第64話 帰り道
人通りの少ない夜だからといって、全く誰も行き来しないわけではないんだ。
眩い光は、不規則にゆらゆらと揺れている。たぶん自転車だと思う。
このまま電柱の陰に隠れてやり過ごせればいいんだけど……。
徐々に大きくなっていくチェーンの音。やっぱり自転車だった。光に当てられない限りは僕たちの存在に気づかれることはないはず。
僕の腕の中で、上半身の衣服が完全にはだけた遥陽が身体を震わせていた。
僕の考え過ぎかもしれないけど、もし通りかかった人が変な人とかだったら……
「大丈夫だよ」
抱き寄せる力を強くしたら、縮こまった遥陽は小さく頷いてくれた。
数秒間。そのままの体勢を維持する。
年季の入ったような軋んだペダル音を鳴らす自転車は、何事もなかったかのように通り過ぎて行った。
僕たちの存在に気づいていたのかどうかは分からない。ともあれ、一件落着とみていいのかな。
「もう行ったよ」
「……うん」
そもそもどちらかというと、いけないことをしていたのは僕たちの方だ。
さっきの自転車も含め、ここを通る人たちに何も非はない。
遥陽が下着をつけてシャツを着るまでの間、見張っていたけど結局あの自転車一台きりだった。
「今日はもう帰ろっか」
「そうだね」
疲れたように息を吐いた遥陽。さっきまでのが嘘のようにお互い夢から醒めた気分だ。
そして遥陽の手を握ると、自然とあの感触が蘇ってしまう。
服の上からと、直接生で触るのは全然違った。もちろん見るのも初めてだった。
もしあのまま何の邪魔も入ることがなければ、一体どうなっていたんだろう……。けど逆にあれがストッパー替わりになってくれたのだろうか。
残念なような気持ちと、ほっとしたような気持ちの自分が混在していた。
「……さすがに外でここまでするのは勇気がいるね」
「ごめんね、僕が変なこと言ったせいで……」
「ううん、凛くんが謝ることなんてないよ。私がビビっちゃっただけだし……。むしろ凛くんがあんなに積極的になってくれるなんて思ってなかった」
「いや、あれは……」
「いつの間にか私の方が主導権握られちゃったし」
横からジト目で覗き込んでくる遥陽に、目を合わせるのが気まずく僕は顔を逸らして逃げる。
思い出すだけでも顔が噴火するレベルで恥ずかしくなる。本当に何であんなことを言って実際にやったんだ僕は。
――その後も遥陽にからかわれていた僕だけど、僕をイジる遥陽は元気を取り戻していた様子でよかった。
本人は、『ああいう非日常感は私たちにはまだ早いね』としばらくはこりごりな感じだ。
僕の方も特に野外プレイとかそういうのが好みとかってわけではなく、さっきは変なスイッチが入っていただけであって、普段からそういうことを妄想したりしているわけではないから。
言わゆる本能に支配された――もう一人の僕的な者が現れたんだ。
って遥陽に説明したら鼻で笑われてしまった……。
「――そういえばさ」
そんな僕の必死の弁解を鼻息一つで消し飛ばした遥陽が、ふと立ち止まる。
その顔から笑みが消えていた。
「文化祭の最終日、一緒に花火見る約束してたじゃん」
「うん」
「その日なんだけど……」
……なんだろう。
遥陽の表情がかなり強ばっているように思える。
まるで言いたいことがあるけど言い出せないような……。
いや、このタイミングでそんな口ごもるっていうことは……。
さすがにある程度察してしまう。そういうことだと。
遥陽が言い淀む気持ちはよく分かる。僕だって逆の立場だったら多分スライディング土下座をかましていたと思うし。
よっぽどの事情があるのだろう。僕も詳しくは知らないけど、家族絡みのこととか。
「実は…………」
尚も口をごみょごみょと動かす遥陽の気を少しでも和らげてあげようと、僕が遥陽の頬に触れようとした瞬間――
「…………おばあちゃんが知り合いと旅行に行ってて、うち誰もいないから……よかったら泊まりに来ない……?」
「えっ……?」
「……だから、私の部屋でさっきの続きしよ? ……次は最後まで…………」
帰り道。
マンションまではまだ一キロ以上歩かないといけない。
けどなぜだろうか。
遥陽のその言葉を聞いてから、次の日の朝まで僕の記憶は飛んでいた。
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