第3話
「ルイス、起きていますか?」
リヒターの声が聞こえた。
「さっき起きたよ」
返事をする。
昨晩アレストと話をした後、リヒターに自室に案内された。目が覚めたときはアレストの部屋のベッドに寝かされていたが、王宮内に自分の部屋はあったのだ。安心した。これからあの男の部屋で寝るのは危ない気がする。いつも何を考えているか分からないし、背中を見ていたという発言の件もある。自室は簡素なものだった。アレストの部屋には魔力で動かす家具……白色の照明や冷蔵庫があったが、自分の部屋にはない。記憶を失う前の自分は魔法が苦手だったのかもしれない。今も使える気配はないし。
「おはようございます、今日からは軍師の任務を再開していただきます。記憶を失っているというのに、申し訳ないのですが……」
「他にやることも思いつかないし、軍師をしていれば何か思い出すかもしれない。私はリヒターに従うよ」
扉越しに言う。リヒターが「そうですね……」と呟いた。
「あなたがいると心強い。もちろんサポートはしますので、王子を……この国を一緒に守りましょう」
「ルイス!目が覚めたのね!?」
甲高い女の声。部屋の扉を蹴破って入ってきたのは真っ赤な髪をツインテールにした細身の女性だった。
「良かったわ!私、とっても心配してたのよ!キャロリンも会いたがってるわよ!」
「アンジェ、待ちなさい。ルイスは記憶がないんですよ!昨日説明したでしょう」
「なによ。そんなこと関係ないわ!ねぇルイス、昨日アレストを守ったのでしょう?私も一緒にたたかいたかったわ!私、あなたがたたかう姿が大好きなのよ!軍師としても剣士としても、ね。今度は私も連れて行ってちょうだい!」
ベッドに座っているルイスの腕をギュッと掴んで言う。アンジェと呼ばれた女性は今にもルイスに抱きつきそうだ
「はぁ……本当に心配したのよ。アレストの部屋で安静にしていないといけないって聞いていたから……無事に妊娠したのね?あら、まだお腹は膨らんでいないわね。安定したら皆に報告するのかしら?あなたが王女になるのはとても嬉しいわ」
アンジェの言葉に驚く。自分が妊娠をしている?記憶を失う前にアレストとは夫婦関係だったのだろうか。だとしたらアレストの部屋で眠っていたことも納得するが。あの王子なら自分が眠っている間にやりかねない、と思ったのも事実だ。
「アンジェ!!!」
突然、リヒターが怒鳴った。女二人が耳を塞ぐ。
「黙って聞いていれば、あなたは!ルイスは病み上がりと言ったでしょう。記憶がなくなっているんですよ。混乱させないでください!」
「ふん、私はあの不気味な王子の部屋に監禁されてたルイスのことをずっと心配してたのよ。私はアレストのこと、嫌いだもの」
王子のことが嫌い。アンジェはハッキリと言い切った。国民が王族を嫌う国なのか、シャフマは。
「あの下品な笑い声も苦手よ。何を考えてるのか分からなくて嫌だわ」
「それは否定しませんが……。はぁ……人望のない王子を持つと私が苦労する」
ブツブツと文句を言うリヒターを尻目に、アンジェがルイスに笑いかける。
「記憶を失ったなんて辛いわよね。でもね、記憶を失ったあなたとも仲良くなれる気がするわ。だってルイスはルイスじゃない?」
少々強引な気がするが、悪い人ではないようだ。ルイスはコクリと頷く。
「そうだ、リヒター!私がルイスを案内するわ。王宮内のことも覚え直さなくちゃ、でしょ?」
「……分かりました。私が今から案内しようと思っていましたが、年が近い方が気が楽でしょう。ルイスもそれでいいですか?」
「いいよ」
「よし決まりね!まずはキャロリンに会いに行きましょ!」
キャロリン。アンジェと同じ年くらいの女の子だろうか。そんなことを考えてアンジェの後ろを着いて行った。
裏庭に着く。厩だ。様々な毛色の馬とペガサスが並んで草を食べている。中でも目を引いたのは真っ白なペガサス。翼の一つ一つまで輝いて見えた。
「キャロリン!ルイスが帰ってきたわよ」
キャロリンとはこの真っ白なペガサスのことだったようだ。
「ほら、ルイスも撫でてあげて」
恐る恐るキャロリンを撫でると、くすぐったそうに頭を振られた。
「……」
「ふふふ、そうよね!キャロリンも嬉しいわよね!」
(嬉しがっているのだろうか……)
夜、アレストの部屋に呼ばれた。真っ黒な扉を開けると、真っ黒な家具に囲まれた真っ黒な王子が顔を出した。
「アンジェに捕まっていたらしいじゃないか。災難だったねェ」
リヒターに聞いたのだろう。仲が良くは見えないが、情報交換はしているようだ。
「楽しかったよ」
「それなら良かった。あいつ、俺の許嫁としては珍しく、俺のことを毛嫌いしているからな」
「許嫁!?」
大声を上げてしまう。初耳だ。アンジェはアレストが嫌いだと言っていたが、許嫁だったのか?
「ん?……あぁ、それも言わなきゃならないね。はぁ……俺は正直あんたのことそういう目で見ていないからな。傷つくと思って黙っているつもりだったんだが……知らないのも不便か」
アンジェが王子の許嫁だったとは。しかし朝は「ルイスが王女になったら嬉しい」と言っていたはず。
「アンジェだけじゃないぜ。あんたも俺の許嫁さ」
「え!?!?」
「……というか、王宮に住んでいるほとんどの女がそうだ」
アレストがため息をつく。
「俺ももう二十八だ。早く後継を作るように毎日言われている。だから、成り上がりを企てる貴族や平民の娘が王宮に送り込まれるんだ。楽しませてもらってはいるがな。子はまだ出来ない」
「……」
そういうことだったのか。この王子に子がいないことを憂いている人が大勢いるのか。
「あんたも許嫁のうちの一人っていうのはそういう意味さ。だが、安心してくれよ。俺はあんたのことをそういう目では見れない。何しろ、ずっと背中合わせでたたかって来たんだ。遊びたくても遊べる仲じゃないのさ」
眉を下げて足を組み直すアレストを見て、ルイスは意外だと思った。見境がないイメージがあったが、ルイスには何もしていないらしい。
「俺からしたら、子のことなんてどうでもいいのさ。……あ、他の奴には言うなよ。最悪ころされかねない。……なんてな」
「そんなことより、明日はまた賊討伐らしいぜ。近隣の村から依頼が来たんだと。俺も同行したいところだが……あいにく王宮から出られなくてねェ……。軍師サンに任せるぜ」
また戦闘か。不安だ。剣を握る手が震えないことを祈るしかない。
「大丈夫さ。リヒターやアンジェもいるからな。……だが、死ぬなよ。『ルイス』……」
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