第3章 【因縁】
第23話
シャフマ国王ヴァンスが砂の怪物に殺されてから半年が経過した。シャフマ王国は国王をなくしただけでなく王宮内、近郊、主要都市……人が住んでいたほとんどの土地を砂の怪物と賊に踏み荒らされ、以前の活気ある砂漠の国とは思えない状態になっていた。
復興途中の大広間。赤い布を羽織って、白いターバンを巻いた男が座っている。
「アレスト国王!」
「ベ……。国王はよせって。俺は正式に戴冠を受けていないだろ?」
「いや……そういうわけにはいかない。騎士として呼び方はきちんとしなくてはな」
ベノワットがアレストに跪く。そう、シャフマはもう王国と呼べるかどうかもわからなくなっていた。戴冠式をする前に国が大きく傾いたのだ。
国王がいない国。トルーズク大陸、西の砂漠の国シャフマ。あと一年で千年の節目を迎え国。王国歴九百九十九年の四月二十日……。王子アレストは、今日、二十九歳を迎えた。
半年前は短かった髪を伸ばし、後ろでまとめている。
「君が子どもを産めば国王になれる。砂時計が継承されるからな。だが君はそれを望んでいないのだろう?」
「あぁ。国王なんてごめんだねェ」
「……アレストがこの国の王子で良かったな」
ベノワットは頬に大きな傷ができていた。腕や足が太くなり、前よりも逞しくなったように見える。
「くっくく……民衆はそうと思っていないみたいだが」
アレストは「困ったね」と両手を広げる。顔は笑っているが。
「そりゃあ彼らは事情を知らないからな。しかし、言わないでおこうとしたのは君だろ?俺は言ってもいいと思うんだが……」
「言ったところでパニックになるだけさ。それにこれは俺の身体の問題だ。民衆は知らなくていいのさ」
「君は優しいんだな。……あっ、メルヴィル!どこに行っていたんだ。アレストが心配していたぞ」
メルヴィルが大股で大広間に入ってくる。半年前よりも短くなったとはいえ、ポニーテールにするには十分な緑色の髪を揺らして。
「おい、アレスト。あいつが目を覚ました」
「……え?」
「お前と交代して軍師殿の見張りをしていたアンジェが言っていた」
「アレスト!!」
噂をすれば。髪の長くなったアンジェが泣きながらアレストの肩を揺らした。
「アレスト!!ルイスが!目を覚ましたわ!」
「……ほ、本当か!?軍師サンが……!」
アレストが走って部屋に向かう。ベノワットたちも後を追う。
「ぼっちゃん!」
部屋で変わらない顔をしたリヒターが待っていた。ベッドから体を起こして辺りを見回していたルイスがアレストの瞳を見て、微笑んだ。
「ごめん、アレスト。心配をかけた」
「……!!ルイス……!!」
アレストが勢いよくルイスに抱きつく。
「良かった……あんた、半年も寝てたんだぜ……前の時は一年だったから、またあんなに待つかと思って怖かった……」
「い、痛い……」
「おっと、悪いね」と、ルイスから離れる。目を細めて笑うアレストの顔を見て、アンジェたちも微笑む。
「アレストがやっとちゃんと笑ったわ!」
「ははは、アレストはずっと無理して口角を上げてたからな。俺たちにはバレバレだったが」
「ふん……またうるさくなる」
仲間たちの言葉にアレストがニヤニヤしながら「そうだったかァ?」と頭を搔く。珍しく顔が赤くなっている。
「でもルイスが目を覚まして本当に良かったわ!」
「あぁ、これでまたいろいろな作戦を開始できる」
「軍師殿、剣の腕は落ちていないだろうな。早速俺と手合わせをして確かめろ」
「ちょっとメル!ルイスは病み上がりなのよ。あんたはいつもいつも剣の腕って……」
半年経っても彼らの性格は変わっていない。ルイスは安心してベッドに寄りかかった。
「身体は大丈夫ですか。あと記憶等も……」
「大丈夫だよリヒター。でも少し眠い」
「今日は寝ていなさい。また明日から忙しくなりますよ」
リヒターの言葉は厳しいものだったが声には優しさが含まれていた。
「ハッピーバースディ、アレスト様〜。ハッピーバースディ……」
「はーぴ?ばーす……」
「そうそう、カーラさん上手いっすね!もうちょっと元気に歌えたら完璧っす!」
「ルディーくん、あんまり大きい声出すとバレちゃわない?」
自室のベッドで眠っていたルイスが部屋の前で歌う声で目を覚ます。レティアとカーラだろうか。聞きなれない男の声もする。
「あ!レティアさん!こっちにも飾り付け頼むっす!」
「わ、分かった〜。うーん、ちょっと高いかも……キャッ!」
「わわっ!レティア、大丈夫かい?」
落ちるような音がして驚いてドアの隙間から外を見ると、レティアがベノワットにお姫様抱っこをされているのが見えた。ルイスは思わず顔を手で覆う。
「……ご、ごめんなさい……」
「大丈夫だ。偶然通りかかって思わず受け止めてしまったが……怪我をしなくて良かった。ん?……君、軽すぎないか?」
「えっ……いえいえ!ベノワットさんの力がすごいだけで!わぁあ!恥ずかしいよ〜!!!」
レティアがバタバタと足音を立てて逃げてしまった。残されたカーラがぽかんとしている。ルディーと呼ばれた若い男がベノワットの肩を軽く叩いた。
「良かったっすね!ベノワット様!あんなに可愛いレティアさんに好かれてるなんて俺羨ましいっす!」
「なっ……!?俺が好かれている!?」
ベノワットが真っ赤になる。
「えっ、気づいてなかったんすか?俺が騎士団に入団したときから良い雰囲気だったじゃないっすか〜。もう告っちゃったらどうっすか?」
「告る……?」
ルディーとベノワットの会話に首を傾げるカーラ。こちらもなんだか騒がしいようだ。
「そ、そんな浮ついたことをしている場合じゃ……というか君たちは何をしていたんだ?この紙で作った花はなんだ?」
「そ、れ、は!アレスト様のハピバ会に使う花っす!」
「はぴば……いえーい……らしいわ……」
「は、はぴば?」
よく分かっていないまま参加していたカーラがぼやく。ルディーが身を乗り出してベノワットに追加で説明をする。
「ほら、アレスト様今日は誕生日じゃないっすか!しかもなんの運命か軍師様も目を覚ましてくれた!これは騎士団総出でお祝いしよーって!なったっす!俺の中で!」
「はぁ……まぁ祝うのは良いことだな。俺も手伝おう。メルヴィルたちも呼んでこようか?」
「わぁあ!ありがたいっす!あっ、でもでもアレスト様と軍師様には内緒っすよ!サプライズなんすからね〜!」
「はっ……そうだったのか。俺たち、騒ぎすぎたな。軍師殿が起きてしまうかもしれない。俺は向こうを飾り付けてこよう」
「あっ、じゃあそろそろ俺らも移動しますか!カーラさん、それ持って着いてきて欲しいっす!」
「分かったわ……」
紙で作った花を両手に抱いたカーラが梯子と籠を持って移動するルディーについて行く。起きているのがバレなくて良かった。ルイスはほっと胸を撫で下ろした。
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