第16話

賭博場の中に入ると、酒のにおいが鼻をついた。どうやらここでは酒も楽しめるらしい。感覚が馬鹿にならないだろうか。心配していると「酒を飲んで頭空っぽで賭けるのが楽しいのさ」と言われた。

「兄ちゃん、賭博場は初めてかい?女連れとは羨ましいぜ」

「ふふふ……いや、おれは少しだけ嗜んだことがあるぜ。でもこいつは初めてでな。ルールを教えてやりたいから2人で対戦させてくれ」

「あいよ。そこの机使いな」

アレストがディーラーに礼を言って椅子に座る。向かい合うと、アレストがカードを広げた。

「……賭けようか。あんたは何を賭ける?」

「何も持っていない」

「ギャハハ!そりゃあそうだな!ま、俺も今はなにもないさ。金も飲み代しかない。んー、そうだな。じゃああんたは何も賭けなくていいぜ」

「え?」

その言葉に驚いていると、アレストがゆっくり口を開いた。

「俺が勝ったらあんたをもらおう。軍師さん、俺の『相棒』になって欲しい」

ルイスの赤の瞳をアレストの紫の瞳が真っ直ぐに見つめる。

「相棒……?」

「そうだ。遊びじゃない。ただの仲間でもない。俺の対等な『相棒』だ。そう呼ぶことを許して欲しいのさ」

(そんなの……賭けなんかしなくても勝手に呼べばいいのに)

本当にそうだろうか。アレストは人の名前が覚えられない。従者だとか幼馴染だとか肩書きや関係性で呼び方を変えている。つまり、その枠に入れるのは1人だけなのだ。しかも『相棒』……。対等な唯一無二の関係の呼び名。賭けるのは、アレストの覚悟なのだ。


「分かった」


ルイスが頷く。アレストは満足そうに


「ありがとな、軍師サン」


と、笑った。




(ま、負ける……!)

ルイスは追い詰められていた。途中は拮抗していたが、三ターン前に調子を上げたアレストに窮地に立たされてしまった。

「くっくくくく……どうする、軍師サン?」

心底楽しそうにアレストが笑う。本当は破顔して思いっきり罵倒してやりたいという気持ちが丸分かりだ。最初は乗り気ではなかったがやってみると意外に面白く、お互いに白熱してここまで来てしまった。負けたくない。ルイスが深呼吸をする。

(あっ……!)

落ち着いて手札を見直すと、あるカードが目に入った。前のターンにアレストが出したカードは……。これなら勝てる!逆転が出来るかもしれない!

「っ……!」

ルイスが勢いよくカードを出す。その数字を見てアレストが凍りついた。

「……あんた……マジか……」

逆転だ。立ち上がってガッツポーズ。いつの間にか円を作って見守っていた賭博場の客たちが歓声を上げる。

「姉ちゃんすげぇよ!」「あの状態から逆転なんて信じられないわ!」「いい勝負だったな!」

頭を抱えて項垂れるアレスト。相手のことを考えずに舞い上がってしまった。ギャンブルが初めての相手に負けるだなんて、屈辱を、

「……ギャハハ!!!ヤバ!ヤバ!!」

感じてはいなかったようだ。

「あんた!すごいぜ!!調子に乗っていたところを見事に突かれたね!ギャハハ!!楽しかった!!これぞギャンブルだ!最後まで何が起こるか読めない!!」

腹を抱えて笑う。楽しそうなアレストにほっと胸を撫で下ろす。しかし勝ってしまった。ということは。

「……ふうっ……残念だねェ。負けちまったから賭けは無しだ。『相棒』と呼べないね」

「いいよ。アレスト。呼んで」

賭けは楽しかったし。と付け加える。それに何よりも……ギャンブルだけではなく一緒に戦闘や生活をしてアレストのことを『相棒』と呼びたくなったのだ。ルイスにとってアレストが大切な存在になっている。それは事実だった。


「いや、やめておくさ」


アレストがカードを置いて立ち上がる。理由を聞こうとしたがアレストの瞳が悲しそうに揺れるのが見え、口を閉ざした。


「あんたは軍師サンだ。目が覚めたときから今まで、そしてこれからもずっと変わらないさ」


あぁ、自分は『相棒』ではない。アレストの『相棒』は死んだのだ。


……それを理解してしまったアレストの顔は、酷く物憂げだった。




「軍師サン、次は酒場に行こうかねェ……。あんた酒は飲めるんだっけか」

気持ちを切り替えたのか、今度は酒場に誘われる。軍師サンとして飲んでみようかと立ち上がろうとしたときだった。

辺りに轟音が響いた。

「何!?」

賭博場が揺れる。アレストがルイスの腕を掴んで自分の方に引き寄せる。

「ぐっ……急になんだよ、地震か……!?」

アレストに掴まって揺れに耐えていると、窓側にいた客が叫んだ。

「か、怪物よ!!!!!!!大きな怪物が何体もいるわ!!!」

「……!?まさか昨日の怪物か!?まだいたのか!」

アレストが魔法弾を飛ばす。その威力は凄まじく、窓を突き破って怪物に当たった。

「くっそ……!!!軍師サン、行くしか無さそうだぜ!」

敵を引き付けたアレストに腕を引かれる。2人は店の外に出た。

ルイスが剣を構えた。

アレストが腕を上げて目を瞑る。

「……どんな理由があろうとも、シャフマの民を脅かす奴らに容赦はしない!軍師サン、指示を頼む!!」

頷いて前に出る。すると、後ろから見慣れた装備をした人たちが走ってきた。

「ぼっちゃん!?そんなところにいたのですか!下がってください!私たちが出ます!」

「リヒターさん、ルイスもいますよ!やっぱりアレストといたんだ……無事で良かった、なんてまだ早いよな。怪物を倒さないと!」

リヒターとベノワットだ。アンジェとメルヴィルはいないようだ。

「アンジェとメルヴィルはティッキーと宿に向かいました。ティッキーを守るために宿からは離れることはないかと」

「いいさ。いつもより戦力は少ないが、大丈夫だろう?軍師サン!」

アレストの言葉に頷く。あの二人はティッキーを守るという役目がある。二人のためにも、ここで怪物を食い止めなくてはいけない。


なりふり構わず剣を振る。躊躇なんてなかった。相手は人型ではない。しかも、街を襲おうとしているのだ。国を、民を守る騎士団には戸惑う理由なんてない。

一番大きくて体力があった最後の一匹にとどめを刺したと思った時、突然砂埃が上がった。怪物が最後の力を振り絞ってその大きな脚で砂を蹴ったのだ。

「ぐっ……!ぼっちゃん、逃げてください!狙いはぼっちゃんです!」

リヒターが叫ぶ。アレストの方を見ると、ボロボロの体でなんとか立ち上がろうとしていた。アレストは魔力が強すぎるため、魔法弾を打つと体が後ろに吹き飛ぶのだ。肉付きの良いその体は重い。九十キロ近くある体を……たとえ砂で多少柔らかくなっている地面だとしても……何度も何度も打ち付けていればダメージになる。

「ふうっ……くそ、足が上がらない……力を使いすぎたか……?」

アレストが息を切らして怪物から逃げる。ルイスが彼の左腕を握り、半分引きずるように距離を取ろうと駆け出した。

そのときだった。


ザシュッ!!!!!


砂を斬る音が聞こえた。直後、怪物の断末魔が辺りに響く。


「メル!!」


アンジェの声に振り向く。そこにはメルヴィルが剣を構えて立っていた。

「メルヴィル!」

ルイスとアレストがメルヴィルに駆け寄る。リヒターが「よくやってくれました!」とメルヴィルの肩を抱いて号泣した。

「あぁ……メルヴィル、悪い……本当にダメかと思ったぜ……」

はぁあ〜……。アレストが長いため息をついてメルヴィルの肩に寄りかかる。そんなことをしたらいつも通り怒声が飛んでくる、とルイスが耳を塞いだ。

しかし

「……っ……」

メルヴィルが、砂の上に膝を落としたのだ。


「え……?ど、どうした!?メルヴィル!」

ベノワットがメルヴィルに駆け寄る。怪物からの攻撃を受けたのだろうか。


「…………ティッキー……」


か細い声だった。

「ティッキー……?もしかして、怪物にやられたのか!?」

ベノワットが目を見開く。宿で襲われたのか。あんな子どもなんて一口で丸呑みにされてしまうだろう。それを守れなかったことを悔いているのか。ここには一緒に宿に向かったアンジェも来ていた。しかし、ティッキーの姿はなかった。

「メルヴィル……仕方がないよ……あの大きさの獣だ……君の剣でも難しい……」

「そうですよ……残念ですが、犠牲者が出てもおかしくない騒ぎでしたから……」

「違う……」

消えそうな声で否定する。

「あいつは……ティッキーだ……」

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