第63話 夜の散歩③
服の上からでも、その感触は僕の十本の指先を通じて、ダイレクトに伝わってくる。
もちろんそんな経験は初めてだ。
これが女子の……。
少し力を込めてみた。
「んっ……」
むにゅっとした弾力のある柔らかさに押し返されそうになる。下着をつけているからだろうか。
僕が想像していたみたいに、完全に指がそれに埋まる――というようなことはない。
「もっと……強くしてもいいよ……」
薄明かりに照らされながら、甘い息を吐く遥陽。まだ手探り状態な僕の手の甲に、自分の手を重ねてきた。
力を込めてほしいということなのか。
「……わかった」
今度は指先だけでなく、手のひら全体で包み込むように撫で回す。揉みしだく。
「ああっ……んっ……」
持ち上げたり、寄せたり、僕の手の中で二つの半球はその形や位置が変わっていく。
そしてそれに呼応するかのごとく、身をよじらせながら、僕が聞いた事のないような官能的な声を漏らす遥陽。それがさらに、僕の理性を奪っていくことになる。
「遥陽……」
「んんっ……どうしたの……?」
「直接触ってもいい……?」
一体僕は何を言っているんだ。いや、何を言っているのかは分かっている。
ここは屋外。普段なら絶対にそんなことは口走らない。むしろ僕の方が遥陽をセーブしなくちゃいけない側。
でも無理だった。
これが女性ホルモン? 夏の夜道とは思えない道路の端で、とろけるような甘くていかがわしい香りを放つ遥陽に、僕が虜にならないわけがなかった。
このやり取りに、どれだけの間があったのかは分からない。
恥ずかしそうに顔を逸らす遥陽のまつ毛が、普段よりも長く見えた。
そしてそのまま、僕と目を合わせることなく地面とにらめっこを続ける遥陽は、やがて濡れた唇をゆっくりと開ける。
「……………………いいよ」
桜色に頬を染める遥陽に、僕の両腕は二つの丘を下ってその中へと誘われていく。
遥陽が今着ているのは、白くて無地のシンプルなTシャツ一枚のみ。
「……触るのはいいけど、あんまりじろじろ見るのはダメだからね……」
「う……うん」
遥陽が自らTシャツをゆっくりと捲りあげていく。一瞬僕の視線が落ちそうになったとき、再度遥陽に『こらっ』と言われて目をつむる。
チラっとおへそが見えた気がしたけど……今は我慢しよう。
ていうかわざわざ素肌を晒さなくても僕が普通に服の下から……と思ってしまったけど、今のムードをぶち壊しそうだったので言わないでおくことにする。
「……ブラも外す…………?」
「えっ……?」
「そうしないとちゃんと触れないよ」
「は……遥陽がいいなら」
遥陽はもうTシャツをほぼ半脱ぎ状態といってもいい。水色のレースがついた可愛いらしい下着があらわになっていた。
捲りあげたTシャツが窮屈そうに、谷間の上で縮こまっている。
「……ホック、後ろについてるから凛くんが外して……」
胸の前で腕を組んだ遥陽のお願い。
外したときに下に落ちないように抑えているのか。さっきみたいに、キスの時はあんなに積極的だった遥陽が恥じらう姿は、かなり新鮮な感じがする。
下着の下に隠れているものを想像するだけで、僕の中にもいろいろと込み上げてくるものがあった。
乾いた口に水分を行き渡らせるように唾を飲み込みながら、小さく頷く。
「……じゃあ、いくね」
緊張のせいか、背中に回す手が震える。何となくまだ触れちゃいけない気がして、遥陽の肌に直に触れないように慎重にホックに指をかけた。
「……外せそう……?」
「た……多分大丈夫」
なんて偉そうに強がってはいるものの、内心かなり不安と焦りがあった。
金具のような物で留められているのはわかった。というより、今知った。普通に横に引っ張っても伸びるだけ。
せめてこんな暗がりじゃなくて明るい場所だったら、あるいは僕がちゃんとそういう予習をしていれば……。
今になって嘆いても仕方ない。とりあえずつまみやすいように、親指を内側に入れていったん引っ張って緩めて――
「あっ」
「……んっ」
最初パニックになりそうだったのが嘘のように、あつけなく外すことができた。自分でもどうやったのか分からないぐらいに呆気なく。
遥陽はまだ胸を覆い隠したまま、腕を動かそうとしない。
僕は肩にかかった紐をゆっくりと下ろしながら、もう片方の手で遥陽の耳に髪の毛をかける。
「そのままだと遥陽の手をマッサージすることになるよ」
「わ、わかってるよっ」
もう両肩の紐は完全にズラし終えた。
遥陽が力を抜くだけで、それはいとも容易く地面に落ちるだろう。
僕がその気になれば、遥陽の手をどかすことはすぐにできる。
けど今は何か……いつも遥陽に対して受け身を取らざるをえなかった僕が、初めて優位に立っている気がして、もう少しの間今の時間を続けたいという欲望に駆られていた。
「やっぱり恥ずかしい……?」
「ま、まあちょっとは……」
「じゃあ今日はここまで?」
「えっ、いやっ、そういうわけじゃ……」
「だったら何でそんなに固まってるの?」
「だって…………」
「だって……?」
「……ブラでちょっと盛ってたし、凛くんが思ってるより多分大きくないと思う……から」
遥陽は拗ねたようにそっぽを向く。何かと思えばそんな理由だったのか。
「大きさなんてそんなに気にしないよ」
「そんなに」
「……そ、そもそも僕には比較対象がないから、遥陽が一番だよ!」
それは本当だ。それに遥陽はいつもの制服や私服越しから見ても、それなりの主張はしていたとちゃんと記憶している。
多分周りの女子と見比べても、平均よりは上なはず。
確かに、女の子たちの間ではそれがコンプレックスになっている人もいるのかもしれない。僕も実際どちらかと言えば小さい方より…………。
でも――
「僕にとっては、形や大きさなんか関係ないよ。遥陽だったら、好きな人だったらどんなものでも愛おしく思えるよ」
僕のその言葉に、遥陽は何も返さなかった。
ただ何も言わず、身体の力を抜いた。
ダランと下げられた両腕。
その右手には、僕がさっき外したばかりの水色の布が握られていた。
遥陽の肌を隠すものはもうない。
――そんな遥陽の華奢な腰周りが、発光した。
「「えっ――」」
それは遥陽を映しているのではなく、ユラユラと揺れているように思えた。
街灯とは考えられない、あまりにも不自然な光に僕の背中に冷や汗が伝う。
「じ、自転車が近づいてきてるよ、凛くん……!」
「と、とりあえずシャツを……!」
といってもお互いに頭の中が真っ白になっているため、そんな初歩的な対処さえもできず――
「んっ――」
僕は遥陽を抱きしめながら、電柱と家の壁の隙間に隠れるように身を寄せた。
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