第19話

ストワード戴冠式当日、シャフマ王宮騎士団はストワード王宮にやっと辿り着いた。道中で砂の賊に何度も襲われて予定より大幅に遅れてしまったのだ。ストワード王宮もシャフマ王宮と同じく国の真ん中にある。ルイスは疲れて痛む足を擦りながら眼前の立派な建物を見た。真っ白だ。いかにも白馬の王子様が住んでいそうな場所である。

「へぇ、中も立派なもんだね」

王宮内に踏み入れた瞬間、アレストが感嘆の声を上げる。シャフマの王宮も装飾が多いと思っていたが、ストワードの王宮にはそれ以上に金の装飾がそこら中に吊るしてある。

「あれはシャンデリアか?あんなに大きいのは初めて見たぜ」

ルイスが天井を見ると、アレストの部屋にある黒いシャンデリアよりも数倍大きいものが吊るしてあった。

「くっくく、これもあの王子サンの趣味なのかねェ」

土足のまま王宮内のものを見てあれこれ言うアレストは楽しそうだ。刺激が好きと言っていたが、たしかに初めて見るものにいつも心を躍らせている。なんだかかわいいな……と思っているとリヒターが「ぼっちゃん、あまり触ってはいけません」とアレストを注意した。しかしアレストは「んー?」と、かわしながら、ズカズカ上がっていく。遠慮のない男だ。

「なんだこれ。妙な形のランプだな」

繊細な置物がたくさん並べられている棚に金色に赤で模様が描かれたランプがあった。小さいが存在感を放っている。アレストはそれを手に取ろうとして腕を伸ばした。

「……なにか気になるものでも?」

気づくとアレストの隣にローブを着た金髪の男が立っていた。この王宮の人だろうか。さすがのアレストも手を引いて大人しくなる。

「いや、このランプが珍しくてね」

「そうですか。これはシャフマ王国から来たものだとお父様が話していた置き物です。綺麗ですが、相当昔に作られたものでもう使えないらしく……今はここに飾っています」

「ふーん?シャフマからねェ……俺は知らないなァ」

つつこうとすると、男がアレストの手を叩いた。パシンッ……乾いた音は大きく、ルイスは驚いてしまう。ローブの男は大人しそうな表情をしていたのに、強い力でアレストを叩いたのだ。

「……すみません。あまり触って壊れると困るので」

「くっくく……いや、無遠慮に触ろうとしたのはこっちさ。悪かったね」

アレストが叩かれた左手をヒラヒラ振る。シャフマから来た金色のランプ。なんとなくヴァンスの瞳の色を思い出す。

「ん?あんた今お父様って言わなかったか?もしかして……」

「……私はスタンと申します。あなたはアレスト王子、ですよね?」

「あぁそうだ。あんたが俺を招いてくれた人か。……ふふふ、俺はあの第一王子サンには嫌われているようでねェ……あんたが呼んでくれなかったらここまで来れなかったぜ」

「そうですか。兄様は人の好き嫌いが激しいですからね」

「ギャハハ!!やっぱりそうなのか!!しかしあんたもハッキリ言うねェ!!ギャハハ!!ギャハハ!!」

辺りにアレストの下品な笑い声が響く。リヒターが眉間に指を当ててため息をついた。

「なっ……!何故君がいるのだ!今すぐに出ていきたまえ!!不愉快だ!」

笑い声で気づいたアントワーヌが大股でアレストの方に向かってきた。アレストはそれを見てさらに大声を上げて笑う。アントワーヌの顔が真っ赤に染まる。

「アレスト」

低い声が聞こえてリヒターがハッとした顔をする。そのまま頭を下げて「ぼ、ぼっちゃん……静かに……」と消えそうな声で言った。

「元気なのはいいが、他の国の王族に迷惑をかけんようにな」

「おっと、父上。無事に着いておりましたか」

「無事も何も、ストワード王国に向かう途中には何も無かった。順調な旅だったぞ。そちらは?」

ヴァンスがルイスに問う。ルイスが何か言う前にリヒターが口を開いた。

「騎士団員が一人亡くなりました」

それを聞いたヴァンスが「そうか……」と悲しそうに目を伏せる。

「民を守った結果、騎士団員が亡くなるのは仕方がないことだとわかっていても辛いな」

アレストとリヒターの目が泳ぐ。

「……そろそろ戴冠式が始まります。ヴァンス様、アレストたちもこちらへ」

ヴァンスに同行していたドモアがルイスたちを誘導する。戴冠式、胸が踊る言葉に、ルイスはドキドキが止まらなかった。


大広間に移動する。アレストの隣の椅子に座ると、アンジェが笑顔で反対側の隣に座ってきた。「小腹空かない?」と乾パンを渡される。非常用に持ってきたものが余ったのだと言う。「食料はストワード王国で補給できるだろうし持っててももう邪魔なだけなのよ」アレストがにやつきながら「俺も欲しい」と言ってきたのでルイスは手で割って小さい方をあげた。こういうときに思うが、シャフマ王宮騎士団はかなり仲が良い。メルヴィルやリヒターのように王子を叱る……場合によっては叩いて怒ることもある……団員がいるのだ。ルイスは他の騎士団を知らないが王子が王子であることを忘れてしまうような騎士団は珍しいのではないかと思った。

事実、ストワード王国に来てから見たこの国の騎士団は一言も喋らずに整列している。アントワーヌの護衛に命をかけているのだろう。

「ほんとがめついんだから!」

「いいじゃないか。腹が減って仕方ないのさ」

「ちょっとアレスト、そんなに顔近づけなくても聞こえるわよ!間にいるルイスが困ってるでしょ!」

「くっくく……困らせているのさ」

「……」

このマイペースさには毎回驚かされる。アンジェもだが緊張感がなさすぎる。

「うるさいぞお前ら。寝れん」

「っ……メ……あんた」

「メルヴィルだ」

「メルヴィル、寝るつもりなのか?くっくく……ふふふ……」

「わ、最悪!ちょっとリヒター、こいつこれから戴冠式だってのに大声で笑おうとしてるわよ!」

「ぼっちゃん、耐えてください。もうすぐ始まりますから……!」

「だっ、だってメルヴィルが……ぐっ、こいつ、もう寝てやがる……や、ヤバ……」

ルイスがメルヴィルのいる後ろの席を見ると、たしかに目を瞑って寝息を立てている。

「ぼっちゃん、静かに!」

「……ひーっ、ひっ、ぐっ、ふふふふ……くくくくっ……」

必死に声を抑えているが、爆発するのは時間の問題だ。ルイスはハラハラして見守ることしかできない。

「そろそろヤバい……」とアレストが言ったそのとき、ファンファーレが鳴り響いた。

「ギャハハ!!!……んぐっ!?」

ファンファーレの音で聞こえにくくなるとは言え、戴冠式中に大声で笑うのはさすがにまずい。自分が止めなくては。ルイスが立ち上がりかけたそのとき、ルイスの反対側のアレストの隣に座っていたヴァンスが大きな手のひらでアレストの口を塞ぐ。

「ーーーっ……!ーーっ……!!」

苦しいのかじたばた手足を動かしている。アレストは大きい男だがヴァンスはもっと大きい。腕一つで押さえつけることなど簡単なのだろう。少し気の毒だが仕方がない。その様子を横目で見ていたベノワットとアンジェが口元を手で隠してくすくす笑っている。「変わらないわね」「あぁ、本当に」

ファンファーレが終わった。一同が前を向くと真っ赤なマントをつけたアントワーヌが一番奥に立っていた。

(すごい……!)

絵本で見るような王子、黙って真剣な顔をしているアントワーヌはそう表現するにピッタリな男だ。金髪碧眼、色白の肌の若い男。

「ちょっとかっこいいかも」

アンジェの言葉に頷く。「いや中身は残念だぜ?くくく……」「あんたほどじゃないわよ」「うるさい。寝れん」「メルヴィル。君、本気で寝ようと……」四人がこそこそ話す声が聞こえて思わず頬が緩む。

アントワーヌが跪く。金色の冠が頭に乗せられる。キラキラ光るそれをうっとりと見つめた。

アレストが漆黒の闇ならば、アントワーヌはその逆だ。金色の陽の色。まさに影と光。

「アントワーヌ・レイ・ストワード。ここに即位を宣言す。

……これからのストワードは、ボクが国王だ」


少し間が空いて盛大な拍手が起きる。メルヴィルがガタッと椅子を揺らす音が聞こえた。アレストがそれにまた爆笑しそうに肩を震わせかけるが、今度はヴァンスに頬を抓られてなんとか堪えた。

「終わったわね。緊張したわ……」

「私も、緊張した」

アンジェに小声で返して笑い合う。


ヒュッ!!!!


突如、大広間の真ん中に矢が飛んできた。アントワーヌの冠に当たり、それを落とす。


「な、なんだ!?」

照明が落とされ、暗幕を引いていた室内は真っ暗になった。

魔法弾の音と弓を射る音が交互に聞こえ、広間はパニックになる。

「お、落ち着きたまえ……!!ど、どどどどうしたのだ急に!?」

アントワーヌが腰を抜かしていると、レモーネが駆け寄って来た。

「アントワーヌ様!あそこから攻撃が来ています」

「ぐっ……ストワード王宮騎士団!!敵襲だ!!」

王の声はかき消される。アントワーヌもレモーネも突然の事態に驚くことしかできない。


「今度はアントワーヌが狙われているのか……!?この間国王を殺した人物と同じかもしれないな」

「くっ……敵はまた砂の賊共だ。奥に怪物もいるな」

「どういうこと?ストワードの仕業じゃなかったっていうのかしら」

「……これでハッキリしたな」

アレストが立ち上がって腕を構える。

「敵はアントワーヌじゃない。ストワードを潰そうとしているのは……」


砂の賊の魔法弾を弾き返し、前を見据える。


「あんただ。スタン」

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