受験の味

あがつま ゆい

受験の味

 ボコボコッ! ボコボコボコボコッ!


 電気ケトルで沸かしたお湯が激しく沸騰ふっとうしている。彼はそのお湯を「赤いきつね」のカップへと注いでいく。

 5分ほど待って出来上がったものを息子の箸と一緒にお盆に乗せて運ぶ。そう、彼が自分で食べる分ではない。そのまま2階に上がって息子の部屋へと入っていく。




「問1 タダシが線1の状態ではどんな感情を抱いているかを選べ。1.……」


 タカシが問題集を解いている最中に……、


「タカシ。頑張ってるな、お前」


「なんだオヤジかよ」


 彼の父親が入ってくる。反抗期がいまだに抜けきれない息子、タカシが大学の受験勉強をしている最中での夜食だ。




「にしてもお前も大学受験の年か。俺もオヤジ、お前のおじいちゃんからいい大学入れって言われて勉強してたなぁ」


「オーヤージー。俺は勉強で忙しいから昔話は受験が終わってからにしてくれないか?」


 タカシは参考書とノートを片付け机にスペースを作って赤いきつねをすすりだす。だしつゆと濃い醤油とが麺に絡んで、うまい。

 小さいころから変わらない(実際には少しずつ味を変えているそうだが)味だ。




「どうだ、うまいか?」


「カップ麺なんて誰が作っても同じ味になるだろうが! 美味いもクソもねえよ。そりゃ美味いけどさぁ」


「そうかそうか、そいつはよかった。あんまり勉強しすぎても体に悪いぞ。きちんと寝ることだな」


「へいへい分かりましたよ」


 のちに彼は、大学受験の際にはまだ中学の頃から続いていた反抗期が抜け切れていなかったんだと思い返した。大学生になってようやくそれが抜けた、長い長い反抗期だった。




 時は流れ……


 ボコボコッ! ボコボコボコボコッ!

 電気ケトルで沸かしたお湯が激しく沸騰ふっとうしている。タカシはそのお湯を「赤いきつね」のカップへと注いでいく。

 5分ほど待って出来上がったものを息子の箸と一緒にお盆に乗せて運ぶ。そう、タカシが自分で食べる分ではない。そのまま2階に上がって息子の部屋へと入っていく。


「タケル。頑張ってるな、お前」


「なんだオヤジかよ」


 父親であるタカシの登場に息子のタケルは不満げだ。




「なんだぁ? ちょっと前まではパパだのお父さんだの言ってなついてたのに今ではもうオヤジかよ。可愛くなくなったなー」


「何年前の話してんだよ。パパだのお父さんだの言ってたのは小学生の頃だぞ? 俺はもう高校3年生なんだぞ?」


「そうかそうか。で、味はどうだ?」


「カップ麺なんて誰が作っても同じ味になるだろうが! 美味いもクソもねぇよ。そりゃ美味いけどさ」


「ハハッ。俺が昔言ったことと同じこと言ってるなぁお前は。それと、いくら受験のためとはいえ夜更かしは体に悪いぞ? きちんと寝ることだな」


「まーたその話かよ。もういい加減聞き飽きたってーの」


 赤いきつねを食べると、受験の頃を思い出す。タカシにもタケルにもその思い出は心に深く刻まれている。

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