第2話 乙女ゲームの世界だ
輝く金髪。煌めく紫色の瞳。艶やかな白い肌。瑞々しい唇。しなやかな指先。細くくびれた腰。
母の美しさを謳う賛辞は数知れず……失礼、ほとんど父の惚気です。
そんな母の美貌を受け継いで『人生勝ち組!』と浮かれている、転生者のシュシューアです。
まだ3歳なので腰はくびれていません。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
『異世界に行っても困らないように知識を蓄えておこう!』
……などと、ネットで検索していた覚えがある。
きっかけは社員旅行で行った北海道の雪乳工場見学。
昔は生クリームってこうやって作っていた……ってな道具を紹介されたら『この知識は役に立つ』と、恥ずかしい確信を抱いちゃったわけだ。
役に立てようと思っている。
今、まさに、その時が来た。
「おとうしゃまがね、わたくちがてんしぇーしゃらってことは、あなたにらけ、しょうだんちたってゆーの。だかりゃ、わたくちのしょうだんにも、のってほしーのでしゅ。あにょね、いしぇかいのおかちをちゅくりたいの。プリンってゆーのよ。生クリームをのしぇると、とってもおいちーの。だかりゃ、おさとうちょうらい」
……【訳】プリンアラモードを作りたいので、お砂糖を買って下さい。
お父さまが『娘が転生者である』と唯一相談したのがこのシブメン魔導士(推定年齢35歳)だ。
現在、彼の仕事部屋に突撃しています。
そして嫌そうに対応されています。
さぁ『そうでしゅか~』と可愛い姫にメロるのだ!
「…… そうですか」
きたきたーっ!
「お父上にお願いしてはいかかですかな?」
「おとうしゃまは、おしゃとうはこうかだから、おままごとにちゅかっちゃダメってゆーの。でもね……」
「お父上が正しい」
最後まで聞けい!
首根っこつかまれて、カッカッカッ。キーッ。ポイッ。パタン。
廊下に放り出された。
仮にも王女たる私にこの仕打ちですか!?
「きぃ~っ……なきわめいてやりょうかちりゃ。もうプリンちゅくってもたべしゃせてあげないんだかりゃ。みしぇびらかして、ほえじゅらかかしぇてやりゅわ」
……【訳】出来上がったプリンアラモードを見て悔しがるがいいわ。オーホホホ!
はぁ、3歳児……無力すぎるわ。
もうちょっと発音を鍛えてから出直すべきか。
文字もまだ、ほとんど読めてないしな。
絵本でも読んで力をつけよう。ん? 絵本持ってたっけ?
…… などと、暢気に構えていたのは昨日までのこと。
今日の朝食の席で家族の顔を見ていたら、さらなる前世の記憶がよみがえった。
お父さま ロッド国王陛下
お母さま トゥーラ王妃殿下
お兄さまたち…………………………………
第一王子 アルベール殿下(15)
第二王子 ルベール殿下(13)
第三王子 ベール殿下(7)
乙女ゲーム 《 秘密の国の秘密の恋 》……
兄さまたちって『攻略対象』じゃないの! !
このゲームは、大変後味の悪いハッピーエンドだった覚えがある。
ヒロインが選んだ王子が王太子となる……それはいい。
恋に破れた他の兄弟は傷心の旅に出てしまう……それもまぁいいとする。
『二度と帰ってくることはなかった』
最後のナレーションで、あっさり行方不明になってしまう……これは駄目でしょう?!
兄弟仲が壊れないエンドは、逆ハーレムしかない。
だけどね。
逆ハーレムを迎えると隠しキャラの第四王子が登場しちゃうのだ。
……ということは?
私の可愛い弟(まだ産まれてないけど)も、ヒロインに食われるの?
美形王子四兄弟、食い散らかし?
ねぇ、ヒロインちゃん。
私の兄弟に何してくれちゃうわけ? あ~ん?
たしか悪役令嬢の筆頭はレイア…レイヤ…そんな響きの名前だったはず。
ヒロイン虐めるの私と代わってくれないかかしら。
虐めるだけで済ませるつもりはないけどね。
いや、その前に回避?
そうね、回避は大事ね。
今できることはあるかしら?
え~と、え~と。
……二年後に産まれる弟の名前、変えちゃっていいかしら。
「どうした、シュシューア。お父さまの顔に何かついているかい?」
「おとうしゃま……もち、おとーとがうまれても『ルー』となまえをちゅけないで、くらしゃいね。ティシュトームのおーじは、ちたにいくほろ、ちゃりなくなりゅって、わらわれちゃうの。かわいしょうよ」
……【訳】私の弟に「ルー」と名付けるのはやめてください。ティストームの王子は下に行くほど足りなくなると笑われてしまいます。
ゲームにそういう設定がある。
密かに傷ついていた繊細なルー王子は、ヒロインに癒されて恋に落ちるのだ。
「手遅れだよ、シュシュ。僕はもう揶揄われているよ」
「ルベールにいしゃま」
「シュシュ~。俺が産まれた時どうして言ってくれなかったんだよ~」
「むりいわないれ、ベールにいしゃま」
「この件に関しては長男でよかったと素直に思えるな」
「アルベールにいしゃま」
「私は反対しましたよ」
「おかあしゃま」
「面白いと思ったのだがなぁ」
「父上~」← ベール
洒落で名前を付けられちゃたまりませんよね。
ルベール兄さまはまだしも、ベール兄さまは一生お父さまに愚痴ってもいいと思います。
「おとうしゃま。ベールにいしゃまをなぐしゃめるために、おかしをちゅくりたいとおもいましゅ。おさとうと、たまごと、ミルクをくらしゃい。ままごとじゃないのれしゅ。ベールにいしゃまのためらけにちゅくるから。りょうりちょうにちゅくってもらうから。わたくちはたべましぇん。がまんしましゅ。ね?」
……【訳】ベール兄さまをお慰めするためにお菓子を作りたいと思います。砂糖、卵、ミルクを分けて下さい。
菓子作りと兄には、なんの因果関係もないことにお気づきだろうか……
「シュシュ、僕の分は作ってくれないの?」
「ルベールにいしゃまは『ル』がちゅいてるから、いいの」
「え~~~」
その後、大笑いしたお父さまから砂糖使用のお許しが出た。
やった! 厨房にレッツゴー!
ベール兄さまも手伝ってくださいね。
「べふっ」
「………」
はしゃぎすぎて廊下で転んだ私を抱き起したのはベール兄さま。なぜ無言?
(なんで俺が……実験台? 生贄?)
ん? 何か聞こえた?
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