第25話

半壊してしまった王宮を歩く。残っていた騎士団が半年かけて復興したのだが、まだ砂の怪物が暴れた名残は至る所にあった。

(よく生きてたな……私)

体はかなり丈夫らしい。『相棒』に感謝しなければ。

昨夜アレストが言っていた「シャフマを滅ぼしたい」理由。その手がかりがあるとしたら王宮内の図書館だろう。この国の歴史を深く知ればきっと何かが分かる。

図書館の扉を開く。先客がいたようだ。緑髪の……。

「オリヴィエ?」

名を口に出すと、男が振り返った。

「魔女。生きていたのか」

(また魔女って言った)

「『生前』のお前と話す機会はなかったが、なるほど……生まれ変わったお前は私と合うようだな」

目を細めて笑う。その顔にどこか見覚えがある気がしたが、誰だっただろうか。

「オリヴィエも、無事だったんだ」

「もちろんだ。この私がしぬはずがない」

オリヴィエは持っていた本を棚に戻す。ルイスはその背表紙を見た。

「その本、あなたが書いたの?」

「……あぁ」

著者名が彼の名前だったのだ。『オリヴィエ・エル・ラパポーツ』。

「私の家系は代々王子の伝記を書くのが仕事だからな。読むか?」

王子の伝記。もちろん興味がある。手がかり以上のものだろう。

「それは、アレストの伝記?」

「ふん、私が仕えていたのはあの『ぼっちゃん』ではない。ヴァンス・エル・レアンドロの方だぞ」

「そっか」

オリヴィエはヴァンスよりもだいぶ年下な気がするが……。アレストの従者はリヒターだし、この国には年齢の制約はないのかもしれない。

「ヴァンス様の伝記……」

「おい、魔女。ただで読めるとは言っていないぞ」

棚に近づくと、強い力で肩を引かれた。

「私の条件を聞け」

「本を読むだけなのに?」

「ふん、お前にとってはそれがどれだけ大切な情報なのか……理解していないようだから言っておく。『生前』のお前ならばまだしも、今のお前……シャフマ国民ではない者が『砂時計の王子』を理解することは直接神に触れる禁忌と等しい。だから私の条件をのめ。これは義務だ」

言っていることが分からない。この男は自分よりもたくさんの情報を持っているのは間違いないが、大げさな気がする。

「ふん、私は知っているぞ。お前はアレストを信じられないのだろう。だから情報を集めている。違うか?」

「何の条件?」

「そういうところは『生前』と変わらんか。もっとも私が直接関わる前にしんだが……。着いてこい、魔女」

「……」


オリヴィエに着いて行く。王宮の一番上、屋上のような場所だ。風が吹き付けて、寒い。

「あれを見ろ」

言われたまま地上を見下ろすと、王宮の魔術結界の外の村で砂の怪物と賊が村人を襲っている。

「……知っている、それくらい」

自分だって半年前にあれと戦闘をしたのだ。何度も傷を負った。

「我々はあれを消すことができる」

「え?」

「人間があの姿になるのを止める方法がある。それを知っているのはアレストだ」

「な、何を言って……」

オリヴィエの真っ直ぐな青い瞳と、ルイスの真っ赤な瞳が合う。

「お前もあの『失敗作』と同じく、あれを見殺しにしたいか?」

ルイスはもう地上に視線を戻すことができなかった。怪物が、賊が、恐ろしかったのだ。剣を振っているとき、指示を出しているとき、常に死と隣り合わせの戦場で恐怖を忘れたことなど一度もなかった。

「アレストから聞き出せ。または思い出せ。あれを止める方法……『正しい姿』にする方法を知っているのは、アレストか『生前』のお前しかいない」

「……っ」

「シャフマを再建させたいだろう。私もそうだ。戻したい」

「それを、貴方に伝えるのが条件?」

「そうだ」


ー私はシャフマを救いたい。


昨日、アレストに言ったことを思い出す。


(オリヴィエならそれができる……?)

(でも、まだ……)

(まだ、私は……)

情報が足りない。何も知らない状態で返事は出来ない。この国にとって何が良くて何が悪いのか、ルイスには分からない。



(結局返事ができなかった……)

オリヴィエと話した翌日。昼ご飯を食べ終わって歩きながら書類を確認するルイス。

ベノワットとメルヴィルが話しながらこちらに向かって来るのが見えた。

「じゃあ君のところには来ていないのか?」

「来ていない」

「そうか……メルヴィルの父上と俺の父上は違う場所にいるのかもしれないな」

「何の話?」

ルイスがベノワットに聞くと、ベノワットが柔らかく笑った。

「実は先程、父上から手紙が届いたんだ。無事で安心した……。父上はもともとここ王宮で雑務をする貴族だったんだが、半年前にここで怪物が出てから連絡が取れていなくてな。あ、メルヴィルの父上も王宮で働いていたんだ。ただ、まだ安否が分からないらしいが」

「ふん、親のことなどどうでもいい」

メルヴィルは腕を組んでしかめっ面をしている。

「そう言うなって……君の家はシャフマ王国の中でもかなり有力な貴族だろ?君はそこの嫡子なんだから……」

「親など死んでようが俺には関係ない。腹が減った。俺は食堂に行く」

メルヴィルはめんどくさそうに頭をかきながら食堂の方に去ってしまった。

「メルヴィルってそんなに偉い貴族なの?」

ルイスが小声で聞くと、ベノワットが苦笑した。

「メルヴィルはシャフマ王国では国王の次に発言力がある貴族の嫡子なんだ」

本人は貴族の自覚がないみたいだが。と付け加える。たしかにそうだ。でも、ベノワットだって他人のことは言えないくらい貴族らしくないと思う。そう言うと彼はまた笑った。

「まぁ俺は代々たたかう方の貴族だからな。前に言っただろう?代々騎士団に入って王子を守るのが責務だって。……あ、そうそう。さっきの話の続きだが」

ベノワットは持っていた手紙を広げてルイスに見せた。

「俺の父上が無事だと知らせが届いたからな、今から会って来ようと思う」

ベノワットの声は弾んでいた。シャフマ王宮騎士団長として気苦労が絶えない生活の彼が、父親が無事で良かったと思っているのは嬉しいことだ。

「俺たちは仲がいい。シャフマ王国の強みはここにあると思っている。王族であるアレストや俺やメルヴィルのような貴族、そして平民のアンジェやリヒターさん……。みんな気にせずに同じ部屋でご飯を食べる。身分なんてあってないようなものだ」

「たしかに。仲が良くて楽しい」

「ルイスもそう思うか。……待ち合わせ場所はブライ村だな。王宮から少し離れているな。ルイス、悪いんだがアレストに伝えておいてくれないか?なるべく早く戻ろう」

「気をつけて」

「ありがとう。自分で言うのもなんだが父上は長年王宮で騎士団に協力してきた男でな。信頼が置けるんだ。シャフマ王国の力になってくれるか打診もしてみる」

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