第13話

数日後の昼、ルイスは食堂で焼きそばを食べていた。焼きそばはフートテチの料理らしいが、とても美味しい。シャフマ王宮は砂漠の真ん中にあるのにタコやイカが入っているのも新鮮だ。商人の誰かがわざわざ仕入れてくれたのだろう。

「い、いやよ!恥ずかしいって!」

(ん?)

高い声のした方を見ると、青髪のショートカットの女の子がリヒターの胸を叩いているのが見えた。

「はぁ……いいから早く行きなさい。挨拶するだけですよ」

「あれ恥ずかしいんだもの!っていうか、王子となんてやっても大丈夫なわけ?」

「いいですよ。ぼっちゃんも慣れていますし」

「へ、変な言い方しないでよね!リヒターのアホアホ!」

ポカポカと効果音がつきそうだ。ルイスがぼうっと二人を見ていると、リヒターが近づいてきた。

「ルイス。こちらはレティアです。回復魔法が使えるシスターです」

「……ええと、あんたがルイス?よ、よろしく。ウチはレティアっていうの。まぁ一応シスターだけど……見習いって感じ?」

短い髪を弄りながら喋る。シスターというのはもっと大人っぽい女性のようなイメージだったが。

「よろしく」

ルイスが言うと、レティアが不安そうに目を逸らした。

「足引っ張らないように頑張るけどー……ぐだっても怒んないでよねー……」

「レティア……最初から弱気でどうするんです」

「だってだって!戦闘とか初めてなんだもん!怖いに決まってるじゃん〜!」

(少し不安だけど、仲間が増えたのは良かった)

「あと姉さんが来るはずなんだけど……まだ到着しないのかな」

「姉さん?」

ルイスが聞くとレティアが頷いた。

「ウチの姉さんは黒魔法の使い手なの。リヒターに騎士団に誘われたって言ったら嬉しそうにしてたからもうすぐ着くと思うけどー」

レティアの姉……どんな人物なのだろうか。なんにせよ魔道士が来るのは嬉しい。アレストは戦闘に出ないし。


「メルヴィルさん!待ってくださいよ」

三人の横をメルヴィルと、少し遅れて緑髪の少年、ティッキーが通り過ぎる。メルヴィルはいつもの不機嫌顔で後ろのことは全く気にかけず大股で歩いている。

「あの子は?」

「ティッキーです。平民の孤児ですが、幼い頃から剣の腕が立つためメルヴィルが面倒を見ています」

「へぇ〜騎士団って小さい子もいるんだ」

「腕は確かですよ。子どもの成長は早いですね」

(メルヴィルが面倒を見ているなんてやっぱり意外だ)

ティッキーを風呂に入れたり寝かしつけたりしているメルヴィルを想像すると思わず顔が綻んだ。



久しぶりの賊討伐を終えて、剣をしまう。変な汗をかくのは生きている証拠だから大丈夫だなんて自分に言い聞かせて深呼吸をする。

「メル、どうしたの?」

アンジェが座り込んで砂を見つめているメルヴィルに尋ねる。

「前よりも賊が凶暴になっている」

「そうね。私たちも強くなったけど、敵側のレベルも上がってるわね」

「我を失っているな。形は人型だが不気味だ」

ベノワットが死体から出ている砂を手ですくいあげる。

「ただの砂にしか見えないが……」

ルイスもそれを見つめる。と、向こうからドモアが走ってきた。

「軍師殿。ヴァンス様がストワード王国で開かれる緊急の三国会議に出られることになった」

「なっ……!三国会議が緊急で!?」

リヒターが驚く。

「三国会議?」

首を傾げてリヒターに聞くと「トルーズク大陸の三国……ストワード王国、フートテチ王国、そして我がシャフマ王国のトップが直接会う会議です」と教えてくれた。フートテチは前にアレストが「父上が持って帰ってくる飯が美味い」と言っていた東の国だった。ラーメンだとか餃子だとか。

「ストワードはともかく、フートテチの王も出るのですか?たしか現国王は中立を貫くことで有名だったはず」

「だから出るのだろう。おそらくフートテチはなにもしようとしないが……ヴァンス様はフートテチ国王がそれを言いに来るだけだと踏んでいる」

「場所はどこで?」

ルイスが問う。

「フートテチの西の方、ペルピシ議会場だ」

「いつもの場所ですね」

「あぁ」

ペルピシ議会場、そこは三国会議でいつも使われる場所だという。

「ヴァンス様の安全を第一に慎重に向かいなさい、ドモア」

「分かっている。リヒター、アレスト様を頼む」

リヒターが深く頷くとドモアが来た方向に走って行った。

「いよいよ政変が始まりましたね……ストワード第一王子の戴冠の話でしょうか……」



夜、ルイスはアレストの部屋に招かれた。

「父上が三国会議にねェ……それ自体は珍しいことではないが、今回は国王暗殺後だからな。ストワードが荒れている。いつもより危険な旅になることは間違いないね」

足を組んで例の玉座に座っているアレストが楽しそうに笑みを浮かべている。

「アレストは行かないの?」

「だから俺は王国から出られないんだってば。くっくくく……俺も酒場や賭博場とやらに行ってみたいぜ」

こっそり抜け出して行っているくせに、とは言わなかった。

「まぁそんなことよりも、だ。軍師サン、お土産を楽しみに待とうぜ。フートテチの料理は美味い。ストワードのはダメだ。あの民族はケチャップやらマヨネーズやらを大量にかけておけばいいと思ってやがる。俺は苦手だね」

「食べ物の話をしたかったの?」

アレストが満足そうに口角を上げる。

「そうだ。あんたとは政治以外の話もしたいんだよ。ダメだったか?」

「ダメじゃない」

「良かったぜ。ふふふ……断れちまったらどうしようかとドキドキしたぜ」

仰々しく両手を広げる。すっと立ち上がってルイスの方に近づく。顔を近づけて耳元で囁く。

「俺が自由だったら……思いっきり食いに行けたのにな。あんたと」

「……今は平和とは言えないから無理」

「ギャハハ!そんなことは分かってるさ!!誘ったつもりだったんだがな!あんたには通用しないんだな!ギャハハ!!」

久しぶりにスイッチが入ったらしい。アレストの笑い声が部屋に響いた。

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