第10話

自室の扉がノックされる。

「軍師サン」

アレストの声だ。昨晩は結局あのままアレストを引きずっていたら、探しに来たメルヴィルが自分とアレストを見つけてアレストを回収してくれた。ブツブツ文句を言ってはいたが「自分が予約した宿にこいつも泊めるからいい。アンジェが泣いて心配してるから早くあいつのところに行け」と地図を渡された。「送ってくれればいいのに」と言いかけて地図を見たらすぐそこだった、着くとアンジェが泣いて抱きついてきた。というわけだ。

(夜に見たアレストは夢だったのかな)

そう思うくらいにいつもと違った彼をぼんやりと思い出す。普段は玉座に座り、自分たちより一歩引いたところで含み笑いをしている男なのに、昨日は自分よりも背丈の低いルイスに寄りかかって「相棒」だなんて言ってきた。たしかに魔法の腕は凄かったが、あの超人的な力を持ちながらも一人の人間として千年の王国の重圧を背負って息切れをしている……そんな一面を見てしまった。


「軍師サン?いないのか?」

「……!アレスト、いるよ」

「あぁ良かった。そっちも無事に戻ってこれたんだな。今日の朝は散々だったぜ。朝起きたら知らない宿だし隣にメルヴィルがいて文句を言われるしで……。全く、誰なんだろうね。俺をメルヴィルのところに連れていったのは」

「……」

「ま、あいつは何故かリヒターや父上に言ってないようだったからお咎めは無しだったが」

(……本当に私が運んだことを覚えていないんだ)

もし覚えていたら嫌味っぽく誘導尋問をしてルイスに吐かせてから「やっぱりあんたか!ウブなメルヴィルクンに俺らがしたことオトナの遊びを伝えておいたぜ!ま、全部嘘の内容だがな!ギャハハ!!」と笑いそうだ。

「それより昨晩、酒を飲んだ時に魔法を使った気がしてね」

「!」

「なにか知ってるか?実は飲んでからの記憶が一切ないのさ」

扉越しに聞こえる真剣な声。ルイスは少し迷ってから口を開いた。

「記憶は一切ないの?」

「……ある人に会った気がする」

「……」

「すごく大切な人だ。もう会えないはずの人。くっくく……きっと夢を見ていたんだろうがな。本当だったら都合が良すぎるぜ。あの街はあの人と俺が初めて遊んだ場所だから。……初めての後もよく2人で遊んだ。昨晩のは幸せな夢だったぜ。あんたに言っても仕方ないが、もう一度見れるなら見たいぜ」

アレストの声が優しい。きっと「相棒」のことだ。ルイスはゆっくりと扉を開いた。

「……あいぼ…………軍師サン?」

もし相棒が記憶を失う前の自分で「ルイス」という同じ名で同じ顔をしていても、アレストには「相棒」と「軍師サン」は違う人に見えるのかもしれない。

(……それとも、もっと深い……記憶じゃなくて『自我』の部分で)

記憶を失う前の「相棒」と今の自分である「軍師サン」は違うのかもしれない。アレストは他人を顔と名前では覚えられない。人の奥深くの『自我』で判別しているのか?


(だとしたら、私はもうこの人の「相棒」にはなれない)


(アレストの言う通り「相棒」にはもう会えない。彼女は死んだんだ)



「なんだよ……?今日おかしいぜ。あんた」



目を伏せてるくせに無理やり口角を上げているアレストの顔を見て、ルイスは強く思った。

(早く記憶を取り戻さなきゃ)

しかし、ルイスはこの日から

……大きな政変に巻き込まれていくことになる。




昼、食堂でオムレツを食べながらリヒターから渡された討伐依頼の書類を読んでいると、アンジェが走ってきた。

「ルイス!大変!大変なことが起きたわ!」

「どうしたの?」

「なんだ、騒がしい」

ルイスの近くで焼きそばを食べていたメルヴィルがアンジェを睨む。

「ストワード王国の国王が暗殺されたわ!!」

「「え!?」」

走って大広間に移動する。ヴァンスとアレスト、リヒター、ベノワット、騎士団の幹部らが集まっていた。

「……ストワード王国はシャフマと同じくらいの歴史を持つ国だが、ここ三百年ほどは暗殺は起きていない」

「はい、安定した政をしていて国民の不満もほとんど聞かないとか」

「どういうことだ。犯人は捕まったのか?」

「それが、まだ……」

まだ情報が少ないようで、リヒターが必死にストワード王国から受け取った書を捲っていた。

「国王暗殺だなんて、物騒ね」

「一大事だろう。ストワード王国で乱など起きていなければいいが」

アンジェとメルヴィルも顔を見合わせて心配する。たしかに物騒だ。ストワードの詳しい歴史は知らないが、国王が暗殺されたとなればどんな国民だって焦燥するだろう。

「ストワードが内紛状態になるかもしれん」

メルヴィルが呟いた。

「メル!変なこと言わないでよ」

「たしかにこちらに飛び火してくる可能性もある。そうなったら騎士団が民を守る。当然のことだ」

同意したのはベノワットだ。静かに槍を構えて深呼吸をする。

「そ、それはそうだけど……」

アンジェの目が泳ぐ。ルイスも俯いた。

「……本当にそうなったら、もう、国同士の戦争よね」

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