第22話

「……あいぼ……!!!軍師サン!!!!!」

ルイスが怪物の攻撃を受けたことに気づいたアレストが目を見開いて駆け寄ってくる。その間にも砂の怪物と賊の攻撃は止まず、ベノワットたちは武器を振っていた。

「軍師サン!!軍師サン!!しっかりしてくれ!!」

アレストが倒れ込んだルイスの肩を揺する。反応はない。顔を近づけて息があるか確認する。少しだけ呼吸音が聞こえたが、確実に弱い。運んで回復魔法をかけなければ。

(死んでしまう。軍師サンが、死んでしまう、俺の、俺のたった1人の、相棒だった、人が……)


「相棒が、死ぬ?」


(まさか、このまま……相棒が死ぬのか……!?)



「おおおおあああああ゛あ゛あ゛!!!!!!!



アレストが喉奥から唸り声を上げる。

パリンッ……!

何かが割れるような音がした。リヒターが空を見上げる。一瞬で真っ黒な雲が辺り一帯に広がった。

「ぼっちゃん!!!」

手斧を賊に投げつけたリヒターがアレストに体当たりをし、砂の上に押さえつける。

「ぼっちゃん!!お気を確かに!!落ち着いてくだい!!」

「はあっ、はあっ……相棒!!死ぬな!死ぬなぁ!!!!!」

雨だ。砂漠に雨が降る。しかし恵みの雨なんて優しいものではない。雷が鳴り響き、目を開けていられないくらいに大量の水が空から降り注ぐ。意識を失ったルイスの体が泥で塗れていく。砂の怪物たちは水が苦手なのか撤退を始めた。

「に、逃げていくわ……」

「ぐっ……だが、この雨は……まずい……洪水になるぞ……!」

アンジェがパニックになるキャロリンを撫でて落ち着かせようとする。メルヴィルとベノワットは武器を下ろしてアンジェが降りるのを手伝う。この嵐だ。空にいたら飛ばされてしまう。

リヒターに拘束されたアレストは我を失ってルイスに腕を伸ばす。黒く塗られた指から砂が溢れ出していた。いや、指だけではない。全身から漏れ出るように砂が溢れて宙を舞う。

「レティア!」

「はあっ、はあっ、やっと来れた……!今すぐに回復する!」

雷が鳴り響く中、レティアがルイスに白魔法をかける。ルイスは目を開けなかったが、脈は正常に戻った。

「……アレスト!ルイスは無事です!!」

「アレスト……?ルイス……?」

アレストの紫色の瞳がゆらゆらと揺れる。

「……だれだ、それは……うっ……俺は……誰だ……名前が、思い出せない……あんたのことも……わからない……記憶が……零れ落ちる……!!」

走ってきたアンジェがレティアと一緒にルイスの顔の泥を払って優しく抱きかかえ、アレストに見せた。

その顔を見たアレストは暴れるのをやめた。砂も零れなくなり、砂漠の上空を覆っていた雲が消えていく。

「……相棒……無事なのか……」

リヒターがアレストを抱きしめる。メルヴィルとベノワットもアレストに駆け寄り、肩を抱いた。

「……チッ……バカ王子が……」

「あぁ、良かった……完全に割れてしまうかと……」

「ぼっちゃん、よく戻ってきてくれました!!!ルイスを王宮内に運びましょう。息はありますから、治療をすればきっと目を覚まします」

ルイスを王宮内の医務室に運び込む。アレストは自分の背中を後ろ手でなぞった。触っても変化は分からない。それは体内にあるのだ。外から変化を観測できるものではない。


(だから、困るんだよ)

突然割れる。脆い。伝承には『王子に絶対的な力を与える』強固なものだったはずなのに。

(俺がこんな体だから……)

アレストは本来シャフマ現れるはずのない水溜まりに映った自分の姿を見て、小さく息を吐いた。

(こんな……まるで本物の『砂時計』のような形の体……)


砂の怪物と賊の襲撃を受けた王宮も酷いものだった。リヒターやベノワットが一日探しても誰一人見つからなかった。皆言わなかったが、これまでの戦闘で知っている。砂の怪物は人間なのだ。王宮内で暮らしていた人たちの一部が砂の怪物になり、仲間を襲ったのだ。ストワード戴冠式に行かなかった王宮騎士団の部隊も、アレストの許嫁たちも、例外なく。殺戮が繰り返された。中にいる人がいなくなるまで。

戴冠式に参加した騎士団のメンバーは王宮内の復興作業に徹した。しかし、数日が経っても、ルイスは目を覚ますことはなかった。アレストは自分の部屋で面倒を見ると言い、ルイスの隣で毎日看病を続けた。


「本当に、悪いことをした……。俺はまたあんたを……」


あの日、目を覚ます前のルイスのことを思い出す。


『アレスト!またお酒飲んでるの?

本当にあんたは馬鹿なんだから!』


「くっくく……悪いね。俺はこうでもしないと生きられないのさ。ところでええと、なんだっけ。俺は……あんたは……」


『もう自分と私の名前を忘れたの?

あんたはアレストで私はルイス』


「アレスト……ルイス……そうだった。たしかそんな名前だったぜ。いつも教えてくれて助かるねェ」


『はぁ……呆れる。そんなので王子だなんて』


「失望したか?」


『ううん。あんたはあんただもん。アレスト、名前を忘れても……アレストはアレストだよ』


「……そうだな、相棒。俺は俺だ。自分が分からなくなっても、あんたは何度も俺の名前を呼んでくれた。ルイス……俺はあんたが大切なんだ。でもあのとき、あんたから過去を奪っちまった。悔やんでも悔やみきれないさ。……なぁ、また俺はあんたを失うのか?今度こそ、本当に死んじまうのか?ルイス……」

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