第9話 離宮工房
果報は寝て待てと言います(日本では)
実際にお昼寝から起きたら、離宮の準備が整ったとの知らせがありました。
リボンくんが迎えに来てくれて、離宮まで手をつないでエスコートしてくれるという、おまけ付きです。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
離宮は城の敷地内にある。
目の前の高い生垣が庭園の終わりだと思っていたが、その向こうに建物があったとは。
城のあちこちを探検したのに全く気が付かなかった。
しかも、すごくわかりやすい門がある。3歳児の目は節穴だらけですね。
中には石造りのこじんまりした二階建てと、かつては花園だったと思われる庭が開墾されようとしていた。ふたりの男が農具を手に格闘している。
花は咲いてないけど、あれはたぶん薔薇の木だ。
ごめんよ、薔薇の精たち。これからそこは芋畑になるんだ。芋の精を悪く思わないでね。
「こちらは先々代の王太后さまが過ごされた宮でございます。姫さまの曾祖母さまにあたりますね。建てられてから、まだ40年ほどですから新しくてきれいですね」
リボンくんの感覚では、40年前の建物は新しいのか。
でも、離宮を見たら城が古臭く思えてきたな。
「おしろは、なんねんまえにできたの?」
「563年前…ティストーム建国の年に建設が始まりました。完成に3年ほどかかったと伝わっております」
それは古い。伝説の一つや二つあってもおかしくないくらい古い。
…………あれ? 伝説なかった? あったね、聖女伝説。
《秘密の国の秘密の恋》のサブタイトルが ~聖女の帰還~ だったよ!
ティストームの建国に貢献した聖女が
転生した聖女がヒロインで、再びティストームの地を踏むのがゲームの始まりだ。
学園ものではないから、出会いイベントは、海岸だったり、街だったり、神殿だったり。
王子たちと恋をして、ティストームの王子妃になったらハッピーエンドだ。
バッドエンドは悪役令嬢の手にかかって死亡。
王子妃になった後、復活した魔王に殺されてしまうというのもあったな。
やだな魔王……復活条件は何だっけ?
そもそもヒロインの出身国の設定がない。
名前も任意でつけられるシステムだったから探しようもない。
わかるのはピンク頭の美少女ということだけなのが歯がゆい。
……ピンクの髪、そんな色ありえるのだろうか?
ベール兄さまが年下ポジションという設定を考えたら、ヒロインがティストームに来るのは最短で5~6年先。
心の準備をしておこう。
◇ ◇ ◇
「来たな、シュシューア」
アルベール兄さま! 今日は乗馬服なのね! 素敵!
「工房は裏だ。こちらから行った方が早い」
離宮内の案内をする気はないらしい。すたすたと建物の脇を進んで行ってしまった。
せかせか…いえ、今日も忙しそうですね。
裏側に来ると、数人の男たちが荷物を入れたり出したり忙しそうにしていた。
さっき通った門より幅のある荷馬車があるので、離宮用の通用口があるようだ。
チャンスがあったらそこから外を見てみよう。脱走したりしないよ。しないつもり。
「彼は商会の職人長のランドだ。大抵のものは彼が作る。見知りおけ」
アルベール兄さまは、その中の一人に声をかけてこちらに呼び寄せた。
ランド職人長は40歳前後のスキンヘッドがまぶしい大男だ。
ニカリと笑って頭を下げてくれたので、私もお返し。
「ここでは仕事以外の会話は禁止だ。ここに来る職人たちにも伝えてある。用があったら『付添人』に話しなさい。付添人は『事情』を知っている者たちだ。ここにお前を連れてくるのも付添人だ……そうだな、離宮にいる間は今のように手をつないでもらっておくといい」
リボンくんも?
「私も付添人です」
リボンくんが微笑む。
そっか~、リボンくんもか~、嬉しいな~。
「さて、何から始める?」
ぽわんとしている間に工房に来ていた。
きれいに掃除された火台。大きな作業台が2つ。鍋がたくさん。桶がたくさん。壁に棚に様々な道具。藁の山がひとつ。薪の山もひとつ。所狭しと置かれた木材。裁断機もあった。
見た感じ、工房と厨房のゾーンが分かれている。
厨房兼工房。どっちで呼ぼう。どっちでもいいか。
おぉ、木灰入り箱発見! 今できるのこれ!
「はいをここにいれて、あついおゆをいれて、あしたまでまちます」
……【訳】木灰を桶に入れて熱湯で浸します。その上澄みを明日、灰汁として使います。
ランド職人長は井戸に直行する。
……井戸。滑車とロープ……ポンプ!
「アルベールにいさまっ、いどです!」
皆まで言わずとも長兄にはわかるはず。はい、黒い笑みいただきました。
「わかった。後でな」
はい。では、お湯を沸かしている間に……火起こしは火打石か。
……メタルマッチ、ファイヤースターター。ちらっ。
「後でな」
はい。では続き。
「わらをきって、みずにつけておそとにおきましょう。おひさまのひかりをあてれば、しろくなるかも」
……【訳】藁を2cm程度の長さに切って水に浸けます。外に出して次の工程まで放置しておきましょう。紫外線に当てると漂白効果が期待できるのです。
ランド職人長は無言でうなずき、作業に入る。
次は、藁を
アルベール兄さまを見て書く仕草をしたら、隣の部屋に用意してあると移動する。
「ここは食堂だ。子供用の椅子がない。ここに座りなさい」
アルベール兄さまは椅子に座り、お父さまみたいに膝をポンポンする。
私はリボンくんに脇を掬い上げられ、パ○ルダー・オン!
ほわわわぁ~ん。
「……殿下。姫さまがどこかに往いかれてしまっています」
「戻ってこい」
ほっぺたのお肉を摘ままれた。はい。ただいまです。
覚醒すると、リボンくんがテーブルに羊皮紙と筆記具を並べてくれる。
形がバラバラで穴も空いているやつだ。心置きなく使える。
簀桁は、木枠に網を張って同じ大きさの木枠を上に重ねたものだ。
試作品の小さなものだから、今回は蝶番はなしでいく。
「このすけたは、おけのなかで、こうやってゆすります」
その動作をすると、リボンくんが隣の部屋に走って桶を持ってくる。
「一番大きな桶です」
「その中で揺するなら、寸法はこのくらいだな」
簀桁の図に寸法を書き入れられ、ランド職務長の作業はすぐに始まった。
私が木を切る音に興味を示すと、抱き上げられて工房へ。
アルベール兄さまから香ってくるこれは……ちょっとお花畑に往きそうになったけど踏みとどまれた。
工房は予想通りの光景と、揃っている大工道具。足りないものは無いようだ。
角材が並んでいるが、木材加工はどうやっているんだろう。
製材所は水車がないと……
「かわのながれをりようした、くるくるまわるのはありますか?」
「水車だな」
もうあった。
「きをきるのに、すいしゃはつかいませんか?」
「使っていないな。後で絵にしておきなさい」
水車があれば、風車も……
「かぜでくるくるまわる……」
「風車もある」
ですね。
「しかし、お前の知っているものとは違うかもしれない。それも絵にしておきなさい。あぁ、分離具と混合具が届いている。そちらも確認しよう」
リボンくんが、両方とも小脇に抱えて立っている。
アルベール兄さまが、分離具といった段階で動いてた。やっぱり有能。
「このように回すと内容物が分離していきます。こちらは足踏み式で素早く混合することができます」
リボンくんの実況です。
小さな樽の容器に手回しの取っ手が付いているのが『分離具』
『混合具』はペダル式で、中の金具が電動のものと似たような感じで少し笑った。
「実際に使ってみて、用途と合わないようだったら改良しよう」
触ってみたいんですけど。ちらっ。
「後にしろ……先に厨房を見て、足りないものがないか確認しなさい。リボ……」
もう隣の部屋に向かっているリボンくんに、アルベール兄さまは苦笑い。
羊皮紙と羽ペンを取りに行ったのね。
じゃぁ、足りないものを言います。リボンくん準備はよろしいかしら?
「すけたよりすこしおおきめの、ぬの2まい。それよりすこしおおきい、まないたみたいないた2まい。あしたもかなづちある?「あります」じゃ、いいね。あとは、はさみと~、ひのしと~、あれ、れいぞうこは?」
……【訳】布2枚。平板2枚。はさみ。火熨斗……冷蔵庫がありませんね。
「後日、商会の料理人が持ってくる。その時にまた呼ぼう。他には………どうした?」
「アルベール兄さま、いい匂い」
お花の甘い香りがします。
「んがっ」
首元の匂いをクンクン嗅いだら、鼻を摘ままれた。
「鼻血を出すのは許さない」
ルベール兄さま、チクったわね。
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