第55話 文化祭に向けて


***



僕の通う高校――というか、大抵のところはそうだと思うんだけど、二学期の目玉イベントの一つに文化祭がある。



他のところがどうかはあまり知らないけど、三日間開催というのはそれなりに規模が大きいのではないだろうか。



文化祭といえばクラス毎の模擬店などが浮かぶけど、この学校では昔から学年によって何をするかは決められていた。



一年生は飲食物の販売、二年生はお化け屋敷や脱出ゲームなどの参加型系、そして三年生は演劇。



なぜそうなっているのか、昔からの伝統だというしかない。ちなみに僕は去年たこせんを販売した。売上はまずまずといったところだけど。



今年はアトラクション物ということで、一学期のうちに個々にアンケートを答えて集計し、他のクラスと被らないかとかいろいろなことを考慮して、実行委員で話し合われる。








「――というわけで、うちのクラスは『リアル脱出ゲーム』をすることなりました。仕掛けを考えたり準備が大変かもしれませんが――」







ホームルームの時間、教壇に立っているのは先生ではなく僕の友人の雅樹だ。



昼休みや放課後の時間を取られるという理由で、あまり誰もやりたがらない実行委員に立候補していた雅樹は、普段僕と話す時とは別人のような喋りをしている。



雅樹は適当そうに見えて、こういう公の場で真面目になる男だった。部活の方も忙しいというのに実行委員もするなんて……。



前になんで立候補したのか訊いてみたけど、『こんなの一生に一回経験できるかどうかのものだからな』とのことだった。



例えそうだとしても、僕は絶対にお断りだけど……。



「リアル脱出ゲームだって。よくネットやテレビで見るけど面白そうだね」



「僕たちはプレイヤーじゃなくて企画する方だけど……」



横で九条さんが小声で話しかけてきた。最近日に日に向こうから話を振ってくる頻度が上がってきている気がする。



夏休みのあの件以来、僕の中で九条さんは皮を被っているのか否か判別がつかない存在になっている。



そういう意味では普通に喋ったりすることに緊張する必要はなくなったんだけど、本当にただのクラスメイトとして接していいのか言いようのないモヤモヤ感じていた。



「お化け屋敷やりたかったのになー」



「そういえばそんなこと言ってたね」



まだ僕の心が九条さんで満たされていた頃、そういう話をしていたことを思い出す。



何でもお化け役になって、来た人をめいっぱい驚かせてやりたいとか。その時は、幽霊になった九条さん可愛いんだろなあとか今考えると身の毛もよだつような妄想をしたり……。



九条さんの案を少しでもアシストするべく、実は僕もお化け屋敷を希望していたのだ……。



「お化け屋敷は二組かー……長浜くんの彼女がいるクラスだね?」



「ああ、うん……そうだね」



九条さんに言われ、僕はさっき配られた各クラスの催し物が記載されたプリントに目を落とした。



二年生は他だと迷路や縁日、ボルタリングなどがある。



美帆のところは何だろう……。と、一年生の欄を確認すると、一年三組はたこ焼きを出すらしい。時間がある時にでも食べに行こうかな……。



けど美帆が店番してる時に行ったら嫌がられそうだから、また今度それとなくいついるかとか聞いておこう。





「――なので、本格的な準備は来週から――」



僕が別のことに気を取られていた間に、前で雅樹が今後のスケジュールについて話していた。



放課後はもちろんのこと、土曜日も集合がかかるようだ。去年はほとんど準備することがなかったからよかったけど、今年は多分去年と比べ物にならないほどそっちに時間を費やす必要がある。



雅樹が頑張っているなら僕も協力したいから、なるべく都合がつく日は参加したいと考えている。まあ僕の場合部活をしていないから、バイトがある日以外は基本的に空いているんだけど。



「わたしもさっさと部活の展示品を仕上げなくちゃね」



「展示品……?」



「書道部として出す作品があるんだけど、なかなかアイデアが固まらなくて……」



「……そうなんだ」



ふーっとため息をついた九条さんが首を振る。確か書道部に限らず、茶道部や科学部といった文化系の部活は、毎年この文化祭に展示会のような物を行っているんだった。



僕は書道のことは全然知らないから何とも言えないけど、ただ単に半紙に筆で文字を書くだけではないんだろうか。



そんなことを訊ねたら怒られそうだから言わないけど。



「完成したら教えるから見にきてよ。彼女と一緒にでも」



遥陽がそういう芸術的なあれに興味があるとはちょっと思えないが、一応誘っておこうかな。



九条さんとのやり取りが社交辞令だとしても、後で見てないっていうのも少し申し訳ないし。



「分かったよ。遥陽にも都合つくか聞いておく」









「――お前はそれよりも先に俺の話を聞け」



「うぇっ?」



いきなり真上から頭を掴まれた僕の口から、反射的に呻き声があがった。



声だけでそれが誰だか分かった。僕の頭をバスケットボールと勘違いしないでほしい。



「雅樹? 何でこんなところに」



さっきまでずっと前で喋っていたはずの雅樹が、どうして僕の背後にいるのか。



「何でもなにも、もう終わったっつーの。お前が九条さんとぺちゃくちゃしている間にな」



そう言って手を離した雅樹は前に回ってきて、近くにあった適当な空いている椅子に腰掛ける。



よく見ると、クラスメイトの大半はもう教室を出ているか帰りの支度をしているところだった。僕そんなに自分の世界に入っていたかな? 寝てたわけでもないのに。



「ごめんね今岡くん。最初に長浜くんに話しかけたのはわたしだから……」



「いやいやそんな庇わなくてもいいって、どうせ遥陽ちゃんとのことで頭がいっぱいだったとかそんなんだろ、このリア充が」



「そんなことは……ないけど……」



雅樹に至近距離で睨まれ、萎縮してしまう僕。丸坊主に近い巨体にガンを飛ばされるのは、例え雅樹といえどビビってしまう。



遥陽とのことは、雅樹には話していた。互いに中学も一緒だったし特に三年生のとき、雅樹は遥陽と同じクラスだったから。



ちなみに、僕が九条さんに想いを寄せていたということは一切打ち明けていない。望みが薄そうな恋なんて、他人に話して得することはないと思っていたから。



そういう意味では、逆に今だからこそ言えるってのもある。それでもイジられること間違いなしだけど。



「今岡くん、長浜くんの彼女のこと知っているんだ? そういえば二人って仲良いよね」



「まあ中学から一緒だからな。俺からすればやっとお前らくっついたかって感じだけど」



「へえー、そんな前から……」



一瞬九条さんと目が合い、僕は思わず逸らす。今僕がいろいろと複雑な気持ちになっているとも知らず、二人の会話は続いていった。





「――俺が遥陽ちゃんとする会話の話題って、基本凜玖のことだったからなあ。『凛くんは練習についていけてる?』 とか、『本当に女バスで仲良くしてる子いないの?』とか、なんかこっちが嫉妬してしまうぐらい」



ハハハと大きく口を開けて笑う雅樹。二人の間でそんなやり取りがあったなんて初耳だ……。



聞いているだけで顔の辺りが熱を帯びていくのをリアルに感じる。本当に恥ずかしい。



「だからこの前遥陽ちゃんから興奮したメッセージが届いたときは俺もいろいろとびっくりしたぜ」



「興奮したメッセージ?」



首を傾げる九条さんに、雅樹はスマホを取り出して操作しだした。遥陽……雅樹にまでそんな報告していたのか……。



「ほら、これこれ。最初はなんの怪文書だと思ったわ」



雅樹の差し出したスマホの画面を僕は九条さんと一緒に覗き込む。



「うわあ……」



……内容はまあ、絶句に近い感嘆を漏らした九条さんから察してほしいぐらい、僕の過去の黒歴史に並ぶレベルのものだった。



「正直俺は、お前らが結ばれるとはあまり思ってなかったからな。遥陽ちゃんのことを思うと俺まで嬉しくなったぜ」



「そうなの?」



またしても頭の上にクエスチョンマークを浮かべた九条さんに、雅樹は頷いて口を開いた。



「そもそも凜玖は遥陽ちゃんのことをただの幼なじみとしか見てなかったっぽいし、それにてっきり俺は――」



「――あっ、今岡君まだここにいたの? 早くしないと委員会始まるよ」



と、雅樹の声を遮るようにして教室の外から一人の女の子の呼びかけが響き渡った。



相手はクラスメイトの子だ。文化祭の実行委員は男女一人ずついるんだけど、雅樹が男子代表だとしたら、女子代表の子だった。



「ごめん村上さん! すぐ行く!」



雅樹は慌てて立ち上がって、じゃあ、と手を上げると小走りで廊下に飛び出して行った。



「今岡くん喋ってる途中だったのにね、何言おうとしてたんだろ」



僕に聞こえるような声量で、九条さんがぽつりと呟いた。顔は全くこっちを向いていないけど、それは僕に対しての問いかけなのだろうか。



けどどの道、九条さんが雅樹の言葉を最後まで聞くことはなかったと思う。



僕には雅樹が何を言おうとしていたか、大体の予想がついていた。



だからもしさっき村上さんが割って入ってこなかったら、僕が雅樹の邪魔をして無理やり話題を変えることになっていたはずだから。








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かなり間が開いてしまい申し訳ありません。

少しずつ再開していきます。

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