第20話

「お前が全部やったのか!ティッキーのことも……!」

メルヴィルの声だ。もう剣を抜いて構えている。スタンを見つめる青い瞳には、殺意がこもっていた。

「ティッキー?その方のことは知りませんが、……この関係ですか?」

スタンが袋に入った砂を見せる。ティッキーが怪物を呼び寄せるために撒いていたのも砂だった。

「っ……!てめぇか!!」

「許さないわ!!」

「ティッキーの仇だ!!」

アンジェ、ベノワットとリヒターも武器を構える。メルヴィルが一番に走ってスタンの放った魔法弾を斬った。

「ぐっ……あの街でティッキーが倒れた後に砂を撒いたのはお前か!」

「ふふふ、どうせなら私のこの金の髪一本でも落としておけば良かったですね。そうすればもっと兄様に疑いが行っていたでしょうに……」

「誰がやっていようと同じだ!ここでお前を殺してティッキーの無念を晴らす!」

剣と魔法弾がぶつかる音が響く。メルヴィルは自慢の足の速さで弾を回避しながらスタンに近づいて行った。

「残念だねェ……あんたとは仲良く出来そうだと思ったんだが」

メルヴィルの後ろから魔法弾を飛ばすのはアレストだ。普段と違い、まだ全力を出していない。反動を受ける訳にはいかないからだ。いちいち後ろに飛んでいたらメルヴィルの援護ができない。スタンを足止めするだけでいい、という考えだった。

「ふん、あなたは兄様の味方だったのでしょう。私の事は最初から疑っていた。……違いますか?」

白魔法でバリアを貼りながら毒づくスタン。

「アントワーヌサンは俺と同じだと思ったから味方したのさ。……ま、同じにしたのはあんただったようだが」

「同じ……。くぅっ!?」

スタンは、メルヴィルの攻撃を避けた先で、アレストの魔法弾に右腕を掠ってしまった。アレストが左腕に魔力を溜める。一撃。強すぎる黒魔法攻撃が、倒れかけたスタンを襲う。アレストも反動で後ろに吹き飛び、背中を強打する。

「ぐおっ……!!!」

シャフマの砂の地面ではない、硬くて冷たい床。痛みに歯を食いしばっていると、メルヴィルが走ってきた。

「……メルヴィル、何故……」

「……」

メルヴィルは倒れ込んでいるスタンを確認し、一瞬視線を移した。アレストがそちらを見ると、騎士団に囲まれたアントワーヌがレモーネの方を抱き、震えていた。

「あんたも理性的なところがあるんだな」

メルヴィルは何も言わなかった。ルイスがリヒターたちと砂の賊を倒している今、スタンをどうするのかは王子であるアレスト、そして、彼の兄であるアントワーヌにある。メルヴィルはそう言いたいのだ。

アレストはアントワーヌからスタンに視線を移し、足に力を入れてゆっくりと立ち上がる。背中の痛みを気にしている場合ではなかった。自分が、決めなければ。

スタンがうつ伏せのままアレストを睨む。冷たい床には黒ずんだ血が流れていた。腹から伝っている。もう動けないことは見てわかった。

「あんたを生かしておく理由はない、と言いたいところだが。一つ聞きたいことがある」

「……」

「狙いはアントワーヌか?」

「……そう……ですよ。私はあの兄が憎かった!!それだけです……!」

アレストが下唇を噛む。

「私が王になりたかった!お父様も、レモーネ様も……兄様ばかり!!」

護衛されていたアントワーヌが顔を上げる。

「あなた方は私のことを自分勝手だと笑うでしょうね。しかし……この長い国の歴史に名を残せるのは王だけなのです!!私は兄様よりもずっと王になりたかった!!私が王になるためなら……なんだってしたいと思った!父も兄もいらない!!」

国王を暗殺したのもスタンだった。父の暗殺の次に、兄を暗殺しようと企てていたのだ。

「……ストワード国王暗殺前から砂を撒いてシャフマの村を襲ったのか」

メルヴィルが氷のように冷たく言う。

「それは知りません……」

(やはりな……こいつは本命じゃない。こいつは俺を呼び寄せたが、直接俺を狙って来なかった時点で砂の賊も怪物も本気ではなかったんだ。しんだらラッキー程度だった……)

アレストが左腕に魔力を溜める。

「ふふふ……いいですね。あなたは何人殺そうとも英雄と言われる王になれる。心底羨ましいですよ」

「俺が英雄に見えるかよ」

アレストの紫色の瞳が揺れる。英雄……そんな呼び名はいらない。

「メルヴィル」

掠れた声で呼ぶ。隣で待機していたメルヴィルがスタンの背中に剣を突き立てた。刺す。何度も、何度も。

「……すまない」

アレストが振り返ると、大きな目に涙をためたアントワーヌが立っていた。

「ボクは弟の本心を聞いても、彼を許すことはできない……」

「アントワーヌ……」

(あぁ、あんたはそう言うと思っていたよ。自分の国に、父に誇りを持ち、歴史を守りたいあんたなら。だから、俺はスタンをころした)

アレストは口に出さなかった。

(あんたも俺と同じだった。思想ではなくて境遇が、ね。だから味方するんだぜ)

メルヴィルが剣をしまう音が聞こえた。アントワーヌが俯いて言う。

「ボクは王だからだ。たとえ自分の弟でも、王を……そして国民を脅かす存在は許しておけない。アレスト、ボクは間違っているだろうか」

「間違ってなんかいないさ。俺も同じ気持ちだぜ。もし俺があんたでも同じことを言うね」



スタンは倒した。ストワード国王暗殺、そして戴冠式襲撃は他でもないストワード王国の第二王子の犯行だった。アントワーヌが頭に乗せた冠は矢で撃ち落とされた時に割れてしまった。ティッキーの仇は取ったというのにメルヴィルもアンジェも素直には喜べなかった。

「胸糞が悪い……」

「そうね。自分勝手だとは思うけど、彼もああするしかなかったのかもしれないと思うとなんだか、ね」

「気持ちは分かるがそろそろ帰ろうぜ。過ぎたことを悔やんでも仕方ないだろう。敵は倒したんだしとりあえずはいいじゃないか」

アレストが二人を励ます。「珍しく王子らしいことをする」とルイスが言うと「そりゃあまぁ王子だしね」と。

「砂の賊の件もこれで収まるといいが」

「スタンはあの砂を持っていたが出処があいつかは分からん」

「お。冷静だな。メルヴィル。その通りさ。……あいつは砂を襲撃に利用しただけだ。まだなにかあるだろう」

含み笑いをする。もしかして全部わかっているのか?この男はたまにそう思うような口振りで話す。

「ぼっちゃんたち!帰還の準備が整いました。行きましょう」

リヒターに言われて一同は荷物を持ち立ち上がった。

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