第65話 凜玖のいないバイト

***



「今日先輩はいないんスか?」



「長浜さんのことか? だったら今日は入っていないぞ」



「チッ……」



「いきなりやって来て舌打ちとは、お前本当に中身は輩だな。それで何か用事でもあったのか?」



「福村に言っても意味ないっスよ」



「まあそれはそうかもしれんが……」



土曜日のレストラン。



お昼のピークも過ぎて一段落した頃、厨房にひょいと顔を出した華奈は、その顔ぶれを見てつい心情を態度に出してしまっていた。



ホールスタッフである華奈は、キッチンのシフトまで確認することはほとんどないため、当日になるまで誰がいるのかあまり把握していない。



部活に入らず、勉強も温そうな高校に入っている凜玖のことだからといって、今週の土日はどちらもバイト漬けというわけではなかったらしい。



昨日は同じ時間に入っていたものの、終わるや否やいつもの従業員出口とは別の所へ去っていった凜玖。



大方彼女と待ち合わせでもしていたのだろう。本人は必死に誤魔化そうとしていたがバレバレであった。



こっそり跡をつけてやろうかという考えも一瞬よぎったけど、夜ということで面倒くさくてやめた。



どうせ凜玖のことだから、手汗ダラダラで手を繋いで一昔前のロボットのような足取りで歩いて帰ったとか、そんな感じだろう。



今日はそのことでからかってやるついでに、聞きたいことがあったのだが、いないというのなら仕方ない。



もう用はなくなったといわんばかりに、背を向けた華奈を呼び止める声がした。



「――なあ達海、ついでにと言っちゃなんだがちょっとお願いがあるんだけど」



「なんスか? あたし今忙しいんスよ」



「いや暇だからこっちに顔を出したんだろ」



それを言われてしまえば反論できない。座席もガラガラで、他のアルバイトたちが暇そうに立っている所を見るにまだしばらく余裕はありそうだった。



「……なんスかお願いって」



華奈が渋い顔をするのにも訳があった。この男が華奈に対してするお願いなんて明日の天気よりも予想がつく。



「お前今でも氷川と会ってるんだろ? だから――」



「じゃああたしは戻るっスね」



「ちょっ、おい! せめて最後まで言わせろよ……!」



面倒くさい。



ただその一言に尽きた。



「ひーちゃん関連ならお断りっスよ」



「そこまでは言ってねえよ。……ただよかったら三人で会う場とかセッティングしてほしいなあって……」



「はぁ……」



「おいっ! 去り際にため息だけ残していくな! おい達海! おーい!」



怒っているのか落胆しているのかよく分からない声音で叫ぶ福村を無視して、華奈は自分の持ち場に戻った。



そもそも華奈には理解できなかった。



小学生の頃の淡い恋を今でも抱き続けている福村の心情を。



転校して離れ離れになって、通っている高校も違う。普通ならそんなの忘れて新しい人を好きになったりするはずなのに。



そして誰よりも、それが開くことのない一方通行であるということを華奈が一番よく分かっていた。














***


「待っていたぞ達海」



「チッ」



「だから舌打ちをするな、舌打ちを」



バイトも上がる時間になり、店の暖簾をくぐって外で待ち構えていたのは福村だった。



お互い高校生だから、夜は基本的に同じ時間帯に終わるのだ。



自分より背が高くて威圧感もある福村の脇を無言で通り抜けようとするが、もちろん福村のも黙ってスルーするはずがない。



「どうせ帰り道一緒なんだから、たまにはいいだろ」



「チッ」



「お前俺に対する返事を舌打ちで設定してるのか?」



「過去のあたし……どうして福村を同じバイト先に紹介したんスか……」



などと嘆いてももう遅い。



福村とは、それこそ美帆と同じくらい長い付き合いだ。それ故に本気で鬱陶しいだとか、不快感だとかを身に受けているわけではない。



ただ単に、美帆への想いを今日に至るまで引きずり続けているこの腐れ縁が、い今の美帆のことを考えると面倒くさいのだ。



「なあ達海、俺のことどう思う?」



「……はあ?」



「いや、変な意味じゃなくてさ、俺がいまだに氷川のことを好きだってこと……もう十年近く経ってるっていうのに」



本人もある程度は自覚していたらしい。珍しく真剣な面持ちで話す福村に、華奈の方も茶化す気分が薄れていく。



「まあ、あまりいないっスねそんな人……って言いたいとこっスけど一人身近にいたっスね。もうずっと好きな人がいるけど、とある事情でその想いを伝えることができずズルズル引きずっている人が」



福村と美帆では事情が大きく異なる。



けど根元の部分はもしかしたら同じなのではないかと、話しながら華奈は感じていた。



「ちなみにその人は、これからどうするつもりとか……あるのか?」



「ちゃんと前に進もうとしてるっスよ、福村と違って。……まあそれがいいことなのか悪いことなのかは置いといて」



「いいこと悪いこと……?」



「あたしが言えるのはここまでっスよ。『恋愛マスターRKの超人心掌握術』なんて胡散臭い本を買って読むぐらい本気なのは分かるっスけど、大事なのは行動を起こすことっスからね」



「お、お前何でそれを……」



歩いていた足を止めて、わなわなと全身を痙攣させたように震わす福村。



あの日福村は細心の注意を払っていた。知り合いにあったと言えば凜玖ぐらい。まさか凜玖が……? と思うのと同時に、あの人がそんなこと誰かに言うように思えないと、頭の中で二つの意見が対立しあった。



家でも親に見られるのが恥ずかしくて、ブックカバーをかけて引き出しの奥底に閉まっているというのに。



「じゃああたしはトイレに行くっスから、福村お先っス」



手を上げる達海に向かって、福村も反射的に手を振り返したが、しばらくの間脳の情報処理が追いつかずそのまま立ち尽くしていた。

















***



「……何で敵に塩を送るようなこと言ったんスかねあたしは」




「……どうせ叶いっこないのに」




「あいつの恋も、あたしの恋も――」



***




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