第54話 遥陽と過ごす放課後③
「こんな所で会うなんて珍しいね?」
「遥陽のとこも月曜はオフなんだっけ?」
僕たちの前にやってきた二人の女子は、次いで観察するような目を僕に向ける。
「……その人は……」
「えっと……一応私の……付き合ってるっていうか……」
「あっ、例の最近できたっていう!」
「何だっけ……り……凛くん? であってる?」
遥陽の友達と思しき二人は合点がいったように手を合わせた。そういえばクラスでそんな話をしたとかさっき言ってたけど、僕の名前まで口にしていたのか。
僕も一応挨拶とかしておいた方がいいのかな……。
「……どうも長浜凜玖です」
「同学年なんだから、そんな畏まらなくてもいいって! 私は
わはは、と笑いながら僕の肩を何度も叩く木崎さん。このノリは陽キャのそれだ。二人とも髪を茶色に染めて、制服のシャツのボタンもかなり際どい部分が見えそうな所まで外している。
僕基準で言うと初対面に対する距離感じゃないと、戸惑いながら会釈しかできない僕の横で、遥陽が改まったように二人を紹介してくれた。
大体の予想はついていたけど、二人とも遥陽のクラスメイトらしい。僕は面識がないから全く誰だか分からないけど、そう言われてみれば見かけたことがあるような……ってレベルだ。
まあ想像通りというか、遥陽も普段はそっち側の人なんだと再認識させられる。
「それにしても遥陽もやっと身を固めたかー」
「ほんとに!ずっと心配だったんだけどよかったね、ちゃんと好きな人と付き合えて。なんせ――」
「ふ……二人ともこんな所でそういう話は恥ずかしいって! 凛くんもいるのに!」
遥陽が珍しく動揺しているような素振りを見せている。確かに恋人と一緒のところを知り合いに見られるなんて恥ずかしいことこの上ないからね……。
わーわーと叫びながら、友達二人の口を塞ぎにいこうとする遥陽は耳まで真っ赤だった。
「はいはいわかったから、邪魔者はもう退散するって!」
「じゃあね遥陽、それから彼氏くん」
半ば無理やり遥陽によって背中を押された二人は、そのまま逆方向へと去っていく。遥陽の方も本気で嫌がっていたわけでもないし、普通に仲良いんだな……。
と同時に、僕は遥陽の交友関係をほとんど知らないんだって改めて感じた。今の僕が知っている遥陽は、学校の外だけの遥陽だから。
「はあはあ……大丈夫凛くん?」
「……どっちかと言うとそれは僕のセリフなんだけど……遥陽こそ大丈夫?」
ひとっ走り終えた後のような呼吸を繰り返す遥陽。陽キャの相手をするのは、遥陽と言えど体力を必要とするんだろうか。
「私は大丈夫だから……。それよりもあの二人のことなんか忘れて続きしようよ」
グイッと僕の腕を引っ張ってまるで何もなかったかの如く瞬時に切り替えた遥陽は、既に落書きコーナーのタッチペンらしき物を握っていた。
僕たちはさっき撮った写真を順番に確認していく。
基本的に文字を書いたり、いい感じにする修正は遥陽に任せた。僕のようなド素人が触ったらかえって変になると思うし。
と言っても、撮った瞬間は実際に画面越しに見ていたのだから特に新鮮味があるわけでもない。最後の一枚を除いては――
一枚目からずっと僕のぎこちなさに笑いを堪えきれていなかった遥陽の手と口がピタリと止まる。
「……やっぱりこれが一番かな」
そこには、僕と遥陽が抱き合って唇を重ねている一枚が写っている。
客観的に見たことで、またさっきの一部始終が脳にフラッシュバックする。あの時の遥陽はなんと言うか、本当に遥陽が普段抑え込んでいる何かが飛び出してきたみたいだった。
遥陽は特に何も言わなかったけど、チラりと横を見やるとほんのりと頬を染めているのが見て取れた。いろいろとタガが外れてしまっていたことを遥陽の方も自覚しているのかな。
それまでは肌を白くしたり、目をキラキラさせたりとやりたい放題だった遥陽だったけど、この一枚は何も手を加えず端の方に今日の日付だけを入れた。
「写真のデータは私のスマホに送って、後で凛くんに送る感じでいい?」
「うん、それでいいよ」
印刷して出てきた物は、ハサミで切って僕は財布の中にしまった。どこかに貼るにしても、普段使う私物はさすがにちょっと恥ずかしすぎる。
「ねえ凛くん」
「ん?」
遥陽は両手で大事そうに小さな写真を包み込みながら、目を細めて言う。
「私今日のことは絶対に忘れないから。この先何があっても絶対に」
「何があってもって、そんな大袈裟な……」
今ほんの少しだけ、遥陽が視線を落としたような気がしたけど気のせいかな……?
「――だって! これからいっぱいたくさんの思い出を作るんだから、凛くんが忘れないようにちゃんと私が覚えとかなきゃだからね!」
やっぱり気のせいか。いつもの遥陽だ。
「あっ、もうこんな時間だ」
遥陽につられて僕も時間を確認すると、あと少しで六時になるかというところ。体感よりかなり長居していたようだ。
「そろそろ帰る?」
「うん、そうしよっか」
頷いた遥陽は写真をカバンのポケットにしまい、歩き出した僕の手にゆっくりと指を絡めてきた。
「……また知り合いに見られたらどうする……?」
「うーん……その時は走ろう! 凛くんが私を抱っこして!」
「帰宅部にはそんな重い――じゃなくて、痛たたたたたっ! 違うって! そういう意味じゃ……!」
「凛くんのバカ」
僕の手はラケットじゃないんだから……。もしかしたら遥陽って、僕より握力が強いかもしれない。
遥陽について知っていることが増えた。そうポジティブに捉えることでしか、軋んだ骨を労ることができなかった。
「――そういえばさ凛くん」
「何?」
「美帆ちゃんとはどう? 何か話したりはしてるの?」
「いや……元々そんな頻繁に喋ったりはしなくて……向こうも遥陽とのことは聞いてこないし」
直接的な会話はないけど、態度では表していた。たとえば朝出かけるタイミングをズラしたりとか。
美帆だってもう年頃の女の子なんだから、って考えたら僕の方から馴れ馴れしく話しかけるのも多分キモがられるだろうし……。
「…………まあそんなものか……」
「何か言った?」
「何でもなーいよっ!」
「うわっ、ちょっと……!」
遥陽が握っていた手を離したかと思うと、今度は両手いっぱいに僕の右腕に飛びついてきた。
好奇の目に晒されているのが分かる。周りの視線が……。
「遥陽……さすがにくっつきすぎじゃ……」
「……だって好きなんだもん。それとも凛くんは離れてほしいの……?」
うっ……。そんな上目遣いでおねだりされて、断れる人が果たしているだろうか。
「……駐輪場に着くまでだよ」
そんな僕の羞恥なんてお構いなしに、猫のように頬を擦り寄せて来る遥陽の幸せそうな横顔に負けた僕。
きっと僕も、今日という日は一生忘れないだろう。
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