第8話 植物図鑑


私とルベール兄さまは、シブメンの口利きで魔導部の応接室にいます。


植物相談窓口となる『内部で押し付け合って貧乏くじを引いた、シブメンが言うところの”若い者”』を待っています。


ルベール兄さまは自分の執務室に呼ぶつもりだったのだけど、私が魔導部を見てみたいとねだりました。


でも、魔導部に入ってすぐ横にある部屋だったので、期待していた見学は出来ませんでした、まるっ



☆ ☆ ☆ ☆ ☆



「王子殿下、ならびに王女殿下におかれましてはご機嫌麗しゅう……? 薬草課から参りました、ワーナーと申します」


20歳ぐらいの真面目そうな男性から、王族になど会ったことがないという雰囲気の挨拶をいただいた。


「仕事中に申し訳ない。調べていることがあって、魔導士長に相談したらこの場を設けてくれたんですよ」


ほのかに漢方っぽい香り……薬草課だものなぁ。毎日ゴリゴリやってるのかなぁ。指先が茶色っぽいのは薬草で染まっちゃったのかなぁ。石鹸で落ちるかな。石鹸あるかな。


「シュシュ? 彼に聞きたいことは?」


聞きたいこと……たくさん。たくさん、え~と。


「ん? んん? なんだっけ」


何しに来たんだっけ。3歳児の頭、回転悪い。う~ん。


「……………… 今、離宮の工房と厨房を整えているところだよね。シュシュは、そこで、なにがしたい?」


工房、厨房……料理長、プリン、シプード……


「シャーベット」

「うん、それから?」

「わらをにるの」

「そうだね。藁は何になるの?」


はっ!!!


「かみ! わらのかみ。あ、せんいのおおいき? ネバネバなのもほしいの! いろんなしゅるいのえだがほしいのです! いっぱいじっけんしてかきやすいかみをつくるのです。そうしたら、アルベールにいさまのしょうかいが、おおもうけっ……」


「シュ~シュ。お行儀」


はいっ。腕を振り上げるのはよくありませんね。


「あの、植物の質問ですか?」


興奮する子供に引き気味の、え~と、そう、ワーナー先生。


「植物で作りたいものがあるのだけど、何が適しているのかわからなくてね。シュシュ、この人にわかりやすく教えてあげて」


「はいっ。くさったきのえだをふむと、かわがつるんとむける”き”をさがしてます。もうひとつ、たたいてつぶすと、にゅわ~ってなるしょくぶつもほしいです」


指で伸ばす動作で粘液を表現してみた。伝わるかな?


「当てはまる植物がいくつかありますね。図鑑を探してまいりますので、お待ちください」


伝わった。そしてあるのか。


繰り返す失敗と、くじけずに何度も挑戦する熱血な展開はナッシング。

専門家に作ってもらって、専門家に聞いて……なんかチートっぽくないではあ~りませんか。


「シュ~シュ……シュシュはまだ3歳だよ。大人にまかせちゃおうね」


呆けている私の頭をナデナデ…………ふぁぁ。


おにいちゃま~。お花畑が見える~。ふわふわ~。

うふふ、あはは……




「お待たせしました」


…………早いね、ワーナー先生。


リボンくん並みの優秀さ?

もうちょっと遅くても良かったよ。

ルベール兄さまと……あぁ、ナデナデが終わっちゃった~。


「かび臭いですが、お許しください」


めくられるたびに、かび臭がほわん、ほこりもふわん。


目的のページが見つかって、こちらに向けてテーブルの上に置いてくれる。

木の絵だ。葉、実、根の形が描かれている。


「え~、こちらが、その…………つるんです」


へ?


「つるん……にゅわ~、つるん……つるん」


あ、あ。


「にゅわ~」


ページをめくるたびにワーナー先生の真面目そうな印象が崩れていく。

3歳児が相手だものね。私に合わせてくれてるのよね。


「つるん」


もういいですから~~~(泣)


「……グフッ」


兄が決壊した。


「うくっ」

「がはっ」

「くくっ」


廊下から? あぁ、上司か同僚……


我に返ったワーナー先生の顔は真っ赤になって固まってしまった。

これは気の毒。


こども猿芝居、始動!


「わぁ、ワーナーせんせい、しゅご~い! シュシュでもわかるの。もーいっかいおしえて~。おにいしゃま、メモのごよういはよろしいれしょうか。ワーナーせんせ~、もういっかい、さいしょからおねがいしま~しゅ」


ホワッツって顔のルベール兄さまにむけて、テヘペロッ。


「……う、あ、めも…ね、記録だね。うん、用意できてるよ。ははは」


「も、も、申し訳ありません、つい……」


「せんせ~。はやく、はやく~」


空気読まずに空気変えてます。


「……はい。これです…ね。えー、大木…大きくて太い木ではなく………」


植物の名前と特徴を、子供でも分かるように、丁寧にゆっくりと説明してくれる。

物腰柔らかいし、子供になれているっぽいし、相談窓口がこの人でよかったな。

お礼は何がいいだろう。お菓子? 商会からの金一封?


黙々と記録を取っている兄さまの横で、私は外世界に想いを巡らせる。


城の外には人がいっぱいいるんだろうなぁ。貴族街とかあるのかな。

森や山は? 王都の外にあるのかな? 遠いのかな?


「ルベールにいさま、やまのきはだれにとってきてもらうのですか? いつごろとどきますか?」


「商会から冒険者ギルドに依頼することになるね。納入はどうだろう」


「これらは落葉樹なので、今の時期は探しやすいですよ。こちらも収穫時期です。そうですね、順調にいけば……」


『冒険者ギルド』って言った!?


パーティー組んで魔獣討伐とかに行っちゃうアレ?

植物採取は Fランクのみなさんの仕事だったりする? ロ~マ~ン~。


「シュシュ、他に聞きたいことは?」


あ、聞いてなかった、記録終わったんですね。


「…………」


さぁ、3歳児の脳よ、働け!


「………… おイモ! しょくりょーきき、たいさく!」




《秘密の国の秘密の恋》


ルー王子が生まれた年に、北部で大飢饉がおこるのだ。

原因はファンブックにも記載されていなかったからわからない。

でも、その大飢饉のせいでルーは凶王子とか呼ばれるようになってしまう。

呼ばせませんよ。絶対に。




「芋ですか? 家畜の餌の?」


出た。家畜の餌ネタ。

もしやと思い、稲の絵を描いて聞いてみたら、案の定それも餌だった。

でも、あるなら助かる。お米の国の出身ですから。


「まるいおイモと、ながいおイモ、おコメ…むぎみたいなのの、ずかんがみたいです」


「探してまいります」


ワーナー先生は再び席を立つ。


一瞬、私たちがそこに行ったほうが早いのではと思ったが、目の前の図鑑の状態を見て断念した。

きっとひどい状態の資料室に違いない。




……待つこと数分。


小麦と大麦はわかりやすく、お米も同じ並びに載っていて勝ったも同然。

そして、そして。根の図鑑はとーーーっても素晴らしいものだった。


「きゃーん!」


ジャガイモとサツマイモらしきものを見つけて、兄さまにメモしてもらい、後は流して見ていたら、出るわ出るわ!

これ生姜じゃない? これは明らかに蓮根。長いのはゴボウなのか長芋なのか。人参っぽいのも、大根っぽいのも、カブっぽいの……………… カブ?


あ、あ、あ、忘れてた『てん菜』!!!


サトウキビじゃない方の砂糖のもと! 寒げなところでも育つ根菜!


砂糖が高いなら自国で作ればいいじゃなぁ~い?


「シュシュッ! 鼻血っ!」


ありっ? ふがっ!

兄さまがハンカチーフで私の鼻をわしづかみっ!


「気分が悪いの? シュシュ?」

「ぢがっ……いじゅもの…」


興奮すると出る、いつものやつです。


「…………もう、また? 今日はここまでにしよう。ワーナー魔導士、後日また頼みます」


「は、はぁ。あの、御典医は? 呼びに行きましょうか?」


兄さまは首を振りながら『昼寝させれば治まります』と、私を抱っこして魔導部を後にするのだった。



☆ ☆ ☆ ☆ ☆



「もう止まったかな?」


「……… ブシュン!!!」



鼻血って飛ぶんですよ。知ってました? ルベール兄さま。

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