第5話
知りたいことはまだあったが、出撃の時間になってしまった。ルイスは本を片付けて、階段を降りる。自室で装備を整え、剣を抱きしめた。
外に出ると、アンジェとキャロリン、リヒターが待っていた。
「ルイス!今日は私もたたかうわよ。指示をちょうだい!」
今日の賊討伐も無事に終わった。騎士団側の被害はゼロと聞いて、ホッと胸を撫で下ろす。
「良かった……」
隣にいたリヒターに聞こえてしまったかもしれない。
「ルイス、もう剣は下ろして良いですよ」
「!」
慌てて剣をしまう。恐怖に支配されているとどうしても構えを取ってしまうのだ。ペガサスの翼の音がして、空を見上げると真っ赤なツインテールが見えた。
「アンジェ、怪我はない?」
「ないわよ。あなたの言う通りに動けばいつも上手くいくわ」
ゆっくりと下降してくる。砂の地面に降りた一人と一匹は元気そうだ。
「お取り込み中失礼。……軍師殿、久しぶりだな」
ルイスに声をかけたのは、長身の若い男性だった。緑色の髪をポニーテールにしている。
「メル!あなた今までどこに……」
「ふん、アンジェもいたのか。向こうの村でも賊が出ていたんだ。お前らと合流する前に見つけて討伐してきた」
一人でたくさんの賊を相手にしたのか。驚いていると、アンジェが眉を寄せる。
「あなたねぇ……ほんと、いつか死ぬわよ」
「俺は死なん。そのために毎日剣の腕を磨いている。軍師殿、もう体調はいいのか?あの輩になにか妙なことをされたのではないだろうな」
メルヴィルの鋭い目がルイスを睨む。輩とはまさかアレストのことだろうか。
「何もされていない」
本当のことだ。今のところは、本当に何もされていない。
「……ふん、あいつは昔から何を考えているか分からん。お前になにかあったら俺の訓練相手が1人いなくなる。それは惜しい」
(なんだそれは……)
この男は剣のことしか頭にないのだろうか。アレストといい、この国には顔は整っているのにどこか残念な男が多いのかもしれない。
「ルイス、アンジェ!帰還の準備ができました。ハッ……!メルヴィル!あなたも来ていたのですか」
「リヒター……!」
メルヴィルが後ずさった直後、リヒターの手がメルヴィルの腕をガシッと掴んだ。
「今日は逃がしませんよ。騎士団の一員だというのにいつもいつも別行動をして……アレストぼっちゃんですか、あなたは」
「俺をあんなボンクラ王子と同じにするな!くっそ、離せ……!」
「離しません。王宮まで来ていただきますからね。観念なさい」
連れていかれるメルヴィルを見ながらアンジェがため息をつく。
「メル、ああ見えて名門貴族の嫡子なのよ。代々直接国王に使えているようなね。でも本人があれだから……騎士団に入ったのだって親に猛反対されたらしいわ。何かあったら一族の血が途切れるって。早く後継を作れば自由になれるでしょうに。……メルは一緒にされたくないらしいけど、アレストとよく似てるわよね。そういうところ」
アレストもメルヴィルも後継を望まれているのに、フラフラと暮らしているのか。ルイスは小さくため息をついた。二人とも戦闘が好きなのも、自分には分からない。あんなに怖い行為を平気でしているなんて……恐ろしい。
「ギャハハ!!!!!」
翌日の早朝、アレストの笑い声が王宮に響く。大広間に騎士団が並んで立っている。ルイスもアンジェの隣に並んだ。アレストが中央に立ち、腕を広げて破顔しているのだ。
「あんた、またリヒターに捕まったのか!!ヤバ!ヤバ!!」
「……チッ、うるさい……」
アレストの目の前にいるのはメルヴィルだ。まるで罪人のように手錠をされ、座っている。扱いが余程屈辱的なのだろう。声に覇気がない。ポニーテールまでうなだれているように見えた。
「ひーっ、くくく……懲りないなァ。ええとなんだっけ、メ……」
「メルヴィル」
「そうそう!メルヴィル!あんたとは二十年以上は知り合いだからな。顔は忘れないんだぜ」
アレストがメルヴィルの顔を覗き込むと、メルヴィルがすかさず唾を吐きかけた。
「きゃっ!」「貴様!王子になんてことを!」
ルイスも他の騎士団員と同じように驚く。煽ったのはアレストだが、あれでも王子だ。ただでさえメルヴィルは騎士団で王子を守るという使命を果たしていないのに……。
「……」
「……ギャハハ!!!ギャハハ!!!あんたほんっと面白いな!!王子を侮辱するなんて、俺じゃなかったら死罪だぜ!」
「お前以外にはやらん」
「ふーん???そんなに俺のことが好きか?光栄だねぇ」
「黙れアレスト」
今度は手錠をされた手の中指を立てる。アレストはまた大喜びして破顔する。
「ヤバ!!ヤバ!やっぱあんたといると楽しいぜ……なぁ、今夜は俺の部屋で寝ないか?昔みたいに一緒にさ」
「気色の悪いことを言うな」
「なんだよォ、つれないなァ。久々に会えたってのに。三ヶ月は会っていなかったんじゃないか?」
「覚えていない。寄るな。情報は取りに帰っていたから問題ない」
「とは言ってもなァ。あんまり自由に動かれちゃ困るんだぜ?俺にも立場ってモノがある」
「お前に言われたくない」
ルイスは仲が良いんだか悪いんだかわからない会話をしているアレストとメルヴィルをハラハラしながら見つめる。
「大丈夫ですよ。あの二人はいつもああですから」
後ろから声がして振り返ると、リヒターが書類を持って立っていた。
「ぼっちゃん。少しよろしいですか」
「……あぁ。ふふふ、メルヴィルクン。お仕置きは後で俺が直々にしてやるよ。しばらくそこで正座してろよ」
リヒターに呼ばれたアレストが中央の道を悠々と歩き、大広間を出る。真っ黒なブーツがキュッキュッと音を立てていた。歩いているだけなのに、肉々しい体に見とれてしまう。
「クソ王子が……っ!!!」
ギャハハ!また下品な笑い声。
(本当に性格が悪い……)
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