第29話
ベノワットの様子が気になっていたルイスは朝起きてすぐ医務室に向かった。
医務室に着くと眼帯をしたベノワットがベッドに座っていた。アレストもベッド脇に立っている。
ベノワットがにこりと笑ってルイスに手を振る。そして、枕元に置いてあった紙とペンを使って『おはよう、ルイス。心配をかけてすまない。』と書いた。
「まだ舌が動かせないんだと」
アレストが言うと、ベノワットが頷いた。
「でも大丈夫だ。さっき医者から聞いたが目以外は治るらしい。まぁ目は俺が取っちまったからな……」
『気にしなくていい。むしろ感謝している』
ベノワットの言葉に嘘はないようだ。穏やかな表情でメモを見せた。
「……悪いな。紙でいいから、話を聞かせてくれないか?あぁ、軍師サンも把握しておいた方がいいと思うんだが……こっちに来てくれ」
ルイスとベノワットが頷く。ルイスはアレストの隣に立った。
「ベノワット、まずは俺が分かっていることを話す。もし間違いがあったら訂正してくれ」
『分かった』
「昨日あんたを砂の賊にしようとしたのは、あんたの父親だな?」
「父親……!?」
ルイスが驚く。ベノワットは静かに頷いた。
「目的地に着いて父親には会えたんだろう?そこで父親に何かをされ、あんたは身体の血が砂になりかけた。何かは分からないが……」
『何かを飲まされた。砂だと思う』
「砂……なるほどな。もしかして、メ……の弟子のガキが持ってたやつと同じかもな」
『そうかもしれないな。形状は似ていた気がする』
「ふむ……」
アレストが難しい顔をして顎に指を当てる。
「あんたの父親があのガキに砂を持たせた可能性も十分にある……。だとするとかなりまずい。あんたの父親はこの王宮、そして俺たちのことをよく知っている。俺をすぐに殺そうとするかもねェ……」
(たしかに……)
ベノワットの父親は半年前までここで働いていたのだ。王子の暗殺なんて容易いだろう。
「だが、この半年間何もしてこなかったというのは妙だ。そもそもあんたを呼びつけるよりも王宮に直接奇襲をした方が早……」
「……っ!」
ベノワットが何かを言おうとして息を吸い込んだ音が聞こえた。口がきけないことを忘れて舌を動かしてしまったのだろう。口を手で押さえて俯いた。
「大丈夫?」
ルイスが聞くと、ベノワットは何度か頷く。
「……」
アレストは黙ってその様子を見ている。
『遮ってすまない。だが、俺の父上は本当に俺を仲間に引き入れたかったのだと思う』
『勧誘されたんだ。俺は断ったけど、何度も来てくれと言われた』
『そしてそこで、新たな砂時計の所有者になることを提案された』
ベノワットの走り書きにアレストが目を見開く。
「砂時計の……!?嘘だろう!?」
『嘘だったかもしれない。創れるという証拠は見ていないからな。だが、創ろうとしているのは事実だ』
アレストがベノワットを見つめる。
「……砂時計を量産してシャフマを継続させるつもりなのか」
『父上たちはそうしたいと思っている』
「……」
『俺はそんなこと望んでいない』
「分かってるさ……」
アレストはベノワットの座っているベッドに腰掛けた。大きな男2人が乗る用に作られていない医療ベッドはギジリと音を立てる。
(砂時計を創る?)
昨晩オリヴィエが言っていたことと同じだ。砂の怪物を消し、シャフマに平和をもたらすために必要だと聞いた。
「どうせ、神を創りたいとほざいたんだろう」
ベノワットが頷くと、アレストは腕を広げて破顔した。
「ギャハハ!!俺は神に見えないもんなぁ!ついに見捨てられたのか!!ギャハハ!!」
『アレスト、悲しいのか?』
「……ん?むしろ嬉しいさ。こんな俺に神は重いからな。そもそも似合わない」
たしかに似合わない。だが、見捨てられたとはどういうことなのだろう。アレストは神の子だったのか?ルイスが首を傾げていると、それに気づいたアレストがルイスに言った。
「あんた……砂時計のことも、当然忘れちまってるよな」
「シャフマの砂時計の話……」
「……実はあんたにこれを話さなかったのは理由があってな。この話をあんたにしたら、もしかして……アイツに会えるんじゃないかと期待をしていたのさ。ま、馬鹿な期待だったが」
話が全く分からない。ルイスはそう言おうとしたが、アレストの瞳が悲しそうに揺れているのを見て何も言えなくなった。
「そうだよな。あんたはもう、アイツじゃない……。いいんだ。一年ちょっと前、あの日あんたが目を覚ましたときから知っていたのさ」
「……覚えてなくて、ごめん。どうして思い出せないかも分からない」
「ふふふ、謝るなよ。あの日も言っただろう?この件に関しては全て俺が悪いって」
それだ。どうしてアレストが悪いのか分からない。
「ヴァンス様は私が敵の攻撃を受けて王宮に運ばれたと言っていた。そうだとしたら、アレストは悪くない」
「へぇ?どうしてそう思うんだ?」
「だって、私は軍師であり剣士だから。メルヴィルやアンジェ、ベノワットが倒れた時はアレストが悪いことにならないでしょう?私は彼らと立場は同じ。一緒に戦う仲間なんだから当然だよ」
「……」
アレストが黙ってしまった。
それを見たベノワットがアレストの肘をつつく。メモには『ルイスの言う通りだ。アレストは悪くない』と。
「ベノワットもこう言っているよ」
「……そうだな」
普段よりずっと低い声。機嫌が悪いのか?アレストの顔が険しい。
「忌々しい呪いだぜ、全く……」
アレストが小さい声で呟いたがルイスの耳には届かなかった。
「……話を戻そうか。実は、俺の身体には砂時計が入っているのさ」
「えっ、実在するの?」
「そうさ。見るか?」
「え?」
アレストが服を脱ぎ始めた。上半身が露わになる。呼吸をする度に上下に動く胸は、服の上からでも知ってはいたが……とても大きく立派だった。
「くくくく……ベノワットもいるからいいだろ?」
『俺を巻き込まないでくれ……』
「ギャハハ!悪いね!!……あぁ、しかしあんたが見てるところにはないぜ?くくく……こっちだ」
上裸のまま身体を反転させる。背中だ。白くて広い。アレストが長く結った髪を後ろ手で上げると、それがよく見えた。
真っ赤な模様。大きな三角形の上に逆三角形が乗っている。両側には小さな三角形が。砂時計の模様だった。
「ん……見えるか?これが俺の砂時計さ」
(これが……砂時計……)
思わず背中の模様をなぞる。ルイスは指から何かが身体に流れた感覚がしてすぐに離れる。
(み、水……?)
あたたかい水のような何かだった。アレストはなんともないのか「ふふ、もっと触っていいのに……」とニヤニヤしている。
(なんだろ、なにか懐かしい気がした)
心が満たされるような……ずっと触っていたいような……。前に自分がこの水に浸かっていたような気が……。
「おっと、もう見終わったか?」
アレストが服を着る。胸がキツイのか服に詰めるのに苦労していた。
「……ふぅ。見てもらった通り、砂時計さ。俺の身体で寿命を刻んでいる」
「寿命?」
「そうさ。……と言っても身体の方じゃないらしいが」
「身体ではない?」
「記憶さ。……いや、もっと深い『自我』の部分の寿命だ」
「……!」
『自我』。アレストの。
「俺は忘れっぽいだろう?それはこの砂時計の寿命が近いからさ。上部の砂がほとんど残っていない……。だから記憶ができないのさ。しかし、それが続くのならまだいいぜ。教えてもらえば思い出せるんだからねェ……」
アレストが人の名前を何度も聞く、メルヴィルのように二十年以上の友達だとしても名前を忘れてしまうのは砂時計のせいだったのだ。
「上部の砂が下部に落ちきったとき、俺の『自我』が消える。なにもかもを忘れちまうのさ。そして失った記憶はもう戻らない。永遠にな」
ルイスはアレストに真っ直ぐ見つめられていた。まるでルイスの今の状態のように、アレストがなってしまうのだ。
「……だが、いいさ。そんなことは」
アレストがベッドから立ち上がった。
「良い訳がない」
ルイスが首を横に振ると、アレストが「くくく……」と喉奥で笑う。
「そりゃあ寂しいぜ?あんたたちとの記憶が消えるんだからねェ……。しかし、俺1人の自我なんて安いもんさ」
「記憶を失うのは、辛い」
それはルイスが一番分かっている。
「……じゃあ軍師サンは、自分の『自我』を犠牲に世界の滅亡を防げるのなら……どうするんだ?」
「滅亡……?」
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