第18話

戴冠式前日の夜、ストワード王宮では、朝から開かれる盛大な行事に備えてストワード王宮騎士団のメンバーが王子と打ち合わせをしていた。

「そうだ。その進行で頼むぞ」

「はい、王子。慣習通りに」

ストワード王子アントワーヌが頷く。彼は二十三歳。シャフマ王子アレストよりも五歳下の若者だ。

「では、ボクは部屋に戻る。明日は記念すべき日になるのだ。君たちも歴史に残るのだ!ははは!楽しみだな!」

高笑いをして得意そうに部屋に向かう王子を見た騎士団員たちは微笑んだ。この陽気さがアントワーヌの魅力だった。


自室に入ったアントワーヌが内側から鍵をかけようとしたときだった。突然腕を掴まれた感覚。思わず声を上げる。

「!?だだだだ誰だ!」

振り返ると、生気のない砂の人間がこちらを見ていた。悲鳴を上げてその場に倒れ込む。

「ぼぼぼボクは美味しくないぞ!!だ、誰か!化け物!化け物が!ボクをころそうと……!」

砂の人間が剣を振り下ろす。アントワーヌが死を覚悟したそのとき、魔法弾が剣を弾いた。

「っ……!れ、レモーネ!?」

「アントワーヌ様!お怪我はありませんか?」

長い金髪をお下げにした女性がアントワーヌに抱きつく。

「はぁ……な、なんとか……君のおかげで助かったのだ。ありがとう」

「アントワーヌ様……アントワーヌ様……本当に良かったです。ぐすっ……」

「な、何故君が泣くのだ!?」

「だって、アントワーヌ様がいなくなったら……私、生きていけません……」

「大袈裟だな……大丈夫だぞ、ボクはどこにもいかない」

「アントワーヌ様……」

「レモーネ、愛している……」

レモーネはアントワーヌの許嫁だ。二人は明日の戴冠式の後、晴れて夫婦になる予定だ。アントワーヌにもアレストと同じように妃候補がたくさんいたが、アントワーヌはレモーネを気に入り「ボクにはこの女性しかいない!」と告白をしたのだ。最初は戸惑っていたレモーネも次第にアントワーヌが大好きになり、今では毎日ご飯を作っている。まだ結婚こそしていないものの、二人の間には本物の夫婦と変わらぬ愛があった。

「私も愛しています、アントワーヌ様。

……しかし、最近はアントワーヌ様を狙う人が多いです。あなた様の身に何かあったらと思うと、不安です……」

「大丈夫だ!明日は騎士団も配備するし、他の国の王族や貴族たちも呼んでおいたのだ!滅多なことは起きまい」

「そうだと良いのですが……」

「まぁ、あの下品なシャフマ王子には招待状を出さなかったが」

アントワーヌがぼやく。あんな男がいたら高貴な戴冠式が台無しになる。それは避けなければならない。

「アントワーヌ様、今晩は私もここで寝ていいですか?」

「えっ、そ、そそそそれは……」

「……?また狙われるかもしれないですから」

「おお!そ、そうだな!ありがとう!」

爆発しそうな鼓動を抑えながら部屋の鍵を閉める。明日は戴冠式だ。本当は父から直接受け取りたかったが……自分が即位をしたら父は喜んでくれるだろうか。きっと、喜んでくれる。自分は父の後を継ぐために生まれた男なのだから。アントワーヌは深呼吸をして目を閉じた。



「作戦は失敗のようですね、……様」

「……」

アントワーヌの部屋から離れた廊下で、鍵が閉まったのを見ていた男。長いローブを着ていて顔が見えない。

「失敗ではありません。動揺すれば彼から何か聞き出せると思い、『砂を撒いただけ』です」

低く言う。

「あの男は、驚いて我を失うと勝手に喋り出します。それを私は知っている」

長い付き合いですから、と、息を吐く。フードの奥の瞳は、淡い緑の光を携えていた。男の隣で砂の入った袋を茶色いポーチにいれた男は恰幅が良い中年だった。赤毛が印象的だ。

「それで、お代の方ですが……」

「アレスト・エル・レアンドロ。彼をこの戴冠式に呼び寄せたのは私です。それが取引、そうでしたね?」

緑目の男が赤毛の男に確認をする。

「えっ!……ええ、ええ!そうですとも。ははは、しがない商人の私ですが、シャフマから遥々ここまで来た甲斐がありましたよ。あのお方にお力添えが出来る……そうすれば、娘もきっと……」

「はい。あなた方と私のしたいことは一致しています。だから協力をした」

「……様、あなたがストワード国王になったら、必ず私たちは協力しますよ」

ふっ……口角が上がる、フードの男。

「私に出来ることは限られていますがね。そうだ、……様、タコやイカはお好きですかな?良い仕入先があるんですよ」

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