第12話

「…………」

戦闘を終えたメルヴィルとアンジェ、ベノワットが一言も発さずに部屋に戻っていく。ルイスは、皆の後ろ姿に声をかけることは出来なかった。リヒターが人間だった賊の砂を集めて容器に入れている。手伝おうとすると「見た目は普通の砂ですが細工されている可能性もあります。危ないですよ。私がやりますからもう休みなさい」と部屋に戻るように促された。

(あれは一体何?)

あれが出始めたのはいつから?賊の見た目をしているのは何故?そしてストワード王国との関係は?考え出すとキリがない。……ダメだ、今日のところはもう戻ろう。ルイスは頭を横に振り、深呼吸をして王宮の廊下を歩いた。しばらく歩いて自室の扉の前に来た時、人の気配がすることに気づいた。

(まさか、まだ砂の伏兵が!?)

剣に手をかけてゆっくりと人影を追う。しかし、ゆったりとした布を巻いた後ろ姿には見覚えがあった。

アレストだ。近郊の夜の街で会ったあの日と同じ服装をしている。目が覚めた日に一緒に開けた裏口の扉からフラフラと出ていった。

(え!?外に!?)

王宮から脱出した!?街で見た日もこんな風に出て行ったのかもしれない。もちろんリヒターも他の騎士団も連れずに一人で。何かあってからでは遅い。追いかけることにしようと静かに頷く。

外に踏み出した時、冷たい風がルイスの長い髪を揺らした。

「あ……」

あの日、アレストが髪を結ってくれたのに使ったゴム。そういえばずっとポケットにしまったままだった。なんとなく捨てれずにいたのだ。

『うん、相棒だ』

アレストの自然な笑顔を思い出し、今度は自分で髪を結ぶ。前よりも綺麗にまとまってしまったが、アレストには分かるだろうか。

(……私はどっちで呼ばれてもいいはずなのに)


(アレストには『相棒』と一緒にいて欲しい、かも)




アレストを尾行する。シャフマの夜はやはり冷える。彼は迷わずに小さな酒場に入って行った。また酒を飲むつもりなのだろう。酔うと記憶が無くなると言っていたから好都合だなんて考えはズルいかもしれない。こんな店に入ったことはないが、『相棒』とはよく飲んでいたと言っていたし……と意を決して入る。

「……で、兄ちゃんはまだその子と会えないってわけか」

「あぁ、前にたしかに会ったと思ったんだが夢でさ。ふふふ、女々しいもんだぜ」

「いやいや、昔の女は引きずるのが男だ。兄ちゃんもまだまだ若いってことだ」

「そういうんじゃないさ……あいつとは」

否定しながらも嬉しそうに微笑んでいる。『相棒』の話をしているアレストは、普段よりも自然な笑顔を見せる。勇気をだして隣に座ると、酒で濡れた細い瞳に見上げられた。

「……あんた……」

素の声。直観で分かった。いつもの腹から出している仰々しい声とは違う。喉をしめて色香を演出している声とは違う。

「相棒……また来てくれたのか……くっくく……言ってみるもんだな。今度は消える前に挨拶だけでもさせてくれよ」

前にアレストが国王ヴァンスとしていた『挨拶』をされる。自分からも頬を擦り合わせると、嬉しかったのか抱きしめる力が強くなった。

「おっと、俺らは若い二人のお邪魔かな?」

酒場の客がからかうように言う。アレストは「だから違うって」と手を振り、追加でルイスの酒を注文した。

「今夜は飲もうぜ、相棒」




アレストはすぐに顔を真っ赤にして眠ってしまった。酒に弱いなんて意外だと思っていると酒場の店主が言う。

「兄ちゃん、いつもはこんなに早く潰れねぇんだが……今日はお前と会えたのが余程嬉しかったんだろうな。いつもよりもペースが早かったぜ」

すぅすぅと寝息を立てているアレストの顔を見る。二十八歳の大の男なのは間違いないが、安心して寝ている顔は少しだけかわいらしい気がする。

「良かったな。姉ちゃん、なにか訳ありなんだろ?あ!他に男ができたか?」

(訳ありなのはそうだけど……)

好きな人が出来たわけではないし、もともと何もないと言うと店主はにやにや笑ってアレストの頭を軽くたたいた。

「こいつが女に手を出さないわけがないと思うがな。まぁその辺はいい。お前の存在は黙っておく。アレストにも夢ということにした方がいいんだろ?」

「そうしてくれると助かる」

ルイスが頷くと店主が大声で「だってよ!お前ら!!今晩の姉ちゃんのことは夢だ!!」と客に言った。飲んでいた客もジョッキを挙げて「「おう!!分かった!ざまぁ見ろアレスト!!」」と口を揃える。

(……!アレストってバレてる……!)

さすがに王子バレはまずいんじゃないか?目を泳がせていると、店主が察してまた口を開いた。

「大丈夫、誰にも言わないし言わせないぜ。こいつはバレてないと思ってるが俺たちはずっと前からお忍びだと知ってる。だから姉ちゃん、またここでこいつに夢を見せてやってくれよ。普段は他の男と寝ててもいいぜ。こいつもそうしてるから気にするな」

背中をバンバン叩かれる。勘違いされているな。

(でもそういうことにしておいた方が自然か)

店主は笑って毛布を取り出し、

「こいつのことは任せな。なに、こいつは週に何度もここで潰れて寝てるんだ。慣れてるぜ」

と、アレストにかけてくれた。ルイスは一礼して王宮の自室に向かって歩く。すぐ近くの街の酒場で潰れたアレストは『相棒の夢』を見たのだ。ただ、それだけのこと。

来た時と同じように裏口から王宮に忍び込んで自室の扉を開く。寝巻きに着替えてベッドに横になって髪を解く。もうこれでまた現実の『相棒』は消えてしまったが、アレストはまだ夢の中で夢の続きを見ているかもしれない。そう思うと心がじんわりとあたたかくなった。



翌日、アレストの部屋に騎士団員が集まって真っ赤な玉座に座った国王に早速昨日の報告をしていた。

「そうか……昨日アントワーヌ王子が帰った後にそんなことが」

「間違いなく伏兵だった。ストワード王国の印がついた鎧を着ていた」

ルイスはそこまで見ていなかったが、敵を斬ったメルヴィルには見えていたのだろう。ベノワットも頷いた。

「私は外にいましたがストワード王国の騎士団を見送った直後に砂漠の砂が盛り上がり、大量の賊が現れたのです」

「……王宮を狙ったのは宣戦布告だ。しかし、誰が指示したのかが分からん以上はな」

ヴァンスが冷静に言う。

「ヴァンス!ストワード国王が暗殺された今のトップはアントワーヌ王子だぞ。昨日王宮内に入ってきた王子だ」

「それは分かっている。しかし、内部分裂している可能性もあるということだ」

「そうだぜ、メ……ええと」

遅れて部屋に入ってきたのはアレストだ。メルヴィルはため息をついて「メルヴィルだ」と教えた。

「あ、それそれ。メルヴィル。あんた、頭に血が上ってるだろ。頭を冷やせ。酒でも飲め」

「は?こんなときに酒など飲むバカがいるか」

「いやいやいいもんだぜ。昨日も酒のおかげでいい夢が見れたのさ」

「チッ……そんなことはどうでもいい!お前は誰が犯人か分かるのか!」

メルヴィルが激高してアレストの襟を掴む。

「罪のない平民が殺されているんだぞ!気味の悪い砂の人形たちに!それをしているのは誰か、お前も王子なら考えろ!」

「メルヴィル」

隣でベノワットが制止する。メルヴィルが舌打ちをしてアレストの服を離す。

「……俺はあの王子じゃないと思うね」

「なら誰だ!」

「それは分からないが、あの王子がシャフマ人を殺す理由がないだろう」

「……っ」

メルヴィルは拳を握ってぎゅっと目を瞑った。

「……すまん、頭を冷やしてくる」

そう言ってアレストの部屋から出ていくメルヴィル。入口付近で話を聞いていたアンジェが慌てて追いかける音が聞こえた。

「ふぅ、本当に我を失っているな。ちょっと考えれば王子にもシャフマ人を殺す理由はあると思いつくとは思うが」

さらりと言った。

「シャフマ人に父殺しの犯人がいると確信している場合、無差別に襲っている可能性もまぁある。だが俺はそれでもあの性格の王子が無差別に人を殺すとは思えないね」

「あの性格?アントワーヌ王子のか?」

ベノワットが先を促す。

「あぁ。俺は昨日初めて会ったが、あれは国家の転覆を恐れている王子だぜ。度胸がこれっぽちもない。もしあいつが犯人だとして、俺らに捕まって殺されでもしてみろ。ストワード王国は本当の意味で終わる。それに何よりも『国家が自分のせいで転覆したら偉大なお父様を裏切る』ことになるだろ」

なるほど。それで性格の話をしたのか。たしかに理に適っている。

「あとは」

「あとは、時期だなアレスト」

「そうです父上。ストワード国王暗殺前から砂の賊はシャフマ人を襲っている……国王暗殺と砂の賊とは直接関係がないと思いますよ」

ルイスはすらすらと推理を並べるアレストに感心する。そう言われればストワード王国と関係がない気もする。しかし、昨日の伏兵はストワード王国の者だった。

「内部分裂、か……」

ベノワットがぼやく。アレストが「それが一番可能性が高い」と同意した。

「なんにしても、あの王子がどう動くかだね……」

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