第4話

本に囲まれている空間は落ち着く。記憶を失う前の自分もよくここに座っていたのだろうか。ルイスは王宮の図書館にある座椅子に座り、絵本を開いた。タイトルは、こうだ。

『シャフマ王国 建国の歴史』

小さな子どもでも分かるように、デフォルメされたキャラクターが描かれている。

シャフマ王国のことを知らないのに王宮騎士団のメンバーとして戦場に出るのに不安を感じてしまう。だから、図書館で絵本を探して読むことにした。

(王子があんなに丁寧に扱われている理由も知れるかも)

アレストは体格が良い大の男なのに、一度も王宮から出たことがないと言っていた。たったの一度も、だ。

ー俺もあんたみたいに太陽を浴びてみたいと何度思ったか分からないよ。

あの真っ黒な部屋で寂しそうに言ったアレストはどんな表情をしていたのだろうか。

「……あの王子のことはいいんだ。歴史はっと」

ルイスがページを捲る。シャフマ王国が建国したのは今から約千年前。これはシャフマ王国歴で分かることだ。今は王国歴九百九十八年の四月。

「建国記念日は、四月二十日。……えっ」

驚いて今日の日付を確認する。四月二十二日。一昨日の二十日は、ルイスがアレストの部屋で目を覚ました日だ。

(偶然……?だとしたら、すごい)

九百九十八年前のその日に何が起きたのか。絵本には答えが載っていた。


「砂時計の王子が誕生した」


シャフマ王国は砂漠地帯だ。王宮の外は一面が砂。昼間は暑く、夜間は寒い。

だから、『砂時計』?安直すぎる気もしたが、千年前の建国の話……おそらく神話のそれだ。あまり鵜呑みにしなくてもいい。ルイスはそう思って、ページを捲った。次のページには、金髪と赤い瞳の美しい青年の姿が描かれていた。

「ヴィクター・エル・レアンドロ。初代王子の名前」

アレストの姓も『レアンドロ』。王家は代々続いているのか。

「王子は神の砂時計を体に宿し、安定した政を行った」

「人々の争いはなくなり、王子を中心に美しい国を築いた」

「争い……」

絵本本文では直接的な描写はなかったが、巻末の「大人の読者へ」のページには簡単に記されていた。かつてこの地は……千年前に王国になる前は……人々が信仰の違いで対立していた。王子の『砂時計』は、その争いを鎮めたのだという。

「すごい……」


「……!魔女……!」

低い声が聞こえて振り返ると、短い緑髪の男性が入口に立っていた。切れ長の目と青い瞳が印象的な細身の中年男性だ。

(魔女?私のこと?)

記憶を失う前はそう呼ばれていたのだろうか。ルイスが怪訝な顔をしているのを見て、男はフウッと息をついた。

「ルイス軍師か。図書館で何をしている」

「調べ物を……」

近づく足音に怯える。アレストとは全く違う圧だ。油断していたら鋭利な刃物で刺されそうな……。

「シャフマ建国の歴史、か」

「あ……」

「勉強熱心なことだ。村では教わらなかったのか……いや、そういえば記憶喪失らしいな。魔女、どうなんだ」

「記憶は、本当にない」

凍てつくような視線に縮まりたくなくて、男を見上げる。

(また魔女って言った。この人は私の何を知っているの?)

聞ける空気ではないが、気になってしまう。

「ふん、何処まで本当かは分からんな。貴様は私とは相容れぬ血筋……」

「……?」

「記憶が無いと言っていたな。あの『失敗作』の肩を持つ理由がそれならば、納得は出来る。だが……」

男の目が細められる。その表情にゾッとして一瞬目を逸らしてしまう。

「後悔はするな。私は貴様を救う方法を知っている」

救う。男はたしかにそう言った。

「シャフマ王国の歴史を学ぶのは良いことだ。貴様……お前は本当に『変わった』。くく……良いことだな」

声は笑っているのに、安心感はない。王宮内にこんなに怖い人がいたなんて。男が踵を返して図書館を出て行こうとしたので、ルイスは思い切って声を出した。

「待って!あなたは……あなたの名前は何?」


「……私は、オリヴィエ。オリヴィエ・エル……」

「オリヴィエ……」

聞き覚えはなかった。記憶を失う前の自分と面識があるはずだ。何も思い出せない。もどかしい。必死で思い出そうとしているうちに、男は出て行ってしまった。分からないことが多すぎる。

(私は……ただの軍師、なんだよね?)

あぁ、答えてくれ!記憶を失う前の自分!

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