第2章【政変】

第11話

ストワード国王暗殺の訃報から数日が経ったある朝。

「王子に会わせろ!!早く!早くだ!」

王宮内の使用人たちがドタドタと走り回る音で目覚める。ここは朝からいつも騒がしい、と目を開けると自室の扉越しに聞きなれた大声が響いた。

「ルイス!ストワード王国の王子、アントワーヌ様がいらっしゃいました!すぐに謁見室に来なさい!」

リヒターだ。ストワードは王が暗殺された国だ。その国の王子ということは、実質国のトップ。急いで着替えて謁見室に走る。途中で口笛を吹きながら謁見室の方にゆっくり歩いていくアレストを見た気がするが無視だ無視。

謁見室に駆け込む。真っ白なブラウスと黒いズボンを履いた青年が使用人に詰め寄っていた。

「証拠がないからと言って、シャフマ人の犯行ではないとは言いきれないという話をしているのだよ!」

「ですが王子、それだと平行線でして……」

「あぁもう!話にならない!ボクのお父様が誰に殺されたのか……あぁ!気が気でないのだ!ボクは!もう何日も!眠れていないのだ!!ぼぼぼボクの……お父様がぁああ!!」

「お、王子……落ち着いてくだされ……」

長い金髪を振り乱して暴れている長身の男。あれがストワード王国の王子、アントワーヌなのか。たしかに容姿はルイスが思い描く王子……絵本に出てくるようなイメージの……ではあるが、少々情緒に問題がありそうだ。

「……くっくくく……あんたがアントワーヌサンか」

低い声がして振り向くとルイスの後ろにアレストが立っていた。いつの間に背後に。

「だ!誰だね君は!!汚らしい目を向けるな!ボクは、ボクはあの偉大なお父様の息子なのだぞ!!」

悲鳴を上げて取り乱すアントワーヌに近づくアレスト。黒く塗った爪で自分の顎を触り、にやけながら前屈みになって顔を覗き込む。

「直接会うのは初めてだなァ……。俺はアレスト。シャフマの王子だ」

舌なめずりをして目を細める。豊満な胸をわざと相手に押し付けるようなこのポーズは、アレストが相手をからかうときにするものだ。男女関係なく見とれる肉付きの良い身体をフル活用して楽しんでいる。大抵の人間はこのアレストの色香に魅了されてしまう。ルイスも目が覚めたあの日の夜は思わず惹き込まれそうになった。しかしアントワーヌはアレストの胸を思い切り突き飛ばして真っ青になった。

「うわぁああ!なんだその下品な身体は!!!き、汚い!品がない!王子だというのに!ききききみの悪評は頻繁に聞いていたが、ここまで下衆な獣のような男だとは!!」

どうやら本気で拒絶しているようだ。アントワーヌの罵倒に使用人たちがざわつくが、

「ギャハハ!!!!あんた!面白いねェ!」

アレストは全く傷ついていなかった。それどころか楽しんでいる。

「な、何がおかしいのだ!笑い方まで下品なんて、酷い男だ……っ!ぼぼぼぼぼボクは君を王子と認めないぞ!」

「別にあんたに認められなくても俺は王子なんでね。ギャハハ!悪いね!あんたは面白い男だな!!!ギャハハ!!!」

心底楽しそうに腹を抱えて笑う。黒いインナーから胸の谷間がちらちらと見えるのもアントワーヌの目には吐き気を催すほどに不快に映るようで、震えながら後ずさっていた。

(たしかにあれは面白いかも)

ルイスもくすりと笑う。


「……で、なんだって?俺の国の民があんたのお父様を暗殺したって?」

一頻り笑った後に本題に入る。アレストはいつもこうだ。どこが切り替えポイントなのか予想がつかない。

「そ、そうだ!君と話をするのは不快だが、情報交換はせねばならない」

「今まで会いに来なくてよく言うぜ。あ、俺は王宮から出られないから俺を責めるのは無しな」

アントワーヌは眉を寄せてなにか言いたげに口を動かしたが、また煽られる危険を察知したのか黙って頷いた。

「俺はよく知らないが、暗殺の犯人がシャフマ人だったら父上が黙っていないと思うぜ」

「くっ……口ではなんとでも言えるのだぞ!」

「だがなァ。知らないことは知らないとしか言えないのさ、こちらも。……なぁアントワーヌサァン?」

アレストがまたアントワーヌに近づく。

「な、なんだ」

「……俺の父上を信じてくれないか?」

声色が変わった。ルイスも聞いたことがない甘えるような声だ。

「俺もあんたと同じように父上を慕っているんだァ……。だから、今だって父上を信じている。あの人が犯人を匿っているなんて疑いたくないのさ……」

「あ、アレスト……」

「だが、万が一って場合もあるだろ?そのときはちゃんと報告するさァ……。ふふふ……だ・か・ら……今日のところは、な?」

息がかかる距離で耳元で囁かれ、アントワーヌは腰が抜けてその場に崩れ落ちてしまった。

「……ぐぐっ……そ、そうなのだな。約束だぞ!」

「あぁ、もちろんだとも。くっくく……また会おうぜ。アントワーヌさん」

「ひっ……」



ストワード王国の従者たちがアントワーヌを回収して行ったのを見送った直後、案の定アレストがゲラゲラ笑いだした。

「ギャハハ!!ヤバ!ヤバ!!あいつ、チョロすぎだろ!!!ギャハハ!!ギャハハ!!」

(性格が悪い……)

もう何度思ったか分からない。証拠がないくせに突然怒鳴り込んできたのは向こうだが、腹を抱えて爆笑するアレストを見ていると、なんだかアントワーヌが可哀想に思えてきた。

「ひぃーっ……はあっ、ふうっ……まぁ、ほんとに知らないんだがな。まさか疑われるとはな。撃退できたしヨシとするか……。ん?なんだ?室内なのに砂……?」

言いかけたアレストがハッとして自分の手のひらを見る。瞬間、リヒターが目を見開いてアレストの腕を掴んだ。


そのときだった。


ザシュッ!!!


剣で斬る音がして、その場にいた全員が固まる。

「伏せろ!!」

メルヴィルの声で反射的に伏せると、砂が背中にかかる感触がした。


「……な、なんだ?今の」

珍しくアレストの声が裏返っている。

「伏兵だ。アイツが犯人だったのか」

「メルヴィル、何を言ってるんだ?ストワード国王の酔狂な信者の息子が父殺しの犯人なわけ……」

「そちらではない。今の伏兵のことだ」

「え?兵?だって、あんたが斬ったのは砂だろ?」

アレストが床を見る。床に広がっているのは血ではなく砂だ。

メルヴィルは首を横に振り、薄い唇を開く。

「砂の賊だ」

(……!あの、砂の人間!?)

ルイスたちが討伐してきた賊からは血ではなく砂が出ていた。それは際限なく毎日村を荒らし、シャフマの住民を襲っている。


「!外が騒がしいわ!……ベノワット!?」

ストワード王国の騎士団を外まで見送りに行っていたベノワットが走って戻ってきた。

「アレスト!砂の賊がすぐそこまで来ている!」

「……!」

アレストも予想外なのだろう。固まって声を出せないでいる。リヒターがアレストの肩を抱き、深呼吸をしてから「シャフマ王国騎士団!!出撃せよ!!」と号令をかけた。騎士団が外に走り出す。

「ルイス!指示をお願い!!いつもより数が多いわ!」

アンジェの声にルイスも走り出す。


外に出た時、視界の横で深緑の長髪が砂の風に靡くのを見た。


「これでハッキリしたな」


「俺たちが討伐してきた気味の悪い砂の人間を作っていたのは、ストワードだ」


メルヴィルの氷のような声が、瞳が、ルイスの心の奥に響いて焼き付いた。

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