第62話 夜の散歩②

「ほら、近くに人もいないから」



ゾクッとするような甘い声に誘われるように、僕の理性が少しずつ溶かされていく気がした。



ショッピングモールから数分歩いたところの住宅街。あの大きくてチカチカした建物がそばにある事が嘘のように、辺りは静まり返っている。



車がギリギリ行き来しあえるかぐらいの道路を照らすのが、街灯だけというのは心許ない。



一人で歩くのは普通に怖いぐらいの微妙な灯りの中、僕は遥陽に引っ張られてどこの誰かも知らない一軒家の壁際に連れられていた。



「凛くん……もう我慢できないよ……」



まるで蛇のような遥陽の指の腹が、僕の頬をゆっくりと伝っていく。



この暗さ、いつもと違う非日常的な何かが、遥陽の中の欲望を解き放っているのか。そして僕も、そんな遥陽を前にしてこれ以上自分を抑えることが難しくなっていた。



「遥陽……いいの?」



「ん……」



僕は遥陽の背中を抱き寄せ、唇を重ねた。



「ぁっ……」



遥陽の口から微かな吐息が漏れる。



僕が遥陽を抱く力を更に強めると、遥陽の方も離さまいと両手でガッチリと僕の顔を固定した。



「ハァ……凛くん……」



一度顔を引いて、見つめ合う。



僕の目にはもう遥陽しか映っていなかった。

遥陽から出る音しか聞こえていなかった。



「大好き」



「僕もだよ」



今度は僕に遥陽の顔が覆い被さってくる。首の後ろに腕を回され、僕は二、三歩後退りしてそのまま背中を壁にくっつけた。



こうすればどれだけ遥陽に激しくされようと、後ろに倒れることはない。



この前のプリクラでは、同じような形で背中を強打してしまった僕。ちゃんと失敗を生かせている。



「んんッ……っはぁ……」



最初は探るように僕の唇を味見していた遥陽の舌が、何の躊躇もなしに僕の中へと入ってくる。



何かを求めるように、あるいは引き寄せるように、僕たちは互いの舌を出しては入れてを繰り返していた。



――この時間が永遠に続けばいいのに。



目を閉じて遥陽という存在を全身で感じながら、吸い付き合うキスの音を耳で受け止める。



互いの唾液が混じりあって交わされる遥陽とのキスは、今まで聞いたことのないようないやらしい音を立てていた。



何度か回数を重ねていくうちに、上手くなったのかと思ってしまうぐらい、色っぽいリップ音が不規則に静寂な夜道に響き渡る。



「んっ……凛きゅんぅ……」



――どれぐらい僕たちはそうしていただろうか。



目を開けると、完全に瞳の焦点が定まっていない遥陽に抱きしめられ頬を擦り寄せたかと思ったら――



「がぶっ」



「はる……ってんっ……!」



そのまま背伸びした遥陽に僕は右耳を甘噛みされてしまった。



「凛くんの耳おいしぃ……」



「お、おいしくないって」



さすがに不意打ちでやられびっくりした僕は、思わず身を引こうとしたけど、頭を後ろの壁にぶつけてそれができないということを思い出す。



「動いたら危ないよ……」



遥陽に後頭部をさすられ、でもその口はすぐに僕の耳を飲み込む。



でも――



鳥肌が立つ感覚に似たゾクゾク感を得ながらも、気持ちいいと思ってしまう僕はおかしいだろうか。



あるいはそれを世間一般的には変態と呼ぶのだろうか。



歯を立てずに優しく唇と舌を器用に使って僕の耳は遥陽に吸い込まれていく。



本当に変な気分になりそうだ。



キスとは違って自分は何もしてないのに、それ以上に溺れていいく気がしてならない。



だからだろうか。



「……遥陽、左の耳もして……」



自分でも無意識のうちに、そんなことを口にしていた。



「うん……最初からそのつもりだから」



そして遥陽も、当たり前のように応えてくれる。



「はあっ……凛くんの左耳いただきます」



「ん……っ」



ダメだ。気を緩めると変な声が口から漏れ出てしまう。目をギュッとつむり力を込める。



そうでもしないと、僕の耳から全身の生力がなくなっていきそうだった。



「ふふっ、凛くんったら可愛い。そんなに気持ちよかったんだ?」



散々堪能されたあと、ぷにぷにと両手で僕の耳たぶをいじる遥陽のドヤ顔が目に入る。



「き……気持ちよかったっていうか……」



本当かどうかは置いといて、ここで素直に首を縦に振るのも少し恥ずかしい。



遥陽だからってのもあるし、もし他の人にそんなことをされたら多分失神すると思うから。……考えただけでも寒気がする。



「遥陽、もうそろそろ……」



何だかんだショッピングモールで落ち合ってから三十分ぐらい経っていると思う。時間も遅い。



それに僕たちはまだ高校生だから、いつまでも外に出ていると補導されるリスクもある。僕はともかく部活の大会がある遥陽までは……。



と、僕は遥陽の手を取って歩き出そうとすると――




「――凛くんだけズルいよ」



「……えっ?」



なぜかムスッとした顔で唇を尖らせる遥陽。怒ってる?



「私も……凛くんに気持ちよくしてほしい」



そして再び壁に追いやられる僕。



というより、コンクリートの壁に手をついて僕にせまる遥陽の構図は、外から見ると完全に僕が壁ドンをされているみたいになっているに違いない。



「せっかく人がいないんだから……もっと……ね?」



切れかけていた遥陽のスイッチが入り直した。さっきのような情熱的な口づけではなく、軽いフレンチなのを数回。



「んぅ……チュッ……凛くんも私の耳食べたくない……?」



「えっ、いや……」



僕が遥陽の……。



視線の先には、火照ったように赤く染った遥陽の小さくて可愛い耳がひょっこりと生えていた。



少し上体を前に寄せれば届くであろう距離。僕の見間違いか、なんか今ぴくって動いたような……。



若干の抵抗はあった。痛がったりしないだろうか。ちゃんと僕が感じたような気持ちよさをあげることができるだろうか。



まずは……。



僕は遥陽の耳元に手を伸ばして――






「――でも男の子は、耳よりもこっちの方が好きだよね」




「えっ」





その指先が遥陽の顔に到達する前に、遥陽自身の手によって軌道を変えられ――



僕の手のひらは一つの丸い膨らみに誘導された。



「ほら、こっちも……」



もう片方の手も遥陽に取られ、さっきと同じような感触が神経に行き渡った。



触覚だけじゃない。ちゃんと目でも見て、僕の手に収まっているそれを確認する。



女の子の胸――という、僕にとっては未知の温かさと重さを持ち合わせた女性特有の膨らんだパーツ。



「……凛くんの好きにしていいからね」



僕ももう限界だった。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る