第28話
アレストは答えなかった。
砂時計の正体を言いたくない。無言の背中はそう語っているのだろうか。
半年前、オリヴィエが言っていたことを思い出す。
ー私はお前を救うことができる。
(アレストを信じていないわけじゃないけど……)
オリヴィエのところに行こう。ルイスは頷いて、王宮の図書館を目指した。
夜、図書館には灯りがついていない。真っ暗だ。さすがに毎日ここにいるわけがないか。ルイスはため息をついた。
「ん……?」
ふと、見覚えのある背表紙が目に留まる。あれはたしか……。
「ヴァンス様の伝記だ」
オリヴィエが持って行ったはずではなかったか。いや、ここに戻したのかもしれない。
(無断で読むのは気が引けるけど、少しだけなら……)
ルイスが本を取って表紙を捲る。すると、中から2つ折りの赤い便箋が出てきた。広げる。
『ルイス、この地図に示した場所に来い』
「オリヴィエ?」
手紙だ。
『砂時計が何かを教えてやる。知りたいのだろう?』
「……!」
心の中を読まれている。少し恥ずかしくて息を漏らす。
『追伸・この手紙を見つけたお前は卑しいヤツだな。私との約束を破るつもりだったな?』
「あっ!?」
本のページを捲ると、全部白紙だった。トラップだったのだ。
「きゃっ!?」
途端、本が小さな爆発を起こして消える。黒魔法の炎だ。
オリヴィエの地図に示された場所は、王宮近郊の街の路地裏にある小さな建物だった。扉に手をかける。
「ええと……わっ!?」
「あ!魔女のお姉さん!?おじさーん!来てくれたよ!魔女のお姉さんだよー!」
建物の中から飛び出してきたのは、小さな男の子だった。
「ルイス」
「……オリヴィエ」
驚いた。モノクルを外し、短い髪を下で縛り、王宮で見た服よりもずっと軽そうな布を纏っている男が目の前に現れたのだ。
(やっぱり……どこかで会ったことがあるような……)
アレストよりも年上の人間はリヒターとヴァンスしか知らないというのに。
「卑しい奴め。私との約束を破ろうとしたのだな?」
「なっ!」
追伸に書いてあった言葉だ。ルイスは悔しくて奥歯を噛み締める。
「まぁいい。そんなことよりも、砂時計のことを聞きに来たのだろう?着いて来い」
オリヴィエに着いて行く。夜だというのに、街は明るかった。
(アレストと歩いたことを思い出すな……)
ーうん、俺の相棒だ。
(……)
酔っ払って目元が潤み、頬が赤くなった王子が脳裏に浮かぶ。
「魔女、お前は『砂時計』を知りたいと言ったな」
「う、うん!」
「っは、なんだその返事は。……『砂時計』は、この街の景色だ。よく見ろ」
「えっ?」
ルイスが周りを見回す。たくさんの人々が笑って歩いている。
「どこにあるの?」
「景色だと言っている。安寧そのものということだ」
オリヴィエが立ち止まる。
「『砂時計』がなかった約千年前、ここは紛争の絶えない土地だったという。それをまとめたのが『砂時計』だ。この国に……なくてはならないものだ」
「私は、この国にもう一度『砂時計』を創ろうと思っている。そして永遠の安寧を手に入れるのだ」
「永遠の、安寧……」
オリヴィエは頷き、ルイスの手を握った。
「そうだ。そして、それはお前を救うことになる」
「どうして?私が『砂時計』に関係があるの?」
「あぁ。……アレストのしようとしていることは、お前を殺すことになる」
「そ、そんなわけ」
「アイツはお前に何か得になることをしたか?」
「看病を……眠っていた間、ずっと」
「ふん、それだけか?言っておくが、それもアイツの計画のうちだ。あっちについていたら、必ず後悔することになる」
「アレストのことは、いいよ。私が知りたいことを教えてよ」
「『砂時計』の創り方を教えろ。それが条件だ」
(あれっ)
最初に聞いていた条件と違う。
「砂の怪物を正しい姿に戻す方法を教えるのが条件だったよね?」
「そうだ。『砂時計』の創り方が分かれば、あの怪物は発生しない」
(そうか、砂時計は存在しないんだ)
やっとわかった。オリヴィエは砂の生命体をなくすことを『砂時計』を創る、と表現しているのだ。
(でも、ないものを創るってどうしたら……砂の怪物を一体ずつ倒せばいいのかな……出処を潰せば……)
「分かったら王子に問いただして来い。私は顔が割れているから話が聞けない」
「魔女さん!魔女さーん!」
さっき会った男の子が走ってくる。その後ろに何人かの子どもたち。この子の友達だろうか。
「『砂時計』を、一緒に創ってよ!」
「私のお母さんもお父さんも創るって言ったんだよ!」
「魔女さんも創ってよー!」
「……?」
こんなに小さな子どもたちまで『砂時計』を信仰しているのか。シャフマ人は信仰心が強いらしい。
(物体として存在するものなの?)
だとしたら、明確な創り方があるはずだ。オリヴィエはそれを知りたいと言っていたのか。
(でも……一体どこに……。あ!)
『砂時計の王子』……図書館にあった絵本に書いてあったではないか。
(王子が『砂時計』そのものなんだ。安寧の証を『砂時計』と呼ぶのなら)
オリヴィエは、アレストではない新たな王子を任命しようとしている?アレストよりも王子らしい青年を王子にするつもりなのか。そして、シャフマ王国を続けるのだ。
(アレストが王子じゃないシャフマ王国か)
国が続くという意味では良いのかもしれない。ルイスはぼうっとそんなことを思った。
「おい、魔女」
オリヴィエの声。顔を見ると、柔らかい笑みを浮かべていた。
「私のことを、他言しなかったのか。……ありがとう」
青く細い瞳が、夜風に靡く髪が、誰かに似ている。いや、分かっている。ルイスは知っているのだ。この男の正体を。ただ、目を背けたかったのだ。オリヴィエとそっくりな男が、彼と正反対のことを叫んでいたから。
ー『砂時計』さえ、なければ!!!
(メル……ヴィル……)
『砂時計』を誰よりも強く望むオリヴィエと、誰よりも深く恨んでいるメルヴィル。『砂時計』がなければシャフマが機能しないのならば、どちらに味方すればいいのかなんて明白だ。ルイスは、シャフマを救いたいのだから。
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