第7話
王宮騎士団軍師の朝は早い。任務にも慣れてきたある日の朝、アレストから声をかけられた。大広間に案内される。
「おはよう、ルイス。今日はあんたに会わせたい人がいるぜ」
てっきり賊の討伐の話だと思ったが違ったようだ。会わせたい人?
「ドモアだ。軍師殿、これからよろしく頼む」
長い銀髪の女性だ。ルイスより年上だろう。落ち着いた声をしている。青い瞳が印象的だった。
「ドモアは槍使いの女騎士だ。ストワード出身だが、いろいろあってシャフマの騎士団員になっている」
ストワードはこの前アレストから聞いた北国のことだ。
「よろしく」
ルイスが言うと、ドモアが力強く言った。
「任務には全力を尽くす」
「……それで、ドモアからさっき聞いたんだが、そろそろ父上が帰ってくるらしい。あ、ドモアは父上の護衛をしている騎士団の一人なのさ」
国王ヴァンスに会えるのは楽しみだ。アレストの父親はやはり大柄な男なのだろうか。想像して柔らかい笑みがこぼれる。
「そうだ。王子、ヴァンス様がいなかった期間になにか問題などはなかったか?」
「……あぁ。今のところは何も」
アレストは賊のことは言わずに首を横に振った。
ルイスが目を覚ました日からひっきりなしに賊の討伐の依頼が来るようになった。リヒターに聞いたが、前はこんなことはなかったという。パトロールに行ったときに少しの盗賊を捕まえる程度だったと。毎日大勢の賊が村を襲うのは普通ではないのだ。
「この辺りは小さな村のはずですが、メルヴィルの言う通り人気がありませんね」
今日も例に漏れず村に現れたという賊を討伐しに村に来た。リヒターが辺りを見回す。たしかに村人の声が聞こえない。
「やはり村が賊に荒らされていたか」
「それにしては家とか綺麗よね。どういうことかしら」
アンジェの言う通り、家や施設が荒らされた形跡はない。火をつけられたりドアを壊されたりしたら村人が逃げる理由になるが……。
「この先に偵察部隊がいるはずです。合流しましょう」
リヒターの声に一同が頷いた。
「……!なんだあれは」
砂が動いている。いや……あれは
「砂が人型になってるわ!?そ、それとも人が砂になってるの!?どどどっちか分からないわよ!」
取り乱すアンジェの手を握りながら、ルイスはそれを観察する。と、砂が完全に人の形になった。
「どうやら砂が人型になるらしいな」
「め、メル!そんな怖いこと言わないでよ!お化けみたいだわ!」
たしかにそうだ。あの砂は生きているのだろうか。
「!村人が逃げています!あの人型の砂に襲われていますよ!」
「で、でもどうしたらいいのよ!?」
「斬ればわかること。軍師殿、あれを倒すぞ」
「ふぅ、なんとか片付きましたね」
リヒターが重い盾を下ろす。ルイスもほっと息をつく。あれはなんだったんだろうか。死体は残らなかった。砂になって消えてしまったのだ。
「リヒターさん!無事でしたか!」
茶髪の青年が走ってきた。爽やかな目元をした、槍を持った青年だ。青い瞳が綺麗に光っている。
「き、君は……ルイス軍師!久しぶりだな!こうして顔を合わせるのは半年ぶりか?」
「ルイス、偵察部隊に行かせていたベノワットです。これからは同じ部隊でたたかうことも多くなると思いますので、名前を覚えておいてくださいね」
リヒターの言葉にベノワットが首を傾げる。
「俺のことを覚えていないのか?アレストやメルヴィル、アンジェとよく戦闘に出たり食事をしたりしていただろう?」
ルイスが「自分は記憶喪失だ」と言うと、ベノワットが「そうだったのか……」と目を泳がせた。
「そうか……やはりあの時頭を打ったのが良くなかったんだろうな。だが、大丈夫だ。記憶を失っても俺たち騎士団は君の指揮を信じている。分からないことがあったら聞いてくれ。改めて自己紹介をしよう。俺は『ベノワット・エル・スティール』。シャフマ王宮騎士団の団長をしている」
ベノワットはこれまで会った騎士団の男性の中で一番優しく見えた。頭を打ったと言っていたが、やはりそういうことだったのか。頭を打って気を失い、記憶喪失になってしまったのか。
「……で、ベノワット。なにかわかったことはありましたか?」
「はい、リヒターさん。この賊ですが、槍で心臓を突いたときに口から砂を吹き出して……まるで血の代わりのように砂が身体から出てきたんです。もしかして、なにか魔法の呪いをかけられていたのかもしれません。それか、謎の伝染病の類かと」
「そんな伝染病は聞いたことがありませんよ。しかし、そうですか……実は私たちも変だと思っていたのです」
後ろで手を組んで座っていたメルヴィルが頷く。
「斬った感触がなかった。まさに砂の身体だ」
「メルヴィル、君がここにいるなんて珍しいね。……やっぱり君もそう思ったのか。死体を調べる必要があるかもしれない。リヒターさん、調査しましょうか」
「そうですね」
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