第8話

早朝。ルイスが自室で着替えをしていると、外からざわめきが聞こえた。

「国王様よ!」「やっぱり男らしいわ」「素敵!国王様とアレスト様はそっくりね!」

女性たちの声だ。こっそり小窓から外を見る。黒髪の大男が馬に乗っているのが見えた。

息をのむほどの男らしい人だ。細く光を反射している金色の瞳に目を奪われる。筋肉質な身体には所々傷がある。たしかに顔立ちはアレストとそっくりだが、王子のような真っ白な肌ではなく、日に焼けた褐色の肌をしていた。上半身には肩から白と黄色の布をひっかけているだけだが、威厳があった。

「あれが、国王ヴァンス……」

シャフマのトップ、砂漠の王様だ。口元にニヒルな笑みを浮かべているとさらにアレストが重なり、思わずドキリとする。

「アレストはどこだ」

ヴァンスが馬から降りてリヒターに問う。リヒターは跪いて「ヴァンス様、よくご無事で。アレスト様は自室にいらっしゃいます」と言った。ヴァンスは満足そうに頷いて馬を従者たちに任せ、王宮内に入る。

(あ……こっちに来る)

こういうときはどうしたらいいかわからない。とりあえず着替えないと。寝間着から平服に着替えて部屋の中でうるさい鼓動を抑える。

「……ルイス、いるか」

ヴァンスだ。まさか声をかけられるなんて。

「はい」

扉越しに返事をする。

「悪かった。戦闘でお前を意識不明にするまで気づかなかったのは私の責任だ」

「え……」

扉を開けると、国王が頭を下げていた。思わずルイスも頭を下げる。アレストがいたら指をさされて笑われていたかもしれない。

「アレストから後で聞いたのだ。敵の攻撃を受けた傷が酷く、すぐに王宮内に運び込まれたお前を、結局私は一度も見舞いに行けなかった。騎士団の軍師がそんな状態になるまで気づかなかった私を自分で受け入れられなかった……」

「………」

そうだったのか。自分は前に軍師として戦場に立っていたときに敵の攻撃で倒れて意識不明になり……あの日目覚めるまでアレストの部屋で療養されていたのか。話が繋がった。

「ヴァンス様、私はもう元気になりました。いいんです」

目を覚ましてからもアンジェやリヒター、騎士団の皆はルイスに優しく接してくれる。何も心配することはない。

「……ありがとう。これからも王国のためにたたかってくれるか?」

「!! もちろんです」

ヴァンスがふっと笑う。自然な笑顔だ。

「良かった。お前は大切な軍師だからな。……またすぐに会おう」

ルイスはマントを翻してアレストの部屋に向かうヴァンスを静かに見送った。



昼食後、ルイスやアンジェ、メルヴィルたち騎士団がアレストの部屋に招かれた。アレストの部屋は狭いのでアレストが声をかけた何人かだけだったが。

「父上、お久しぶりです」

「アレスト。元気そうでなによりだ」

普段アレストが座っている赤い椅子に今日は国王が座っている。その前にアレストが跪いている。

(まさかあれ、玉座なんじゃ……)

アレストが勝手に部屋の奥に置いて座っているが大丈夫なのだろうか。そんなことを思っているとヴァンスが低い声で言った。

「お前は言っても聞かないからな。多少のことには目を瞑るつもりでいたがさすがに言わねばならん。

アレスト、子はまだか」

「……」

「許嫁ならたくさんいるだろう。このような場所で言うのは今まで避けてきたが、王宮内の女性はお前の妃になるつもりで来た者が多い。だというのに……」

「父上、私はどうやら子ができにくい体質のようでしてな。許嫁とは『仲良く』しておりますからもうすぐかと。心配なさらなくても良いですよ……くくくっ……」

「そうか。……急かすつもりはないが、この国ももうすぐ千年を迎える。千年の歴史に泥を塗ってはいかん」

ヴァンスの言葉は重い。頭を下げているアレストの表情は見えないが、その重みは王子である彼にも分かっているはずだ。千年を迎えるこの国が続くかどうかはアレストにかかっているのか。ルイスはこの男がどこかフラフラとしてハッキリと物を言わない理由がわかった気がした。

「……えぇ。千年目には必ず。元気な次期王子を……」

「頼むぞ。その砂時計は必ず受け継がねばならん」

(砂時計?)

アレストは砂時計を持っているのだろうか。絵本で見た、王子の砂時計がどこかにあるようだが……部屋を見回す。しかし、見当たらない。

「それから、最近妙な賊が出ているようだな。民を傷つけるのならば容赦はできないとリヒターたち騎士団に伝えておく。もちろん私も討伐に出るが、アレストも気をつけるように」

「父上自らですか?」

「あまり長居はできないがな」

「そうですか。それは残念ですな」

「顔を見せろ、アレスト」

アレストが顔を上げる。父とよく似た端正な顔が照らされる。長い前髪の束がさらりと横に落ちた。ヴァンスはアレストを抱き上げ、そのままハグをした。ルイスは驚いて思わず目を見開くが「この国の挨拶よ」と隣にいたアンジェに教えられた。……これには続きがあったようで、今度はアレストがヴァンスの頬に自分の頬を擦り合わせた。

「……アレスト、私は……父はお前を愛している。これからも変わらずな」

「父上、ありがとうございます。王子アレスト、光栄です」

「お前には辛い思いをさせているな。早く子を作って自由になれ。この国の王子は、お前には窮屈すぎるだろう」

ヴァンスが目を伏せる。ヴァンスも王子の時は肩身が狭かったのかもしれない。

「……はい」

アレストが低く返事をした。



剣を下ろす。国王ヴァンスの前で戦闘をするのは緊張した。いつも以上の疲労だ。万が一彼を失ってしまったら、責任は自分にあるのだ。

賊討伐の後、王宮に向かっていると、日が暮れてきた。

「リヒターさん、この暗闇の中、先の森を抜けるのは危険です。ここらで宿を取るべきかと」

「む……思ったより賊討伐に時間がかかってしまいましたからね」

「討伐そのものではなく、依頼の町が遠かっただけだろう。ふん、計画性がない」

「メル!……でもたしかにお腹空いてきたわね。眠いし」

「すぐ近くに街があります。そこて宿を取りましょう。今日はヴァンス様もいることですし、無理はできません」

リヒターの言葉に皆が頷いた。


王宮近郊の街に着く。キラキラと光る街並みだ。初めて見る眩しいシャフマの街に目を奪われた。

「賭博場や酒場が多いわね」

「この街は娯楽が多いようですね。宿は……あっ。あの大きな建物でしょうか」

アンジェとリヒターが地図を確認する。


……と。

(?)

人混みの中、すれ違った男に見覚えがあるような気がして振り返った。

(あれは……)

フラフラと夜の街を歩く、体格の良い男。酒を飲んでいるのか後ろから見ても耳が真っ赤だ。

(まさか、アレスト!?)

そんなわけはない。彼は王宮から出られないと自分で言っていたはずだ。無防備に一人で夜出歩くなど、王子としてするわけが……ないとは言いきれないのがアレストだ。嫌な予感がしてアンジェに「すぐ戻る」と告げて男を追いかける。

「え?どうしたのよルイス!」

「ごめん!先に行ってて!」


夜の砂漠の街は寒い。走ると凍てつくような風が全身を刺したが、そんなことよりも気になるのはあの男が何者なのかだった。

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