第27話


ブライ村が見えてきた。ルイスは剣についた砂を払いながら進む。砂の賊と怪物からは真っ赤な血は出ない。半年前、初めて見た砂の賊はほとんど人間だったのに、今ルイスが対峙するそれらは砂で作った人形のようだった。

「ルイス!ベノワットがいたわよ!」

キャロリンに乗って空からベノワットを探していたアンジェだ。

「一人?」

「手前に砂の賊がたくさんいる……!倒さなきゃ!……ハッ!なんだかベノワット、フラフラしているわ!」

「チッ……毒でも盛られたか?」

「早く助けに行こう!」

本日何度目かの戦闘に、騎士団員は武器を構えた。




「あ、アレスト……」

ベノワットの声だ。やっと追いついた。だが、様子がおかしい。

「っ……!まずい!もう侵食が……!」

アレストが勢いをつけてベノワットに飛びつく。砂の上に仰向けにさせた。馬乗りになり、両手を縫いとめるように掴む。

「メルヴィル!リヒター!手伝え!!」

メルヴィルとリヒターがアレストの指示に従ってベノワットを押さえつける。

「くっそ……実際にやるのは俺も初めてだが……ベノワット、意識はあるか?」

「ぐうっ……アレスト……ここは……俺は……」

ベノワットがアレストの下で暴れている。

「リヒター!遠慮するな!骨折してもいい。抑えつけろ」

「ま、まさかあれをするんですか!?」

「仕方がないだろ!仲間だぞ!死なせる訳にはいかない。おい、メルヴィル。あんたは目を閉じてろ。……ベノワット、いくぜ」

アレストがリヒターの胸元に入っていた短剣を抜く。そして歯を食いしばって目を見開き、

ベノワットの顔に振り下ろした。

ルイスとアンジェが息をのむ。右目に剣を突き立てたのだ。ザリッ……と鈍い音がした直後、ベノワットの声にならない叫びが辺りに響いた。

「くっ……深くまで砂が入り込んでやがる……!」

そう言うとアレストはベノワットの右の眼球をくり抜いた。砂の上に眼球が落ちる。

「……な、何を……」

メルヴィルが顔面蒼白になってアレストを見つめる。

「目を閉じてろって言っただろ。ベノワット、俺がわかるか?はあっ……はあっ……」

アレストも初めての行為だ。ベノワットの目から大量に砂が出ているのを見ていられない。今度は口の中に剣を突っ込んだ。

「……っ!あんた……舌を何度も噛んでいたのか……」

舌に傷をつけようとしていたアレストが剣を抜く。ベノワットの口から砂が溢れる。

「どうすればいいか分かったんだな。良い判断だ。さすがベノワットだ」

「ぼっちゃん!ベノワットの体が戻っていきます!」

リヒターの声でハッとする。ベノワットの体から砂が出なくなった。

「……良かった……よく戻ってきてくれた。ベノワット……」

アレストがベノワットを抱きしめる。それを横で見ていたメルヴィルの体は震えていた。ベノワットは話せる状態ではなく、すぐに王宮に運ばれた。

アレストの行為は残虐非道なものに見えた。しかし皆はなんとなく察していた。これをしなければベノワットは死んでいたと。だからアレストを責める者は一人もいなかった。

「はあっ……はあっ……」

アレストがリヒターに寄りかかる。

「大丈夫です。救えましたよ。ぼっちゃん、大丈夫です」

「あぁ……しかし、ベノワットが舌を噛んでいなかったら侵食の方が先だっただろう。危ないところだったぜ……」

侵食。そうか、そういうことだったのか。ルイスは理解する。ベノワットは砂の賊になるところだったのだ。血を砂に変えられて。

「砂の賊の正体が分かったわね……」

アンジェがしゃがんでアレストの肩に手を置く。

「血を砂に変えられた人たちは砂の賊になるんだわ。それが侵食?」

ルイスと同じ見解だ。アレストは静かに頷いた。

「そうだ。そして侵食が進み砂の賊になる前に身体の砂を抜かないといけない。なったら終わりだ。自我が消える。しかし、ベノワットは誰にこんなことをされたんだ?スタンの持っていた砂を使ったことは間違いないが、方法は知っておかないと対処ができないな。目を覚ましたら聞こうか」

「誰に、か……」

メルヴィルが遠くを睨む。視線の先はベノワットが歩いてきた方向。

「メル!待って!行かないで!」

アンジェがメルヴィルの服の裾を掴む。

「気持ちはわかるわ!けど、あなたまでああなったら……私……!」

「友をあんな目にあわせた奴を許してはおけん」

「おいおい勘弁してくれよメルヴィル……あんたの目までくり抜くことになるなんて御免だぜ」

「そんなヘマはしない」

「メル!!ダメ!」

尚も進もうとするメルヴィルの前にアンジェが立ち塞がった。

「絶対行かないで!もう、嫌よ私……。幼馴染が酷い目にあうのを見たくないわ……」


メルヴィルがティッキーを斬り涙を流して絶叫したこと、アレストがルイスが倒れたのを見て発狂したこと、そして今日ベノワットが敵に細工をされて目を失ったこと……。

全て、アンジェにとって起こって欲しくない出来事だった。


アンジェの目から涙が落ちる。砂を濡らしていくそれを見たメルヴィルは黙ってアンジェを抱きしめた。


「すまない」


「メル……」

「俺の悪い癖だ。頭に血が上るといかん」

素直に間違いを認めた。ルイスは少し驚く。

「そうよ。今日はもう帰りましょうよ。また作戦を建て直せばいいわ!私も許せないもの!」

アンジェが笑顔を作る。


「軍師サン、帰ろうか」

アレストがルイスの手を握った。あたたかい手の温度だ。

「……」

聞きたいことはたくさんある。この前言ったことが本当ならば……シャフマを滅亡させたいのならば……ベノワットを救う必要も、砂の生物たちを倒す必要もないはずだ。なのに、王子は……。

「俺がどうして良い方向に動いているのか気になるんだねェ……」

顔を覗き込まれる。頭にカッと血が上る。

「軍師サン、たしかに俺は今、シャフマを脅かす砂の怪物たちを倒し、ベノワットを救った。だがそれが……『シャフマのため』かは分からないんじゃないか?」

「何が言いたいの」

「……」

アレストは何も言わなかった。目を伏せて、ルイスの手を放す。オリヴィエはアレストが砂の生き物をなくす方法を知っていると言っていたが、根絶の方法があるのならば、何故それをしないのか。ルイスには分からなかった。

「アレスト、」

返事がない。ルイスに背を向けて、ベノワットが運び込まれたシャフマ王宮の方に歩く。

「アレスト、教えて」

砂、シャフマではありふれたもの。今、ルイスが、アレストが、立っているその地面にも溢れているもの。だからこそ、見落としてしまうのだ。『人間が砂の生き物になる』凄惨な現象の魔法があるとしたら、繋がるのは同じ『当たり前に受け入れられている』何かに違いない。そしてそれは、砂。王子の、砂の時計の伝承。


「『砂時計』って、一体何なの?」

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