第7話 俺の妹(side ベール)


俺の妹は馬鹿だ。


ひとりでどこかに行ってはダメだと、何度叱られてもいなくなる。

専属侍女がちょっとよそ見しただけで、いなくなる。

心配した母上が専属侍女を増やしたが、いなくなる。


城の中なのに、体が小さいから変なところに潜りこんで、なかなか見つからない。

そんな時は城中で捜索が始まる。

いなくなるたびに専属侍女を増やすが、同じ勢いで辞退されていく。


変わった姫だとの噂はすぐに広まり、とうとう専属侍女の成り手がいなくなった。




専属侍女をつけるのを諦めた父上は、探査魔法に反応する魔導具をシュシュに持たせた。

本人がそれとわからないようにしているそうだが、俺にもわからない。


ゼルドラ魔導士長の自信作『愛娘発見具』

父上が命名……どうかと思う。




『愛娘発見具』のおかげで、城は平和になった。


シュシュの姿が見えなくなれば、すぐさま侍女長が『愛娘発見具』を取り出す。

その都度に現場の侍女に指示を出すことで、シュシュの安否が確認されている。


専属侍女はいないままだ。

しかし、それを知っている城内の人々が、それとなく姫君を見守っている。

妙な連帯感が生まれ、個々の危機管理が意識され、城の警備費が軽減されたそうだ。


相乗効果なのか、城下の治安も良くなっていった。


これをゼルドラ魔導士長の功績として、父上は『愛娘発見具』の売買権利を下賜した。


かつて、悪用の可能性を危惧していた魔導士長は、父上に騎士団の秘密魔導具にと進言したのだが、時すでに遅し……『愛娘発見具』は侍女長の手に渡っていた後だった……という経緯がある。

侍女たちの間では『姫さま発見具』と呼ばれ、日々使いまわ……愛用されている。秘密保持ならず。



そういうことで、その探査具は商業ギルドに特許登録された。


製作実費は石板と子具のみ。

魔法構築(これが大変。魔導士長の才能)は出来上がっているので、複製(修行中の魔導士でもできる)するだけ。

子供の玩具のような原価に、富裕層にしか買えない金額を設定して、消極的な販売を開始。

《西大陸商業ギルド》の《ティストーム王国・王都支部》が専属で請け負った。


自衛手段のひとつとして、そして意外なところで高級家畜の管理にと、問い合わせが来ているらしい。

外国には馬鹿高い関税をかけて輸出すると、晩餐の席で父上が笑っていた。




こうして魔導士長の私産がじわじわ膨れ上がっていたところに『プリン』が、友人(料理人A)の手によって持ち込まれた。


とんとん拍子に話しが進み《アルベール商会》に投資することになって、今に至る。

王女殿下のために作った魔道具で儲けた使い道のない金を、王女殿下が作る新しい甘味のために使う。


妹が馬鹿だから繋がった縁と、言えなくもない。





俺は妹が心配だ。


いろいろ知っているくせに、物覚えが悪い。

同じ失敗を繰り返すし、周りがちっとも見えていない。


………普通の3歳児か?

そうだな、普通なのか。ん? 違うよな。

普通じゃなくてもいいけどな。妹だし。


今日も馬鹿なことをやらかした。


シプードを凍らせるように料理長に頼み、

蜂蜜を乳と混ぜたものを凍らせるように料理人Aに頼み、

両方をこっそり持ち出して、俺のところに来てくれやがりました。


別々に頼んだからバレないと、腹が立つほど得意気に。


そして砕いてくれと、庭師から借りてきた木槌を押し付けてきた。

フォークと木槌で砕いてやったがな。旨かったがな。


褒めてほしそうにしていたが、褒めねえよ馬鹿。


これは誰にも言えない。

馬鹿と秘密を共有してしまったが、いつかばれるだろう。

自分で墓穴を掘ってアルベール兄さまに叱られるんだ。

俺の名前は出すなよ。

出すだろうな。


そういや、セルドラ魔導士長も試食には呼んでくれと……あ~、面倒くさい。





あぁ、またひとりで歩いてる。

どこに行くつもりだ。


うわっ、転んだ。

泣いてないな、よかった。

うん、立ったな。


あっ! また転んだ。

よりにもよって水たまりに……


「先生、ちょっと……」

「あぁ、行ってやりなさい」


今日は剣の稽古は終わりだ。

シュシュを風呂に入れないと。


怪我してないかな。

傷が残ったら母上が落ち込むぞ。


妹だから仕方ない。

妹だから助けてやる。

妹だから守ってやる。


だから、どこかに行く前に俺を誘え。


まったく。





最近は……


リボンの姿を見かけるたびに、体をくねくねさせる妹が、気持ち悪い。

馬鹿に阿保が加わった。

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