第21話
「寒いわね」
「シャフマ王宮までもう少しですからね。夜の砂漠は冷えます」
「もう王宮か。順調で良かった」
「父上になにかあったらまずいですからね」
頭から布をスッポリ被ったアレストがイタズラっぽくヴァンスに言う。そこまで風を避けたいだうか。極度の寒がりなのか、ふざけているのか分からない。
「なにもない。それに危なっかしいお前を残しては死ねん」
「父上までそんなことを言うのですか?」
「戴冠式のとき、ヴァンス様に口塞いでもらってたくせに」
アンジェが笑うとアレストが「そうだったか?」と、とぼける。
「本当に変わらないな君は。きっと王になっても変わらないんだろう」
ベノワットが目を細める。たしかに、アレストはずっとこうだと思う。
「全くだ。危ない王子に仕えると苦労する」
メルヴィルが舌打ちをする。
「皆さんの言う通りです。勝手な行動は謹んでもらいたいですよ」
リヒターがため息をつく。
「ギャハハ!!悪いね!困った王子サマでさ!!」
アレストが下品に笑う。メルヴィルの眉間のシワがまた濃くなった。
この光景も見慣れてきた。きっと昔から……そしてこれからも……アレストが即位して王になっても、シャフマ王宮騎士団はこんな感じなのだろう。
「ルイスもそう思うわよね!?ほんと、アレストって」
「ボンクラ王子だ」
「そうそれ!」
「そうだね」
ルイスが頷くとアレストがまた大声で笑った。
「軍師サンまで!!ギャハハ!!いいさ、好きに言っててくれ。俺は楽しいぜ!」
困った王子サマ。しかしこれで救われることもあるのだ。ストワード戴冠式の旅路はたくさんのことがあった。ティッキーを失ったこと、戴冠式当日にストワードの第二王子が死んだこと。もう過去になってしまったことだ。やるせなさを覚える。ルイスはもうこんなことは起きて欲しくないと思っていた。シャフマ王宮に戻れば、またアレストやリヒターたちと食堂で美味しいご飯を食べて、自室のあたたかい布団で寝られる。騎士団は戦闘が仕事だが、平和が一番に決まっている。誰かをころさねばいけないとか、誰かが犠牲にならねばいけないとか、そういうのは……決して喜ばしいことではないのだ。
「あ!王宮が見えてきましたよ!」
リヒターの声に一行の顔が明るくなる。
「ふぅ、さすがに歩き疲れたねェ」
「キャロリンも疲れてきたわよね。もう少しだから頑張って!」
アンジェがキャロリン(ペガサス)を撫でる。「俺の心配はしてくれないのか?」と聞こえたが無視だ。
「ふふふ、酷いねェ……俺も優しく撫でて欲しいのに」
アンジェは大きなため息をつく。どうやらいつも以上にアレストに怒っているようだ。
「はぁ……アレスト、私の分の保存食ほとんど食べちゃったじゃない!そのせいでお腹が空いてたまらないのよ!」
「ルイスに分けてもらってたからいいじゃないか」
「そういう問題じゃないわ!」
アンジェの甲高い声が響く。疲れた、とは言っていたが怒る気力はあるようだ。
「おい、あれはなんだ」
メルヴィルが指さした方を見ると、王宮から砂埃が上がっているのが見えた。
「え……!?なんだ!?」
ベノワットが思わず身を乗り出す。砂が膨らんで人の形になった。怪物の声も聞こえる。
「!! あの砂か!!しかしこんなに王宮の近くで砂の賊や怪物が現れるなんて今までなかったのに!まずいぞ!」
「王宮には騎士団のほかの部隊がいるわ!!はやく助けに行かないと……!」
アンジェがペガサスに乗る。しかしアレストは「降りろ」と低く言った。
「おい、ボンクラ王子!あの中にはまだ騎士団が……」
「違う。これは……」
アレストが王宮の方を睨む。
「リヒター。俺の思った通りだったようだぜ。この推測は外れて欲しかったが。残念だね……」
「……!」
リヒターが後ずさる。アレストは「騎士団はもうダメだ」と呟いた。
「何を言っている!?」
「……俺だって自分の目で確かめるまで信じたくはないさ。あんたたち、なるべく殺さないようにしてくれよ」
「どうしたんだアレスト。砂の賊は人間を襲うだろう?王宮の騎士団を救いたくないのか?」
ベノワットが聞くと、アレストは俯いて首を横に振った。
「いや違う……しかし……!くっ……もうダメかもしれない!」
「アレスト。何を迷っている。シャフマの民を守る責務を忘れたのか」
ヴァンスの言葉に、アレストが顔を上げる。
「そうだ……俺たちだってシャフマの民だ。引き止めて悪かった。覚悟を決めないとだな。軍師サン、行こうか……」
メルヴィルが走る。アンジェがキャロリンに指示を出して空に向かった。周りの砂が盛り上がり、中から砂の賊が現れる。今までたたかったそれよりも大きく鋭利な武器を持っている。
皆、得意の武器を振って賊を払い除け、前に進む。シャフマ王宮が襲撃を受けている。助けに行かなくてはいけない。ルイスも剣を振って無我夢中で王宮に走った。
「どうにか押し切ったな」
なんとか王宮の入口に来ることができた。メルヴィルとルイスか剣を下ろす。ベノワットも槍を下ろし、王宮の中を窺う。
「……中も荒らされたのだろうか」
「人の気配がしないわ。まさか、もう……」
「ぐっ……誰だ!こんなことをするのは!!シャフマを潰そうとしているのは誰だ!!ストワードの連中か!!」
スタンのことを思い出す。彼の手下がまだ抵抗を続けてシャフマの地を荒らしに来たのかもしれない。そう思うと、ルイスにも怒りが込み上げてきた。
「……誰であろうと許さん!!このメルヴィルが斬ってやる!!」
メルヴィルが叫んだ時だった。王宮内から大きな足音が聞こえたのだ。
「怪物です!!中に潜んでいたのですか!!ぼっちゃん!狙いはあなたです!早く逃げ……」
ルイスの隣にいたリヒターがアレストの右手首を掴んだ。その瞬間、怪物が攻撃をする。アレストではなく、ヴァンスに。
「!?!?!?」
ヴァンスが倒れ込む。途端に王宮内から大量の怪物がなだれ込んできた。ルイスたちも改めて武器を構えるが量が多すぎる。リヒターがヴァンスに慌てて駆け寄ったが、心臓の部分……急所を抉られて血が止まらない。
「っ……主!!ヴァンス様!!しっかり……!」
「すまない……リヒター……」
「ああっ……ヴァンス様……だ、誰か!回復魔法を……!」
「……いや、私はもう無理だ……」
ヴァンスの掠れた声にリヒターの身体が震え出す。
「それより、アレストを……砂時計を頼む……」
リヒターがハッとしてアレストの方を見る。魔法で必死に応戦しているのが見えた。
「っ……まだまだ子どもだと思っていたが、もうあんなに強くなったのだな。我が子は……」
ヴァンスが満足そうに目を閉じる。
「しかし、砂時計の継承を見れずに死ぬのは、無念だ……」
「……」
「リヒター……アレストを……砂時計を……守ってくれ……頼んだぞ……」
ヴァンスの金の瞳の光が消えた。リヒターはヴァンスから手を離すと、すっと立ち上がった。
「守らなくては……!シャフマを……!砂時計を!」
託された思いに応えなくてはいけない。リヒターは静かに頷き、アレストの方へ走った。
「大丈夫か!?メルヴィル!」
「チッ……俺はいい!アンジェが足を怪我した!」
「こんなのどうってことないわ!ルイス!敵はまだ奥にいるわ!キャロリンを飛ばしていいかしら?」
「気をつけて!そっちは弓兵が多い!」
中からたくさんの砂の賊も出てくる。何者かが砂を撒いているのだろうか。
ルイス自身もたたかいながら指示を出す。こんなに混戦状態になるのは初めてだ。ルイスは額の汗を拭う。
「おい!アレスト!!力を使いすぎるな!」
メルヴィルが大声で言った。アレストは「分かっているさ!」と返事をして、尚も突き進む。たしかにアレストは強い。しかし慣れていないのも事実で力の加減を間違えて反動を受けている。
リヒターが合流した。ヴァンスのことを聞こうとしたが、怪物が暴れていて指示を出すのが精一杯だ。
(でもあと少し……!)
無限に出てくるわけではないらしく、斬った怪物は砂になって消える。希望を持ってまた前に出た時だった。
体に鈍い衝撃が走り、地面に叩きつけられる。痛い!そう思う前に目の前が暗くなった。
「……あいぼ……!!!軍師サン!!!!!」
ルイスが怪物の攻撃を受けたことに気づいたアレストが目を見開いて駆け寄ってくる。その間にも敵の攻撃は止まず、ベノワットたちは武器を振っていた。
(い……意識が……。ア……アレスト……)
頭を強く打ってしまったのか、意識が保てない。アレストの方に手を伸ばすが、手を掴むことはできなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます