第17話

「「なっ……!?」」

一同が驚愕の声を上げる。ティッキーが、あの怪物!?

「あいつは、俺の目の前で砂の怪物になったんだ」

「そうよ……私も見たわ。間違いない」

アンジェがメルヴィルにゆっくりと近づく。

「でもメル、自分を責める必要は無いわ」

「そうですよ。たとえティッキーだとしても、民を殺そうとしたのなら」

「……ティッキーは、宿で眠る前に俺に謝ったんだ」

砂の賊と砂の怪物を呼び出したのは僕です、って。

(……!?ティッキーが呼び出していた!?)

メルヴィルが懐から砂の入った袋を取り出す。

「これを撒くと砂の賊と怪物を呼び寄せることができるらしい。ティッキーは俺に出会う前からずっとこれを使っていたと言っていた」

ルイスは初めて会ったときのメルヴィルを思い出した。賊が民を襲うから自分が斬らねばならない。そう言って村に現れた賊を一人で斬っていた彼のことを……。

「何故そんなことを……」

ベノワットが砂の入った袋を見つめて呟く。

「シャフマ王国を弱らせるためにしていた。王宮を崩すためにじわじわと進められた計画の一つだった、と」

「……ティッキーは誰かに宮殿に忍び込むように命令をされていたのよ。最初は本当にシャフマ王国を崩そうとしていたけど、騎士団に拾われて、メルに会って……『こんなことはしたくない』と強く思うようになったって。それで今日の夜……。砂を撒くように言われていたけど、しなかったって……」

アンジェが声と肩を震わせる。

「それでも『ごめんなさい』と言っていた。あいつは……俺の手を握って、『最初に騎士団に入ってメルヴィルさんと立派な剣士になる約束をしていたら良かった』と言ったんだ。騎士団に拾われるのも計画のうちだった……。あいつは自分の知っていることを全部白状した」

「メルが『もういい、これからは騎士団で俺たちと民を救え』って言ったら、安心したように眠ったのよ……。でも、すぐに怪物の声が聞こえて」

ルイスとアレストも聞いた声だ。

「私たちが驚いてかたまっていたら、ティッキーが苦しみ出して……そのまま砂の怪物になってしまったわ」

ティッキーの体は鳴き声に呼応するように反応し外に飛び出して人々を襲いだしたという。

「そしてあいつは、他の怪物を引き連れてアレストのところに向かった。まるで怪物のリーダーのようだった」

たしかに最後に倒した怪物は他のよりも少し大きかった。

「……相手はティッキーがこちら側に寝返る可能性も考えていたのだと思うわ。ティッキーが失敗しても砂の怪物は呼べるように、最初から魔力をかけられたら自分も怪物になるような呪いをされていたのよ」

そんなに昔から計画されていたのか。ルイスは怖くなって俯いた。誰かがシャフマ王国の崩壊を狙ってアレストを殺そうとしている。騎士団の誰もがアレストが殺されたら一大事だと言う。国王ヴァンスではなく王子アレストを狙うのは、ただ単純に「王子だから」ではない理由がある。アレストが過保護に守られているのもきっと……。ルイスには理由は分からないが、それがシャフマ王国の存亡に直接関わることはリヒターたちの焦燥ぶりを見て肌で感じていた。

「……メルヴィル」

ずっと黙っていたアレストが掠れた声でメルヴィルの名を呼んだ。

「アレスト!!!!!」

メルヴィルがアレストに掴みかかる。そのまま拳を顔面にぶつけようとして……すんでのところで止めた。

「……クソ……このっ……!クソ王子が……!!お前の時計が、時計がなければ!!!!!」

(時計……?)

ヴァンスとアレストが度々言っていた『時計』。なんのことなのだろうか。

「殴れよ。俺が割れるのが怖いのか。仲間を斬ったのに」

「ッ……!てめぇ!!!!!」

「できないだろう。あんたは優しいからな」

「うるさい!!黙れ!!お前のせいだ!お前のせいで、ティッキーは……!!」

「……メルヴィル」

「クソっ……お前が……!お前さえいなければ……」

それは違う。メルヴィル、頭に血が上っている。言おうとしたとき、乾いた音が聞こえた。

パシンッ!!

「バカ!!!メル!!辛いのはあなただけじゃないのよ!」

アンジェがメルヴィルを平手打ちしたのだ。その目には涙が浮かんでいる。

「私だってリヒターだって……もちろんアレストだって辛いわよ!!」

「俺は辛くないさ」

「あんたねぇ……!!!」

「俺を恨めよ、メルヴィル。被害者ぶるつもりなんてないさ。たしかに俺がいなければそもそも王国を潰すためにティッキーが騎士団に送られることだってなかったのさ」

それを聞いたメルヴィルが今度は我慢が効かなかったのだろう。アレストを殴った。

(あっ!)

受身を取らずに砂の上に背中をぶつけるアレスト。その上に馬乗りになったメルヴィルがアレストの襟を掴む。

「……満足か?」

「満足なものか!!!!!」

「俺はあんたに殴られても割れない」

「何故だ!!」

「あんたが俺を割る気がないからだよ、メルヴィル」

その言葉にメルヴィルの目が見開かれる。途端に喉奥から声にならない声が出て、乾いた砂の地面に大粒の涙が落ちた。

「恨めって。もっと思いっきり殴れよ。今、あんたはシャフマが憎いはずだ。くっくく……あんたが今俺を割れば、シャフマは潰れるぜ?」

アンジェとリヒターが息をのむ。なんて危険な賭けだ。

「……そんなこと、ティッキーが望むものか……」

「よく分かってるじゃないか。あんたは被害者だ。加害者は俺だけでいいのさ。あんたに加害者は重すぎるだろ?」

「偽善か?人をころしておいて」

アレストが奥歯を噛み締めた。気取っていない素の表情だ。それも男のメルヴィルに向けた、憤怒の表情。

「……あんた、俺を偽善者と言うのか」

メルヴィルの細い体が砂に落ちる。

「一発殴らせてくれ、メルヴィル」

冷静な声の後に鈍い音。「ぐっ……」痛みに呻く声が聞こえた。

「偽善者なんかでいられるかよ。俺は……王子なんだぜ?」

アレストにとって、王子は良い人気取りなんかではいられない存在。飄々として掴みどころのない彼の根本の考えの一つだった。

「……だからさ、くっくく……ギャハハ!!俺を!俺を恨め!!痛いだろう!苦しいだろう!なァメルヴィル、あんたは俺のせいでいつもかわいそうな目にあってるじゃないか!!」

「うるさい……」

真っ暗な夜の砂漠に下品な笑い声が響く。しかし、ルイスには……なんとなくだが……いつものアレストとは違う風に見えた。

「黙れ……」

「なんだよ、文句があるなら言えよ。全部受け止めてやる」

「チッ……気色の悪い。もういい、気が抜けた」

「え?そうなのか?ふふふ……つまらないなァ……俺としてはもっと激しくしてもらっても良かったんだぜ?」

「しね」

「それが王子に対する態度かァ?」

……いや、普段通りだ。アレストはメルヴィルをおちょくって笑っている。いつもの光景だ。リヒターが咳払いをした。

「……メルヴィル、ぼっちゃん。あなたたちはしばらく同室です」

「「は?」」

喧嘩をしていた二人が同じタイミングで手を止める。リヒターが深呼吸をする。瞬間、二人の顔が「まずい」と歪んだ。これは……説教のサインだ。

「まずメルヴィル!あなたは王子をなんだと思っているのですか!!頭に血が上ったからといって押し倒して殴っていい理由にはなりません!万が一死んだら責任を取れないでしょう!!!

そしてぼっちゃん!!!あなたは御自分の身体の重要さを全く理解していません!大体ルイスを連れて勝手に遊びに行くなど言語道断!!メルヴィルにころされてもいい?あなたが死んだらどうなるか分かっているというのに感情だけで発言をして!!

いいですか!私はどんな言い訳も聞きませんからね!!!経費削減のためにもあなたたちは同じ部屋で寝ていただきます!!」

リヒターがこんなに怒ったのを初めて聞いた。が、アンジェもベノワットも慣れているのかため息をつくだけだった。

「ギャハハ!!そりゃあいい!俺は構わないぜ!!仲良くしようか、メルヴィル……」

「お、俺は死んでも嫌だぞ!!!ベノワット、お前もこいつとは幼馴染だろう!代われ!」

「メルヴィル、観念した方がいい。こうなったリヒターの言うことは聞いておかないとさらに酷いことになるぞ。同じものを食べることを強制させられるかもしれない」

耳元で囁かれたメルヴィルの顔から血の気が引く。アレストは普段カツ丼やラーメンを大量に食べる。細身のメルヴィルには重いメニューだ。突然食生活を変えられたら思うように剣の鍛錬が出来なくなる。

「くっ……アレスト……」

「ギャハハ!ヤバ!ヤバ!」

「このボンクラ王子が!!拳か蹴りか選べ!!」

「メルヴィル!私の話を聞いていたのですか!ぼっちゃんも煽るのをやめなさい!」

拳を構えたメルヴィルから全力疾走で逃げるアレスト。……すっかりいつも通りだ。

「はぁ……どうなることかと思ったわ。けど、アレストの方が一枚上手だったみたいね」

「ははは、そうだな。もう二十年以上はあんな感じだからな。二人にしか分からない気持ちがあるのだろうな」

アンジェとベノワットが笑い合う。そういえばアレストたちの過去をよく知らない。宿に向かう途中でベノワットに聞いてみた。

「俺とメルヴィルは親が直接王族に仕える貴族なんだ」

ベノワットもそうだったのか。

「だから、護衛をするために俺は槍と馬術を、メルヴィルは剣術を学んだ。メルヴィルの家は代々騎士団には子を入れない方針だったんだが、メルヴィル本人が剣をやりたいと言ってな。初めは誇り高い騎士団の一員として王子様を守ろうと思っていたんだが」

「肝心の王子があれだもんね!」

アンジェがくすりと笑う。

「そうなんだ。昔からアレストはイタズラ好きだった。俺はアレストよりも二つ年上だから幼い頃から傍で様子を見ていたんだが、隙ができるとすぐにイタズラを仕掛けてきて参った……。それをリヒターさんやヴァンス様に咎められると大声で泣いてな……。それがまたうるさくて」

頭を抱えて言ってはいたがベノワットはどこか楽しそうだった。

「私はアレストのお嫁さんになりなさいって育てられたの!けど、小さい時に商人の親について行って騎士団との商談を見学した時にね、まだ五歳くらいのメルの服を引っ張って遊んでたのよ!メルはぎゃあぎゃあ泣いちゃってて……。幻滅したわ!王子様って絵本で見てて憧れていたのにホンモノはあんなのなんてね!」

「それはちょっと分かる」

昔からわがままで困った男の子だったのか。今のアレストは二十八歳の体格の良い男だから小さい時を想像できない。それを言うとベノワットが笑って言った。

「たしかに。アレストはよく食べるしよく笑うからな。ヴァンス様も大男だし、シャフマの王族は代々大きくなるのかもしれない」

ベノワットもメルヴィルもアレストより身長が高いから忘れがちだがアレストも相当だ。というか、体重は三人の中で一番ありそうだと思う。

「あ、宿が見えてきたな。この辺は被害が少なくて良かった……」

ベノワットがそう言いかけたときだった。突然砂の中から賊が出てきたのだ。

「きゃっ!?」

アンジェが驚いて転ぶ。「大丈夫?」ルイスがアンジェの手を取る。

「ベノワット……これ、絶対……!」

「あぁ、ティッキーを処分しようとした奴が砂を撒いたんだろうな。容赦はできないな」

ルイスが頷いて剣を構える。アンジェとベノワットもそれぞれ弓と槍を構えた。前で喧嘩をしていたアレストとメルヴィルも武器を取る。リヒターたち他の騎士団も同じ気持ちだ。


「ティッキーをあんな目に遭わせた奴を許してはおけん!!!」


メルヴィルの声で、騎士団が一斉に突撃を開始した。

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