第4話 ファミリータイム


アルベール兄さまには公務があるので、先触れを出してしばし待つ。


ゼルドラ魔導士長には先触れを出さずに料理人Aが押しかける予定だ。

彼らはたまにスイーツ談義をする仲なのだとか。上手いこと言って引き込むと息巻いていた。


私はお昼寝。ベール兄さまはお勉強。

程よくプリンが冷えた頃合いに、ベール兄さまと料理長を連れて、アルベール兄さまの従者見習い・リボンくん(15)が迎えに来てくれた。

彼の名前は一発で覚えたよ。残念なことに騎士になる予定はないそうだ。



☆ ☆ ☆ ☆ ☆



同行してくれた料理長が持つ盆には、プリンが2個のっているのが被された布の形でわかるが、それに対してスプーンの数が異様に多い。なんか予感がするな~。


この予感は的中。

執務室に入ってすぐにわかったよ。

お父さま、お母さま、アルベール兄さま、ルベール兄さま……味見する気満々ですね。


「やぁ、シュシューア。アルベールだけに声をかけるなんて淋しいじゃないか。砂糖を使って良いと許可を出したのはお父さまなのに」


ぜんぜん淋しそうに見えませんが。暇なんですか? 暇じゃないですよね。会議の予定が入ってましたよね。いいですけど。嬉しいですけど……お膝に乗ってもいいですか?


「ベールにいしゃま。また、ちとくち、しゅるの?」


そのスプーンの数は、ひとくち大会用ですよね。


「そういうことになった。俺、もう1個食べるつもりだったのに」


食べるつもりだったんだ。あ、冷たいほうのプリンも食べたかったのね。


「こりぇはベールにいしゃまのためにちゅくりました。アルベールにいしゃまにたべてもりゃうのはベールにいしゃまがきめた、とーししてくりぇるしとなのれ、いいのれしゅ。れも、おとーしゃまと、おかーしゃまと、ルベールにいしゃまは、よこはいりれしゅ。いけましぇん。もういっこはベールにいしゃまがたべてくらしゃい。みんなにわけてあげりゅなら、ベールにいしゃまはみんなにおかにぇをもらってくらしゃい。そうしちゃら、またちゅくってたべられましゅ」

……【訳】投資目的のアルベール兄さま以外の方には、料金を請求しましょう。


「シュシュ……アルベール兄さまみたいなこと言うな。あっち行って座っとけ」


なっ、なんですとっ? 私をのけ者にする気ですか?


「シュシューア、お父さまのお膝においで」


お父さまが膝をポンポン叩いてにっこり私に微笑む。

さっきそこをチラ見したの気づいたんですね。


「わ~い」


でもすっごい嬉しい。胸がふわぁ~ってなった。

転生者であろうとも、しょせん私は子供である。きゃ~ん、パパ~!

かいぐりかいぐりされて、私はもうお花畑の住人だ。

プリン? なにそれ、美味しいの? あ、美味しいですよね。

……戻ってきてしまった。早かった。


「まずはひとくちだけだぞ。俺も我慢してるんだから……料理長」

「はい、こちらです。崩れやすいので、こぼさぬようにお気を付けください」


料理長、今回は噛まなかったね。


「ベールにいしゃま、おとうしゃまの、もういっこのあし、あいてりゅよ」


おいでおいでと手招きするが、ベール兄さまの顔は『?』だ。

ねぇ、一緒に甘えようよ。


「ほらベール、そなたもおいで」


お父さまがもう片方の膝をポンポンすると、ベール兄さまの顔が火を噴いた。


「えっ、あっ、えぇ~?」

「兄上の出番ですよ」

「そうだな……よっと」

「わっ」


アルベール兄さまがベール兄さまをひょいっと抱き上げて、お父さまの膝の上にストンとおろした。

そして、お父さまの腕が優しくベール兄さまを包み込む。


「ふたりとも大きくなったな。元気に育ってくれて、お父さまは嬉しいぞ」


お父さまは、私とベール兄さまをギュッと抱きしめた。

私の頭にチュッ。ベール兄さまのオデコにチュッ。


「……っ!」


固まったベール兄さまに気づいたお父さまは、続けてベール兄さまの顔じゅうにチュッチュッチュッチュッ。


照れ隠しにジタバタしている息子を、お父さまは離そうとしない。

私はそれがおかしくて指をさして笑ってしまった。

「人を指さしてはいけません」とお母さまに叱られたけど、お母さまも笑っている。


「忙しさにかまけて、遊んでやれなかったな。すまなかった、ふたりとも」


私にももう一度チュッ。


「トルドンとの諍いが始まったのは、ベールが産まれたころでした。私も国境支援活動に目を向けすぎていましたね。反省します」


「兄上、僕ももう公務の手伝いができますよ。僕たちで父上たちの時間を作りましょう」


「そうだな。父上、母上……これからは下のふたりを存分に可愛がってあげてください」


上の息子たちの心遣いに、両親がキュンときている。


優しくて格好いいお兄ちゃんって、いいなぁ~。

やんちゃなベール兄さまは弟みたいで、好きだなぁ~。

前世では兄弟がいなかったもんね~。

パパママの愛情をダイレクトに感じるのも、こそばゆくていいわぁ。


いいなぁ~、こういうの、いいなぁ~。


前世の両親も笑顔が素敵だった………お父さんも、お母さんも、いつもいつもニコニコしてて…… あれ? いつも同じ顔だったような……変だな…んんん、ん?


……もしかして、あれは、写真…じゃなかった? 両親との、思い出が………ない?



「…………うしょ」



ぼたぼた涙がこぼれてきた。


なにこれ。喉の奥がすごく熱い。



「……シュシュ?」



最初に気付いたのはベール兄さまだ。

何の予兆もなく、大粒の涙をこぼす妹に戸惑っている。


あえぐ喉からあぐあぐ音がもれてくる。

体もがたがた震えてきた。

止まらない。


「…っ! シュシューア、どうした?」


少しうわずったお父さまの声。

お父さまの顔が涙で見えないよ。



「………あ…あぅ…あ…お…と…しゃま、おと…しゃま…ろうしよう……まえ…は、かじょくが、い、いなかったみたい、らの。ち、ちいちゃいときに、しんじゃった…みたいれ、じゅっとひとりれ、しゃみちかった…みたい……どうしよう…ひとりだったの、ひとりで…しんじゃったの、すごくいたかったの……いっぱいこわかったの! うわぁあぁぁん!!!」



思い出さなくていいことを思い出してしまった。

孤独で、でも周囲まわりもみんな孤独で、寄り添う人がいなくて、みんなひとりで立っていた。

そんなところで生きていたの。淋しくて泣くこともできなかった。淋しいとも気づいていなかった。


「今はお父さまがいるぞ……母も兄たちもいる。みんなシュシューアを愛しているぞ」


だから寂しくないと、お父さまは言った。

お母さまも、お兄さまたちも、私の名を呼んで頭をなでてくれた。

何度もキスをしてくれた。

愛していると抱きしめてくれた。



『お父上が正しい』


…………シブメンが言ってたな。


だったらシュシューアは幸せ者だ。



☆ ☆ ☆ ☆ ☆



……その後、私は泣き疲れて眠ってしまったようだ。


ベール兄さまがどうしても私から離れなくて、両親の寝台で4人一緒に寝たみたいなんだけど、そのまま起こされずに朝まで寝てしまったものだから、盛大におねしょをしてしまった。トホホ。

一番被害を受けたのはベール兄さま。

寝巻の肩のところがぐっしょり濡れてて……少し臭い(私のオシッコだけど)

どんな寝相だったんだか。


……で、子供二人はお風呂へ直行。


お湯をちゃぷちゃぷしながらベール兄さまが言うことには、アルベール兄さまの執務室にいた面々は、訳のわからない私の嘆きにしんみりしちゃったそうな。


そこで、お父さまは初めて家族に打ち明けた。


『シュシューアには前世の記憶がある』……と。


しかし、たまたまその場に居合わせてしまった料理長の号泣がすごくて、逆に冷静になれてよかったと言っていた。



『前世の記憶があるのに、なぜ人形遊びばかりしている馬鹿な子供のままなのか』

……というアルベール兄さまの疑問は、全員が思うところではあったようだが…失礼ね。


しかし、自分でもそう思う……人形遊びの何が楽しいのか。

楽しいのだ。

落ち葉を集めて、石を並べて、くだらない遊びが訳もなく楽しいのだ。


『記憶は大人、頭脳は子供』……あれ? アニメと違うな。



『新しい命で、新しい人生を始めているのだ。そこに《記録の書》を持ち込んだのだろう』


……というお父さまの言葉に、みんなが不思議と納得できたそうだ。


おかげで前世の《記録の書》から引っ張り出してきた菓子を受け入れてもらえた。


美味しいと好評を得たようだが、ベール兄さまの口調からは様子が想像しにくい。

同情票もあったのではなかろうか。

同情されているうちに次を急がなくちゃ、という心の内は内緒です。



続いて、お父さまが呼び寄せたゼルドラ魔導士長が登場したそうな。


今際の際いまわのきわの記憶が戻ったら、そういうこともあるでしょう。父親を頼って泣いたのなら大丈夫です。そういうものです………で、新しい菓子の件ですが」


無事にプリンに食いついたようだが、シブメンは空気を読まない男だった。




「シュシュ! 次は『プリンアラモード』だろ? 早く作ろうぜ!」


泣いた私はすっきりしたし、もう気にしていない。

そういうのはベール兄さまにもわかるようで、今はまったく気を遣われていない。

私たちは前より仲良くなったし、家族の仲も深まった。


「とってもおいしいしいから、かくごしてくださいませ!」


お菓子の名前は伝えたままの『プリン』に決まった。

プリンの進化系の話しをしたら、お父さまからまた、厨房使用許可をもらえた。


これは《スイーツテロ》ですよね!

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