第26話

「っ……それじゃあやっぱり……」

「はい。砂の怪物の件はあの男が起こしたと見て間違いないかと」

「……はぁ……メルヴィルが知ったら落ち込むだろうな」

「メルヴィルはそこまで落ち込まないでしょう。しかし、ベノワットが……」

アレストにベノワットのことを報告するために扉に手をかけたルイス。中から話し声がして立ち止まる。

「身内……ですからね」

「そもそもストワード国民があの砂を使っていたこと自体おかしいからな。俺はむしろ納得したね。

……リヒター」

扉の向こうにいたルイスに気づいたアレストがリヒターの名を呼ぶ。扉が開いて、アレストが「軍師サン、どうした?」と口角を上げる。

ベノワットのことを言うと、アレストとリヒターの顔が段々と険しくなった。

「しまった!あっちの方が早く動いたか……!軍師サン、まずいことになるかもしれない。ベノワットを追う」

「ルイス、アンジェとメルヴィルを呼んできなさい!私たちも準備をします!」

全く訳が分からないが、2人の焦燥ぶりを見てルイスも走り出す。

(ベノワットが……どうしたの……?)



ベノワットが向かったブライ村までは、王宮からは少し距離がある。王宮の敷地外には砂の怪物と賊がうようよしていた。それを討伐しながら進む。

「チッ……半年前から、一向に数が減らん。なんなんだ。アイツらは」

そう言うメルヴィルは知っている。目の前で弟子が怪物に変化したところを見たのだ。

「今はまだ、元々は人……ということしか」

「何かの呪い魔法よね?黒魔法なのかしら」

「白魔法でも黒魔法でも変わらないだろう。スタンの持っていた砂に関係のあることは明白だからな。重要なのは、『誰が』『何の目的で』人間をああしているかだ」

メルヴィルの言う通りだ。方法は、スタンの持っていた砂を使うのだろう。だが、誰がシャフマの国民をおぞましい姿に変えているのか、そして何をしたいのかが分からない以上……。

(オリヴィエは知っているのかもしれない)

人間を砂の生き物に変える目的を。



丁度同じ頃、ベノワットはブライ村に着いて半年ぶりに父親と再開していた。

「父上、ご無沙汰しております。のどかな村ですね」

ベノワットが案内された民家に入る。ベノワットの父はベノワットを見て安堵のため息をついた。

「お前が無事でよかった。王子は無事か?」

「え?無事です。メルヴィルもアンジェも無事で……」

「そうか。それは何よりだ。……ベノワット、うちに帰って来い」

「帰る……?」

「そうだ。息子のお前にだけ言うが、私たち貴族でこの国を作り直すことになった」

「……!?」

ベノワットが驚いて後ずさる。

「そのためには王子の時計が必要だ。ベノワット……お前は私の息子として勝者側に付け。この大陸はシャフマ王国が統一する。そのとき、お前やメルヴィル、お前らが望まんならば他の貴族でもいいが……を新たな王にする」

「ち、父上……!?」

「砂時計の力を使い、今度こそ永遠のシャフマ王国を作るのだ。……協力してくれるな?」

父の目は鋭かった。予想外の言葉にベノワットの目が泳ぐ。

(アレストの身体の砂時計をまた作る?どうやって……!?しかもそれを誰かの体に入れてシャフマを再建する……!?そ、そんなことまでして)

「……そんなことまでして、永遠を作りたいんですか」

ベノワットの声は震えていた。

「今度は1万年、10万年でもいい。その効果が切れたらまた作り直せばいい。ストックはいくらあってもいいだろう」

「ふざけるな!!!!!!」

ベノワットが父の襟を掴む。

「アレストが……シャフマの王子たちが……!砂時計があって良かったと思ったことなど……!!」

「それだけ強固な永遠が必要なのだ。この国には。そして、私たち人間には……」

『神』が必要だ。砂漠の真ん中に立つ、永遠の神が。

それが砂時計を正当化する、シャフマ王国の貴族の考えだった。


間近でアレストの苦労を見てきたベノワットは父の言葉に賛成などできない。

「俺……私は協力などしません!そんなこと、絶対にさせない!」

ベノワットが槍を構える。そのときだった。

父が、ベノワットの口を手で押さえ、何かを飲ませたのだ。

「……!?」

「残念だ。我が息子よ……私はお前に永遠になって欲しかったのだがな」

「な、なんだ……!?ぐっ……」

立っていられないほどの目眩。ベノワットはクラクラする身体を引きずって外に出た。こんな状態では父を殺すどころではない。早くアレストたちに報告しなければ……。朧気になる視界に、アンジェのペガサスを見た。アレストたちが来てくれたのだ。ベノワットは必死で意識を保とうと血が出る強さで舌を噛む。しかし、舌から出たのは血ではなかった。

ジャリジャリと苦い味が口内に広がる。

「砂……?ま、まさか……」


「ベノワット……死ぬのならせめてシャフマの一欠片になれ。

砂時計の永遠を刻む『砂』に……」

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