第2話

アレストとルイスは、ルイスが目を覚ました部屋に戻った。真っ暗……いや、家具が真っ黒だ。机も椅子もベッドも、この部屋にある物のほとんどの色が黒い。

「この部屋のことも覚えていないか?ここは俺の部屋だ」

アレストの部屋……黒で統一された部屋だ。蝋燭で照らしていても、暗闇に消えてしまう色で埋め尽くされている。

「ベッドが二つあるのは、あんたが今まで寝ていたからだ。医務室もあるんだが、あんたが危篤なのはあまり多くの人にバレたくなくてね。……ほら、軍師の命が危ないって知ったら攻め込まれる可能性がグンと上がるだろう?あんたは優秀だったから尚更、なァ」

アレストは部屋の一番奥にある真っ赤な椅子に座って足を伸ばした。その大きな椅子だけが赤い。暗闇の中でぼんやりと輪郭が浮かぶ、赤。

「ま、知らなくても攻め込まれたわけだがな。くっくく……」

椅子の上の白い明かりに照らされた王子。その端正な顔が……初めてよく見えた。

真っ黒な髪は前髪以外は短く、外に跳ねている。眉毛も真っ黒で山型に整えられている。瞼は厚く、くっきりとした二重の線がまるで子どものようだがその下の紫の瞳が細いためか目付きが悪く見える。スッと鼻筋の通った鼻の下の口は大きく、ふっくらとした下唇に濃い影が落ちている。美形。だが、王子にしては少々俗っぽい気がする。

ルイスはアレストの体に視線を落とした。胸が膨らんでいる。胸筋が極度に発達しているのだ。暗がりでは胸が大きいのか腰が細いのか分からなかったが、露出がほとんどない黒い服の上からでも分かるほどに胸が大きい。彼は魔法でたたかうと言っていたが、格闘術も会得しているのかもしれない。王子が立ち上がる。足が長い。太腿の筋肉も発達しており、尻にもしっかりと肉がついていた。

彫刻のような肉体美に思わず見とれていると、あることに気づく。こんなに肉々しいのに、身長はそこまで高くない。180センチ以上と予想していたルイスは意外だと思った。体格が良いせいで大きく見えていたのだろう。実際は175センチ程度だろう。

「ふふふ……どこを見ているんだ」

低い男の声だ。耳元で聞こえた。ねっとりとしたそれにドキリとして目を見開く。

「スケベ」

王子の厚い唇がそんな言葉を紡ぐ。リヒターがいたら怒鳴っていただろう。

「……くっくく、くくく……俺は高いからねェ……。もしあんたが俺を好きにしたいのならば、それだけの対価を払ってもらわないと、だ。

そうだな、具体的にはシャフマの国家予算一年分」

心底楽しそうに目を細めてルイスの顔を覗き込む。前かがみになったため、強調された豊満な胸に目を奪われそうになる。が、見たらまたからかわれそうなので目を逸らして黙った。

「……」

アレストの体があっさりと離れる。こちらの反応を見て短く息をついた彼は、ゆっくりとした足取りで赤い椅子の前に戻ると口を開いた。

「忘れちまっているのなら仕方がない。改めて自己紹介をしようか。

俺はアレスト・エル・レアンドロ。ここ、シャフマ王国の王子さ。好きな物は酒と賭け事、そして女。……これからよろしく、軍師サン」


「これから?」

これから、何をしろと言うのだ。ルイスが戸惑っていると、アレストがニヤァと口角を上げた。

「ん?あんた、行く宛てでもあるのか?」

ない。記憶を失っているのだ。眠る前のことを覚えているのはアレストたちだし、自分に選択権なんてそもそもないのでは……。と話すと、アレストの顔が歪んだ。

「ギャハハ!!よく分かったな!今のはあんたにそういう顔をさせたかったから言ったんだ!!」

……どうやらこの王子、性格が悪いらしい。

「悪いね。笑わせてもらって。しかしからかいがいがあるやつは好きだぜ。あいつも面白いんだ。だから傍に置いてる。ほんとは俺のじゃないんだが」

複雑な関係なんだろうか。たしかにリヒターは従者にしてはアレストに辛辣だった気がする。「太りましたね?」と言っていたし。

「でな、ええと……」

アレストが長い指で前髪を弄る。

「……名前……もう忘れちまった」

「従者リヒター?」

「あぁ、そうだ。俺の従者の名前はリヒターだった。いや、そうじゃなくてあんたのをだな。……ん?」

首を傾げたアレストがハッとした顔をしてまた破顔した。忙しい人だ、と思っていると急に正面から両肩を掴まれる。

「あんた……!!記憶が!!名前を記憶できるように……!

あぁ、やっぱり……解けたんだな……」

今度はほっと息をつく。

「記憶は、戻っていない」

喜んでいるアレストを失望させたくなかった。記憶を失ったことで迷惑をかけているのは事実なのだ。だが隠せるものでもない。アレストには記憶が戻っていないことはすぐにバレてしまう気がして素直に言うと「そっちじゃない」と首を横に振られた。

「眠る前のじゃなくて、起きた後のさ。リヒターの名前を一時間以上経っても忘れてないだろう?」

「……?」

「……いや、あんたは知らなくていい。くっくく……これで毎回背中を確認する必要が無くなったな。良かったぜ」

「……!?」

背中!?この男に服を脱がされていたのか?そんなこと、想像したくもない。

「おっと、こいつは隠しておくつもりだったんだが。まぁ気にしないでくれ」


「……で、あんたの名前をもう一度教えてくれよ」

アレストが目を細めて笑った。この王子は何を考えているか分からない上に性格が悪いが、この表情だけは……素の顔な気がした。

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