どもを作らないでしょ?本命は男だったりして」

「……」

男もイケる、気持ちよければなんでもいい。そう言って笑っていたアレストの顔が思い浮かぶ。

(でも本当は子どもを作らないんじゃなくて作れないんだけど)

アレストの秘密を知っている人は誰なのだろうか……。



アンジェたちから少し離れて建物の裏で話す2人。

「……で、メ……何だよ?」

「メルヴィルだ。お前、どうするつもりだ」

「どうって何を?あ、もしかしてあんた本当に俺と寝たいのか?」

「チッ……」

「悪い悪い。からかっちまったね。……この件か?」

アレストが後ろ手で自分の背中をなぞる。

「そうだ」

「今までと同じく逃げ回るつもりだ……ったが。せっかくだ、最後まで悪あがきしてみようと思う」

「……」

「人が作ったものだ。100%なんともならないとは思えないぜ」

「具体的には」

「この半年間、ストワード国王と話してたんだが……アイツにシャフマを潰してもらおうと思ってね」

「やはりか」

「くっくくく……気づいていたか」

アレストがメルヴィルの顔を覗き込む。

「もちろん俺もストワード側に着いてたたかうさ。最後まで、ね」

「お前はそれでいいのか」

「俺が子孫を残せない以上、シャフマは王国ではいられないだろ?国を裏切る王子、そういうのも悪くは無いさ。犠牲はなるべく減らしたいところだが。早く決着をつけようと思う」

気取った口調。メルヴィルは知っている。こういうときのアレストは何かを隠している。

「……」

「くっくくく……この国が政変で混乱している間に、砂時計をなんとかして大陸滅亡を避けるぜ。もっと引っ掻き回してやらないと……」

「お前、しぬつもりだな」

「……」

「アレスト。分かったことがあるなら言え。ルイスやアンジェには言えないんだろう」

「あんた、俺のこと見すぎだろ。ふふふ……」

「ふざけてないで言え」

「ふー……実はある可能性が浮上した」

「何だ」

「急かすなって。……ストワード国王が俺だけに有力な情報をくれたのさ」

アレストが胸元から招待状を取り出す。

「この裏に俺とアイツだけが知っている魔法をかけると、文字が浮かび上がってね」

手をかざす。

「例の場所はツザール村だ。そこで使う物をボクから渡したい。

……ツザール村?」

メルヴィルが首を傾げる。

「砂時計が創られた場所さ」

「……!」

アレストが腕を広げる。

「所有者の俺でさえ知らない情報だ。ストワードの王宮で知ることが出来たということは」

「砂時計の情報を横流しにしている者がいる」

「そうさ。そしてそれは」

アレストの瞳がメルヴィルを見据える。

「あんたの父上だ」

「父上が……」

「あんたの父上はシャフマ王宮で文献を管理していた。そのままストワードに流すことだって容易い。まだ決まった訳では無いが、あっちはあっちでストワードと協力関係になろうとしているんだろう。俺たちを潰すために」

「おのれ…………!」

「落ち着け。向こうの目的は何か考えるんだ。砂時計の情報を調べて何をしたいのか?」

「お前を割りたいんだろう!」

「落ち着けって。そりゃあ俺は邪魔だろうから消したい、それはあるとは思うが、割ったら自分たちだって海の底だぜ?」

アレストがため息をつく。

「じゃあ何だ」

「再利用だろうな。砂時計をひっくり返すのさ。そうしたらあと千年は使えるだろう?」

再利用、とメルヴィルが繰り返す。

「そうさ。どうやるかは知らないが。砂時計を取り出してひっくり返すのか、人体ごとひっくり返すのか」

「人体ごと?」

「皮膚をひっくり返すとか、頭を取って……」

「うっ……」

「あ、悪いな。想像しちまったか?」

「胸糞の悪い」

「全くだ。そこまでして永遠が欲しいんだねェ……。砂時計の量産もしようって言うんだからな」

「砂の賊か」

人間に謎の砂を飲ませ、自我を失わせる。ころされるか衰弱してしぬかすると身体は砂になり、それが砂時計の砂になる。ベノワットもされかけた。

「メルヴィル、砂時計には2つ必要なんだぜ」

砂。それから容器だ。アレストが低く言う。

「容器……」

「おそらくだが、敵が知りたいのはそこだ。砂は創れるが、容器の創り方が分からない。だから情報を調べている。……俺は知っているが」

「知っているのか」

メルヴィルが驚く。

「そうだ……」

地を這うような低い声。ただならぬ雰囲気にメルヴィルの額を冷や汗が伝う。

(まさか、こいつは砂時計を創ったことがあるのか?)

知ってはいけない領域のような気がして、思わず口を閉ざす。


「とにかく今はストワードに行き、ツザール村で使う物を受け取るのさ。それで敵の知らない情報を知れるだろう?」

「ツザール村に行くことをなぜ隠していた。そんなに不都合か?」

「ツザール村は」

アレストが目を伏せる。

「相棒の故郷だ」



「……メルヴィル、そろそろ戻ろうか。俺の話は納得したか?」

「お前がしのうとしているかどうか聞いていない」

「あぁ、そうだったな。それだが……」

アレストが答えを言おうとした時だった。背後に黒い影が見えたのだ。

「!」

メルヴィルが咄嗟に剣を振る。

「あっ!?」

「ひゃあ!?」

黒い影が逃げ出す。

「チッ、逃がしたか。ストワードか貴族のスパイかもしれん。今の話を聞かれていたか……?」

「な、なんだ?あんた、何か言ってくれよ。斬られちまうかと……。ん?」

アレストが右手首に違和感を覚えて触る。

「ハッ!?な、な、ない!!腕輪を盗られた!ヤバい!」

「腕輪だと!?」

メルヴィルが驚いてアレストの手首を見る。たしかにない。

「あれがないと砂が出ちまう!!」

アレストの黒い爪先から1粒ずつ砂が出ている。

「おい!大洪水を起こす気か!」

「そ、そんな事言われても、出るもんは仕方ないだろ……!」

「追うぞ!ボンクラ!!」

メルヴィルとアレストが駆け出す。アレストは右手首をおさえながら、「頼む!止まってくれ!」と心の中で叫んでいた。




一方、盗人は……。

「はあっ、はあっ……お腹空いた……」

暗く狭い路地に座り込んでいた。アレストの腕輪を自分で包んだボロボロの布から取り出して眺める。

「これ、そんなに高くはなさそうだけど、あいつら平民の傭兵だったよな?傭兵の給料は平民でも高いから……パン3つ分くらいになるといいが」

黒いフードから赤の瞳と金の髪が見え隠れする。声変わりしていない少年だ。

「しかしなんでこの俺が盗人なんて……全部あの村のせいだ……うぅ……」

ぼそぼそと愚痴る。

「……ん?あの子、どうしたのかしら」

「座り込んでいるな。お腹が空いているのか?」

アンジェとベノワットが少年を見つけた。

(な、なんだ……寄るな!!放っておけ!逃げられなくなる……)

「貧民街の子でしょうか」

「大丈夫か?お母さんとはぐれたのか?」

ベノワットが声をかける。返事はない。

「言葉が分からないのかもしれません。貧民街ではろくに教育がされていませんから……」

「そんな……」

「そうだ、パンを買ってきてあげましょうよ!言葉は分からなくても、それなら受け取ってくれるかも!私買ってくるわ!」

アンジェが駆け出す。

「辛かったな。今アンジェがパンを買ってきてくれるから待っていてくれ」

(くっ……逃げている途中なのに……。でもお腹空いた……。このまま言葉が分からないふりをして買ってもらおうか)

「あ!ルイス!ハンカチ買えた?途中でトイレに行っちゃってごめんね」

まだ仲間がいたようだ。

「いいよ。色違いのにしてみた。アンジェは青でいい?」

「ありがとう!かわいいわね!……あ、今あそこで小さな子を見つけてね。お腹が空いているみたいだからパンを買って来るわね!」

「分かった。気をつけて」

黒髪の女性がこちらに向かってくる。女か、少年は内心安堵した。大きな男が増えると逃げづらくなる。女性は少年の前に座った。ちらりと見上げる。

「……!」

瞬間、少年は驚いて目を見開いた。自分と同じ赤い瞳。

(村でも珍しい色だ!!どうして平民の傭兵なんかがその瞳を……)

瞳から目を離せないでいると、ルイスが言う。

「まだ小さい子だ。夜にこんなところにいるのは危険だ」

「そうですね、今は任務中ですから難しいですが……」

(お前らなんかに拾われたくない!きっと今と変わらない生活だ……いや、傭兵だからもっと生きるか死ぬかかも。どうせなら王族に拾われたい……!)


ドタドタ!!足音がして、少年がハッと顔を上げる。

「アレスト!もっと速く走れ!」

「ま、まてってメルヴィル……あんたはやすぎ、はあっ、はあっ」

(ヤバい!腕輪の持ち主だ!)

2人の声で気づく。少年が立ち上がって辺りを見回す。

「あ!アイツだ!!おい!ストワードのガキ!それか貴族か!?」

「軍師サンたちもいるぜ!くっ……おい!返せ!」

メルヴィルが剣を抜き、アレストが左腕を突き出して魔法弾を飛ばす。

「メル?どうしたのよ?」

「ぼっちゃん!?何をしているんですか!魔法は加減しなさい!」

「ぐっ……砂のせいで加減が上手くいかない……!リヒター!そいつに腕輪を盗られた!奪い返してくれ!」

「はぁっ!?腕輪を!?」

リヒターが上を見る。雲が厚くなっている。

(ば、バレた!逃げなきゃ!たしかさっき奪った商人の荷物によく分からない砂があったな。量がたくさんあったから目くらまし程度にはなるだろ!)

少年が袋から砂を取り出してルイスにぶちまける。

「きゃっ!?」

「ルイス!大丈夫!?」

アンジェがルイスの方を見る。

「大丈夫……砂をかけられただけ。ん?これって」

ルイスが砂を手のひらに広げる。

「降り出したらまずい!ルイス!アンジェ!ベノワット!あの少年を捕らえるのです!」

「うわぁ、大変なことになっちゃった……。この腕輪そんなに高価なものだったのか?なら渡す訳にはいかないな……。たたかうしかないか……。よく分からないけど砂の人たちは俺の味方みたいだし、なんとか隙を見て逃げるしか……」

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