第31話
ベノワットの舌が回復したと聞いたルイスはホッと胸を撫で下ろした。ベノワットの部屋に行く。もう食事も問題なく出来ているのだという。
「ありがとう、ルイス。もう少ししたらまた槍を持てそうだ。君と共に戦場へ出よう」
ルイスが頷くと、ベノワットが柔らかい笑みを浮かべた。
「……ところで、例のことは聞いたか?」
「例のこと?」
「ストワード王国へ向かう話だ。アントワーヌ王子から俺たち騎士団に渡したいものがあるらしい」
「知らなかった」
そう言うと、ベノワットが目を伏せる。
「やはり最近君とアレストは仲が悪いんだな。喧嘩なんて珍しい……と思ったが、一年前はよくしていたな。些細なことで」
『相棒』の話だ。アレストは相棒とはよく喧嘩をしていたのか。
「アレストがからかって、君が無視して……。そんな喧嘩だったな。今回もそうか?」
「まぁ、そんなところ」
喧嘩の理由は大きいものだが、からかわれて口をききたくなくなったのは事実だ。はぐらかして本心を言わないのはアレストの悪い癖だというのに。
「ははは、気が済むまで喧嘩すればいい。アレストはああ見えてかなり心配性だから、きっと自分から謝って来る」
「そうかな」
「あぁ。……あっ、腕のリハビリの時間だな」
ベノワットが右腕を擦る。
「腕のリハビリ?」
「一度砂になってしまったからな。再構成されたとは言え、まだ体がしっかり動かないんだ」
そうだ。ベノワットは体が一度砂の賊になったのだ。
「原因はこの間説明してくれたけど……」
「砂を飲まされたら砂の賊になってしまうということは分かったな。しかしそうだな、仕組みが分からない。なんらかの魔法だとは思うが……」
「ベノワット、こちらまで歩けますか?」
「リヒターさんだ。今行きます!ルイス、行ってくる。俺が回復次第すぐにストワードに向かうから準備をしておいてくれ」
「分かった。リハビリ頑張ってね」
ベノワットが立ち上がり、部屋の外へ向かう。その大きな背中を見ながら、ルイスは戴冠を受けて国王になったアントワーヌのことを思い出していた。
メルヴィルとアンジェ、半年前に来たのだという斧使いのルディーと訓練をしていると、リヒターとベノワットが訓練場に入ってきた。
「ベノワット!もう大丈夫なの?」
アンジェが駆け寄る。ベノワットは頭をかきながら「もう動いてもいいらしい。心配をかけたな」と笑った。
「ベノワット様!良かったっス!」
ルディーがベノワットに抱きつく。
「あははは……レティアが看病してくれていたから治りが早かったんだ。助かった」
「え!?レティアさんと!?お、おめでとうございますっス!」
「え!?ち、違うぞ!俺はまだ彼女とはなにも……」
そのとき、レティアが丁度訓練場に差し入れを持ってきた。
「みなさん、良かったら食べてください。さっきアレスト様に見つかって半分くらい持っていかれたけどー……」
「わー!美味しそうなクッキーね!これ、レティアが作ったの?」
「そうよ……」
気づくとカーラがレティアの後ろに立っていた。
「ベノワットの舌が治ったらいっぱい食べてもらえるようにって、練習してたの……」
「ちょちょちょっと姉さん!!やめてよ〜!ひ、秘密なのに!」
「そうだったんスか!?いいんスか?俺らがもらっちゃって」
「うぅ〜っ……いいよ……っていうか、ちょっと失敗したし〜?」
レティアが気まずそうに前髪をいじる。
「成功したのはベノワットさんに持って行こうとしたけど……これは……ちょっとねぇ……」
「え?そんなことないと思うわよ?普通に美味しそうな見た目よね?」
アンジェがルイスに聞く。「美味しそうだ」とルイスが微笑んだ。
「で、でもぉ。組み合わせ間違えたっていうかー」
「組み合わせ?」
「うん、なんか美味しくなくなっちゃったんだよね〜……食べれないことは無いんだけ」
「うげっ!?!?」
ルディーが盛大に飛び跳ねた。驚いてそちらを見ると、真っ赤になって口元を押さえている。
「なななななんスかこれ?!か、辛っ!?」
「こっちのは苦いぞ……ぐうっ……とても食えん」
ルディーの隣でメルヴィルが真っ青な顔をしている。
「……うっ。こ、これは甘すぎるわね……」
アンジェの取ったクッキーは甘すぎるらしい。いろいろな味だがどれもまずいようだ。
「えええ!?そ、そんなに!?食べれないほどじゃないと思ったけどなぁ……」
(ある意味才能だ……)
ルイスがまだ食べなくてよかったとクッキーを見つめていると、ベノワットが「余っているならくれないか?」と言ってきた。渡すと躊躇なく口に入れた。
「うん、たしかに少し変な味だが食べれないことはないな」
「べ、ベノワットさん……!」
「だがもう少し砂糖を少なくした方がいいな。良かったら今度一緒に作らないか?」
「……わ、わわわ!!そ、そんな、2人で共同作業とか!?ま、まだ早いですよ〜!!は、恥ずかしい〜っ!!!!!」
ぴゅ〜っとレティアが廊下に飛び出し走って逃げてしまった。
「共同作業……!?俺はそんなつもりじゃなく、君に料理を教えようと……」
頬を赤らめるベノワット。この2人はお似合いだ。ルイスがくすくす笑った。
「ヤバ!ヤバ!ギャハハ!なんだこのクッキー!!辛っ!!……いやマジで辛い、ヤバ……!!ちょっ、誰か水!!水!!!」
訓練場の外から聞き慣れた笑い声がして、食べかけのクッキーの処理をしていたリヒターが飛び出す。「ぼっちゃん!」その声は本気で心配しているもので……申し訳ないが、絵面を想像してまた笑いがこみあげてきた。
その夜、アレストの部屋に招かれた。
「軍師サン、半年前にストワードでやった戴冠式を覚えているか?」
部屋の奥の玉座に座ったアレストが問う。
「忘れるわけない」
ルイスはあの戴冠式の帰りに敵の攻撃を受けて気を失い、半年間目を目覚まさなかったのだ。
「くっくくく……そりゃあそうだねェ。……実はあのとき戴冠を受けたストワード現国王アントワーヌと俺はこの半年間でマブダチになってねェ……もう何度もシャフマで夜を共にしているのさ」
足を組んで言うアレスト。冗談なのか本当なのか分からないが、この「夜を共にする」の意味は一緒にお酒を飲んで寝落ちた、の方だろう。
「あ、バレたか?ギャハハ!!あいつには妻がいるから手は出さないさ!それにそもそもそんなにタイプではないしな。俺は女なら誰とでも寝れる自信があるが、好きな男のタイプはハッキリしている方でねェ……細身で背が高くて自分よりも年下の男が好きなのさ。ま、金を積まれたらそんなこと関係なく誰とでも寝るが」
「……」
「あ、悪いね。あんたには刺激が強かったか。ふふふ……」
「女好きなのは知っていたけど男も好きだとは……」
知らなかった。そう言うとアレストはまた破顔する。
「ギャハハ!!そうさ!俺は気持ち良ければなんでもいいぜ!」
「……」
「……ふぅ、いやそういう話じゃなかったぜ。くっくく……俺としたことが……」
「何の話をしたかったの?」
一頻り笑って落ち着いたアレストに続きを促す。
「そのストワード国王アなんとかサンが、珍しく俺を呼び出したのさ」
「ストワードに?」
「あぁ。来てくれ、と」
アレストが大きく開いた胸元から紙を取り出す。デジャヴだ。
「今度はしっかりア……あ、書いてあったぜ。アントワーヌさんからの招待状さ」
ウィンクをして招待状にキスをする。アントワーヌが見たら卒倒しそうだ。いや、自分の書いた招待状を胸元に収納されているところから知ったらまずい気がする。
「で、行くことにしたのさ」
「行くことにしたの?」
「もちろん国民には内密にねェ……騎士団の一部は連れて行くつもりだぜ。軍師サンも一緒に来てくれないか?」
「いいけど、砂時計は大丈夫?」
「だ、か、ら……」
アレストが玉座から立ち上がって前屈みになり、ルイスの顔を覗き込む。
「軍師サンに守ってもらうのさ。いいだろ……?」
「わかった」
「ふふふ……」
満足したのか、顔を離してまた玉座に腰を下ろす。
「今回、アントワーヌは俺に砂時計の話をしたいと言ってきた」
「……!」
「シャフマ人以外でも砂時計の存在を知っている人は当然いるさ。なんてったってこの国の成り立ちだからねェ……いわゆる神話ってやつさ。しかし、そんな国の歴史だけを語るならばシャフマ王宮の地下にあるバーで飲みながらすればいいだろう?おそらくアントワーヌは砂時計の呪いに関する情報を掴んだのさ。対抗策だといいが……」
「シャフマでは出来ない話?」
「勘がいいじゃないか、軍師サン。敵側に聞かれたらヤバいんだろうねェ」
数日後、ストワード王国へ向かう準備が整ったルイスたちはシャフマ王宮を出発した。
「では、気をつけて向かいましょう。ぼっちゃん、あなたの命が最優先ですからね」
リヒターが伸びをしているアレストに言う。
「分かってるさ」
「ストワードへは距離がある。砂の賊がいたら斬って進むぞ」
メルヴィルの言葉に皆が頷いた。
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