第6話

昼ご飯を食べに食堂に来ると、アレストが座っていた。王宮には平民の娘もいるから、ここは貴族も平民も関係なく食事が出来る場所だが、王子も使えるのか。

「リヒターが飯を運んでくるんだが、毎日味のしないよく分からない物だと飽きてね」

ルイスを見てそう言ったアレストは机の上に突っ伏した。肩を震わせて笑い出す。

「ふっふふふ……この前食わされたきゃびあとかいうもんは真っ黒な小さい粒だったんだが、味がよくわからん上に腹にたまらなくてな……ヤバかったぜ。ああいう刺激のないもんが俺は世界一嫌いなんだ……しかし本当に、高級なもんはつい吐き出しちまう……くっふふふ……」

静かに思い出し笑いをするアレストの前に座る。

「あ。軍師サンも今から飯?」

段々慣れてきたが、この切り替えには毎度驚かされる。ルイスが頷くとアレストが「俺も」と笑った。

「今日はカツカレーを頼んだんだ」

(王子が……カツカレー……)

「辛いものはそんなに好きじゃないがな。味が濃いとそれだけ良い気持ちになれる。あと肉だな。肉。俺は父上ほど量は食べないんだが、王宮内でもかなり食う方だぜ」

「……それはなんとなくわかる」

アレストのたわわに実った胸と腿の製造過程がわかった気がする。

(でも、国王の方が量を食べるんだ。そういえば国王にまだ会っていないな)

それを言うとアレストが「そうだったな」と頷いた。

「父上はいつも外交で忙しいからな。今は……ストワードだっけな。北の方に行ってる」

「ストワード?」

「毎日雪が降る北国さ。俺は行ったことないから詳しくないがな。おっ、来た来た。こっちだ」

アレストの前にカツカレーが置かれる。ご飯が大盛りだ。その上に分厚いトンカツ。さらに大量にカレールーがかかっている。三十手前の男が食べるにしても、多すぎる気がする。軽く三人前はあるだろう。

「俺だけ運んでもらって悪いね。断ったんだが、一応なにかあったらまずいからって言われちまった。カツカレー運ぶだけでなんかあるなら見てみたいところだが」

両手を広げてやれやれのポーズをする。何日か王宮で過ごすうちにアレストがかなり過保護に扱われているのは分かった。しかし理由がわからない。たしかにこの男は大盛りのカツカレーを運んでても途中で従者同士の殴り合いの喧嘩が目の前で始まったら皿を放り出して腹を抱えて笑いだし床を大惨事にしそうだが。

「ん?その顔は俺を信じていないね?まったく……そんな危なかっしくないっつの……あっつ!!し、舌をやけどした……水、水……」

「……」

湯気が出てるカツカレーをろくに見ずにスプーンに大量にすくって一気食いしようとしていた王子が、果たして本当に危なっかしくないのだろうか……。



この日も賊討伐だった。慣れは怖いというが、ルイスは一向に慣れない。剣を取り出す度に腕が震えるのだ。

剣をしまって王宮の方角を見ると、メルヴィルとアンジェが帰還準備をしているのに気がついた。

「それにしても、賊が多いな」

「そうね。でも、あの人たちなにかおかしくなかったかしら?」

「あぁ、たしかにな」

「おかしい?」

なんて思う余裕はなかった。

「そうよルイス。なんだか人間じゃないみたいだったっていうか」

「斬った感触がなかった。まるで砂のように手応えがなかった……しかし死体は普通に見えるな」

メルヴィルがちらりと敵の死体を見る。ルイスも見るが、たしかに普通の人間に見える。

「……大体、この量の賊が毎日のようにわいて出てくるのはおかしい。こいつらはどこから来ているんだ?」

「ルイス、アレストはなにか言っていた?」

「何も……」

「チッ……嫌な予感がするな。王宮近郊だけでこんなに賊が出ているということは、辺境の村なんてもっと酷いかもしれん。一度偵察に出てみるか」

そう言ってメルヴィルがルイスに背を向ける。するとアンジェがメルヴィルの肩を掴んで引き寄せた。

「ちょっとメル!どこ行くのよ」

「だから偵察だ」

「あんたね……騎士団に所属してるなら国王や王子の命令を待つのが普通なのよ……」

「離せ、俺は行く」

「リヒター!この馬鹿力止めて!!!また力づくで逃げようとしてるわよ!!」

(平和だ)

ルイスは思わずくすりと笑った。

「メルヴィルさん!」

高い男の子の声が聞こえた。村にいた子どもか。騎士団には小さい男の子は入れないはずだ。しかし、その男の子は大きな剣を腰に差し、戦闘用の装備もきちんと着ている。

「あ!軍師どの、おからだはもう、いいん、ですか?」

言い慣れていない言葉をたどたどしく言う男の子……薄い緑色の髪が跳ねていてかわいらしい。

「ティッキー。危ないから着いてくるなと言っただろう」

「で、でも!僕だってもうたたかえます!剣の腕には自信があるんです」

ティッキーと呼ばれた男の子がそう言うと、メルヴィルがため息をついた。

「はぁ……お前はまだ子どもだ。リヒターに許可は取ったのか」

「リヒターさんはもうたたかって良いって言ってました。軍師どの、僕も戦闘に入れてください!」

こんなに小さい子も騎士団に入るのか。リヒターの許可があるなら断る理由はないように思えるが……ちらりとメルヴィルの方を見る。

「リヒターの許可があるなら何も言わん。だが、お前は俺の弟子だ。責任は俺にある。それだけは忘れるなよ」

「……!は、はい!」

ティッキーが頭を下げる。12歳か13歳の少年剣士だ。メルヴィルにはティッキーという弟子がいたのだ。

「ふん、帰るとするか。実践に出る覚悟が決まったなら、お前のための鍛錬のメニューを組み直さねばな」

「分かりました!」

「……ティッキーは元々平民の村にいたのだけれど」

メルヴィルとティッキーが手を繋いで王宮に戻る。その後ろ姿を見ながらアンジェが言う。

「メルが拾ったのよ。賊に襲われていた村の生き残りだった、って。……だからきっとメルは……村を襲う賊が許せないのよね」

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