第6話 秘密会議
試食会は滞りなく終了し、商業ギルドの職員は特許申請書を受け取って帰っていった。
もの言いたげに子供たちをチラチラ見ていたが、アルベール兄さまが『はい、解散!』の空気を醸し出したので、とっとと帰ってもらったというのが正しいかもしれない。
ちびっ子の我らは、ルベール兄さまに優しく今後の指導をされている。
「これからは、相談や欲しいものがあったら僕に言ってね。アルベール兄さまは忙しいから、僕からまとめて報告するからね。いいね?」
「「はいっ」」
いい返事をしておいた。私たちは良い子です。
「じゃぁ、さっそく欲しいものを言うぞ。蜂蜜はもう言ったから……
「ほそく、かける?」
「画家が使ってるやつか。それは買ってもらおう。あとは筆用の
私のつぶやき……なぜ全部覚えてるのでしょうか。
「蜂蜜の件で残っていましたが、他にも話し合う必要がありそうですね」
シブメンいたんだ。
「いましたよ」
顔に出てましたか。失礼しました。
「蜂蜜は卿の領地で取れるのだったな。そこはまかせていいか?」
経費節減案件に、アルベール兄さまの目がキラッと光る。
「ええ、商品化するまでは無償で提供いたします」
なんと太っ腹な! 欲をかいていいでしょうか!
「シプードのこおりがしのほかにも、つかっていいですか?」
「かまいません。しかし試食には必ず呼んでください」
「よろこんでっ」
蜂蜜ゲーット!
「なぁ、シャーベットってなんだ? さっきちょこっと言ってたよな」
私のつぶやき……ベール兄さま……
「え~と、はんぶんこおっているおかしの~、え~とぉ~」
「じゃぁ『シプール・シャーベット』でいいな」
はやっ!
「シュシュ~、今度は僕のために何か作ってよ」
「お前は『ル』がついているから、いらんだろ」
「それを言うなら兄上には『アル』がついているじゃないですか」
「……… 長くなりそうですね。会長の執務室に移動しませんか?」
ひとり会話に加われなかったミネバ副会長が、会議室のドアを開けるのだった。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
アルベール兄さまの執務室に移動してきました。
侍女がお茶をセッティングして退室するのを待ち、応接テーブルを囲んでの秘密会議が始まります。
まずはお茶を一口飲んでから始めるのが作法。
熱っ!
◇ ◇ ◇
「事後報告ですまないが、父上に許可を頂いて、ミネバにもシュシューアの記憶の件は話してある。だから、気にせず、思う存分、包み隠さず話しなさい」
アルベール兄さまの言葉に合わせて、ミネバ副会長が私に頭を下げた。
了解です。信用します。はい。
「……では、順番にいこうか。ミネバは記録を取ってくれ」
邪魔になる茶器をワゴンに移し、話し合いのための気合をアルベール兄さまが入れる。
『さぁ、儲け話の開始だ!』……ですね。
羽ペンとインク瓶。はい、出ました羊皮紙の束。
アルベール兄さまは羊皮紙の1枚を手にして、私に振って見せた。
「これの代わりが
ニヤリ。
うひぃ、黒い微笑。なんで?
「会長のこれは『金の匂い』に反応した時の顔ですので、怖くありませんよ」
ミネバ副会長が苦笑いしながら言った。
そうなの?
部下に失礼なことを言われても気にしていない様子だから、そうなのかな?
「アルベール兄さまは金儲けが好きだって言ったろ? すげー真剣に好きなんだよ」
「損失を出さなければ大丈夫。怖くない、怖くない」
兄ーズ。それはフォローのつもりですか?
「シュシューア、説明しなさい」
「………はい。えと、ようひしにくらべれると、かなりしつはわるいです。でも、わらはやすいので……」
3歳児の語彙では伝わりにくいのがもどかしい。
かなり端折って要約した内容はこうだ。
『藁を縦に細かく裂くと糸みたいになりますよね。その部分を繊維といいます。その繊維を煮て柔らかくして絡ませ、水に浮かせて平たい網ですくい、均等にならして乾かすと紙になります』
「「「「「………………」」」」」
……うぅ、みんな頭の中で想像しているのか、無言だ。
「藁で編んだ敷物の目が、細かくなったものと考えれば……なんとなく」
ルベール兄さまが、自分でも納得できていない呻きをもらす。
「糸、繊維……布に近いのか?」
首をひねるアルベール兄さま。
「ごわついた布を
シブメンは貴族のボンなのに、
「一度作ってみないことには始まらんな。何を用意したらいい?」
アルベール兄さまが必要なものを言うように即し、ミネバ副会長がペンを構える。
「う~ん…わらを、このくらいのながさにきるはものは、どんなものがあるでしょう。こうやってきるとか……」
指で2cmくらいの長さと、裁断機で切る動作で確認してみる。
ミネバ副会長が『あります』と答えた。裁断機オッケー。
「わらをにるなべと、わらといっしょににる、きをもやしたはいを……」
切った藁と灰汁を合わせて煮る。柔らかくなった藁をよく水で洗う。槌で叩いたものを再び細かく切る。節など余計なものを取り除き、ミキサーにかけ……と説明しようとしたら、アルベール兄さまに途中で止められた。
「水と火を使うようだから、厨房の近くに簡単な作業場を作ろう。藁紙の件はそれからだ」
そうなりますよね。
「アルベール兄さま。シュシュは図面が書きたいんだよ。シュシュの説明だけじゃ、たぶん何もわからないぞ」
否定はしません。
「書き損じて表面を削った羊皮紙を用意しよう。穴が空いたりしているが構わないな?」
「はい! じゅーぶんです!」
ベール兄さまと目を合わせて『やったね』の笑顔。第一関門突破!
「もしや細筆というのは藁紙用ですか? 羽ペンでは表面が荒すぎて書けないということでしょうか」
鋭い!ミネバ副会長!
足をばたつかせながら思い切り頷いたら、ルベール兄さまに『お行儀』とチクッと叱られた。
「王女殿下。煤の色液が気になります。現在使っている没食子インクとは違うのですかな?」
シブメンは私を王女殿下と呼ぶのね。
「インクはこうかとききましたので、すすとにかわをねって、じぶんでつくろうと、おもいました」
シブメンの言う没食子インクという液体は、水に濡れても負けない大変優秀なインクで、お値段も大変優秀だ。
材料のタンニンを取るために「虫こぶ」を使うというネット記事を読んだ段階で覚えるのはやめてしまった。そんなの触れない。
私が作ろうとしているのは、日本人にはお馴染みの、
植物油のランプの火から出た煤と
液体の墨は内容物を沈殿させない工程が面倒そうなので、それも覚えなかった。
「煤を膠で固めた黒液の元はありますよ。羊皮紙に使われていないので流通はしていませんが……藁紙が出来上がったら、商会の職人に作らせましょう」
存在はするが、人気がないから販売していないと。
「兄上。藁紙ができたら『煤インク』と『細い筆』を抱き合わせで販売したらどうでしょう」
習字セット!
和紙みたいに綺麗な紙が欲しいな。
木の皮の繊維が多いやつを探してもらったらどうだろう。
いや、そうしたら木の繊維だけでよくない? 藁いらなくない?
あぁ、でも、藁は
「う~ん、う~ん」
皆に注目されてるのはわかってるけど、考えをまとめたい。
植物紙は、植物紙は………う~ん。
「………しょくぶつにくわしいせんせいを、しょうかいしてください」
断念。この世界を知らないから、考えても無駄だった。
「薬草課の若い者を出向させます。好きに使ってください」←職権乱用
「シュシュ、僕と一緒だから知らない人でも大丈夫だよ」←監視
「そうだな。父上には私から話しておこう……ベールはだめだ。自分の教科を先に就業させなさい」
参加したそうにしていたベール兄さまは、言い出す前に止められてしまった。
◇ ◇ ◇
「後回しだ……」
私のいち推しアイテム『針金製造具』は、無情なアルベール兄さまの声で棚上げされてしまった。
「調理器具だけの針金ならすぐに用意できますよ」
用途を説明しつつ『泡だて器』の絵を描いて見せたら、ミネバ副会長に即答されてしまったのだ。
続けて『生クリーム用しぼり器』も「金属の薄板を加工して革袋と組み合わせればよいのでは?」
そうですね~。
「プリンアラモードの知名度が上がったら、調理法を書いた紙と、その二つの道具を組み合わせて販売しましょう」
ルベール兄さまは、セット販売がお好き。
「母上のお茶会が最初のお披露目だ。その後が楽しみだな」
王妃主催のお茶会は流行の発信源。
そして貴族夫人たちの噂は広まるのが早い。
「商会に問い合わせ殺到。商会のレストランに予約が殺到……ふふ」
「コホン!」
勝手に希少価値がついて噂が独り歩きしたら、王都外の各領地に……とかなんとか販売計画を練る会長の黒い空気を、副会長が咳払い一つで霧散させた。
「王女殿下。話を聞きますと、それは薬の調合に使われる『分離具』と『混合具』が該当するかと」
それもありましたか~。
「しかし、これは……藁紙を作りたくもなりますね」
ミネバ副会長の記録用羊皮紙は、私の下手くそな絵で一杯だ。
(羊皮紙はいいが、羽ペンが細くて使いにくい)
「その六角形は蜂の巣ですな? 当領では籠を逆さにした中に巣を作らせて取りますが、他に方法が?」
描きかけの養蜂箱の絵を見て、シブメンはすぐに察してくれた。
私が知る養蜂箱は『巣枠パネルを下げた箱タイプ』と『重箱タイプ』で、箱の説明は簡単だったが、あの六角形柱の集まるハニカム構造を人の手で作る方法がわからない。
シブメンはアルベール商会の職人に依頼する方向で話を進めたが、私が待ったをかけた。
ハンドルをひねって人工巣の六角形を縦に少しずらすと、中の蜂蜜が下に垂れてくるという画期的な『自動採取巣箱』を発明したオーストラリア人がいたのだ。思い出した。
あれを動画で見た私は興奮した。その興奮はシブメンにも伝わった。
「便利なのはわかるが後だ、後」
しかし、またもやアルベール兄さまに棚上げされてしまった。
「じゃぁ、シプード・シャベットの話しをしようぜ!」
ベール兄さまが身を乗り出す。
「あぁ、忘れていた。商会から厨房の料理人たちに礼金を出すことにしたのだった。これは菓子の製法を守った褒賞も兼ねている。ベールの機転のおかげだな」
アルベール兄さまが思い出したように言った。
みんな頑張ってくれたものね。特に生クリーム作り。
「料理人たちは心得ていたよ。ちょっとした会話も外に漏れていない。ベールのお手柄だね」
「へへっ」
いいな、いいな、兄さまたちに褒められた。
「シュシュは可愛いね」
わ~い。私チョロい。
「……シュシューア。菓子はどのくらいの種類を作る予定だ?」
アルベール兄さまは、難しい顔をして何かを思案中。
私は『たくさん』と答えたけど、それは答えではないらしい。無視された。
「え~と……それはもう、ゼルドラまどうしちょうが、ひめいをあげるくらい、かぎりなくたくさん(ここでシブメンの唇の端が上がった。私は見た!)のしゅるいがあります。ふんわりしたパンもつくります。しょっぱいおかしもあります。からいおかしもあります。おにくのりょうりもあります。おさかなのりょうりもあります。おいしいちょうみりょうもあります。はっ、たいへんです! アルベールにいさま! はたけがないです! いもテロのじゅんびを……」
「待て待て……わかった。さっき言った作業場は中止だ。使われていない離宮を商会で借りよう。そこを商会の開発部門にして、あ~、誰を常駐させるか……」
二年で蓄えた金が全部飛ぶ、いや、投資は必要だ。ミネバはどう思う? 卿の意見も聞こう。う~、経費を削るにはどこからか……いけるか?
苦悩している。
私も前世ではお金に苦労した。
「アルベールにいさま、ひめよさんをきふします!」
(国庫から王族の個人に予算が組まれているはずだ)
「は?」
「もっているドレスをうります!」
(後から知ったことだが、売るほど持っていなかった)
「ん?」
「もっているほうせきもうります!」
(そもそも持っていなかった)
「え?」
「俺も欲しい剣があったけど、買わないで寄付するぞ!」
「兄上。よろしければ、僕の収集している本を……」
「会長。出資額を増やしますから」
「王子殿下。私も出資を増やしましょう」
みんな雰囲気に呑まれている。
いえいえ。これはアルベール兄さまの人徳です。
「いや、待て……すまん。取り乱した。私個人の資産がある。それが尽きたら協力してくれ」
そうなの? そうなんだ。
やる気を出した全員が、何故かがっかりしている。本当になぜだ?
「……コホン。まずは陛下に離宮の貸出し許可を頂かないとなりませんね」
いち早く正気に戻ったミネバ副会長が、至極まっとうなことを言う。
「管理費だけがかさむ離宮の賃貸料が入るんだ。説得できる。できなかったら……シュシューア、父上の前で、泣け」
しょんな!
「王族は5歳にならないと城から出られない。菓子が作りたいと、工房が欲しいと、駄々をこねろ。シュシューアのためなら父上は折れる」
あ~、う~。
「リボン!」
「はいっ」
「父上に会いに行く、先触れを出してくれ」
「はいっ」
あぁ、リボンくん。ちょっとしか顔が見えなかった。
「ベール、シャーベットはしばらく待て。新しい菓子は作業場の方で作る。」
「はい」
え? もしかして特許を取るつもり?
「こおらしたのを、くだいてまぜるだけです。だれでもつくれますよ」
「シュシュ、プリンの時も同じこと言ったよな」
そうだっけ? 覚えてない。
「よしっ、父上が会ってくれる」
リボンくん、もう返事もらってきたんだ。もしかして優秀?
「行くぞ、シュシューア」
私も行くの? ……あれか、泣く係!
「父上に甘えろ。そして、泣け」
わ~い、お父さま~。
わ~い、抱っこされちゃった~。
わ~い、わ~い。
私は大はしゃぎしなら、泣きまねをした。
馬鹿な娘の猿芝居にウケた王さまは、簡単に許しを出したのだった。
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