第53話 遥陽と過ごす放課後②


眩い閃光と大きな撮影音の後、僕は正面のモニターに映っている写真を確認する。



「あははっ! 凛くんこれじゃあ完全にロボットじゃん!」



「そう言われても……」



遥陽と向かい合った形で、僕が手を前に伸ばしたところでシャッターが切られたらしい。小学校の時によくやった、前にならえをしているみたいだ。



そもそも撮影間隔が短すぎるんだこれ。カーテンの外には人が行き来しているって思ったら、いろいろと躊躇してしまう……。



とか思っているうちに、このセクハラ機は新たな指示を飛ばしてくる。



『次は三枚目ね。二人で協力して大きなハートを作ろう』



大きなハート……?



「ほら凛くん! こうだよ! こう!」



僕にピッタリ引っ付いた遥陽が右腕を上に伸ばして、頭の上あたりで手首を下に向けていた。



ハートってそういうことか。まだ多少の気恥しさはあるけどこれなら……。



と、僕も遥陽に合わせて左手をうまいこと曲げて、遥陽の右手の指先とピッタリくっつけた。



――パシャッ。



「おおーっ! ちゃんとハートになってる!」



「本当だ。でも僕少ししゃがんだ方がよかったかも……」



僕と遥陽の身長差が原因か、若干形がアンバランスになっていた。あと笑顔の遥陽に対して、ほぼ真顔の僕。写真を撮られるのに慣れていないのが丸わかりだ……。



『四枚目だよ。彼女を後ろから優しく抱きしめてあげてね』



「抱き……?」



「凛くん、ほら」



ぴょん、と僕の前に飛び出た遥陽。導くように、僕の両手を握って自らの肩にかける。



目の前には鏡のように今の僕たちの姿が映し出されているから、そこから遥陽の表情もうかがえる。



僕の胸に背中を預けるようにして後ろに傾く遥陽と、画面越しに目が合った。



「そんなに緊張しなくても、大丈夫だよ。誰も見てないんだから、ここは私と凛くんしかいないって思えば」



「う……うん」



僕は知らず知らずのうちに、両肩に力を込めていたらしい。



そうだ。ここは僕と遥陽だけの空間。この前みたいに僕の部屋だって思い込めば――



『――さん、にい、いち……』



――パシャッ。



「あっ、これ一番いい感じじゃない?」



僕の腕に収まったままの遥陽が、嬉しそうに飛び跳ねた。相変わらず僕は証明写真を撮ったときのような顔をしているけど、遥陽の言う通りこの四枚の中じゃ自然な感じが出ている。



さっきは身長差憎しと思ったのが、今度はそれが逆にいい味を出したというか、遥陽の頭の上にちょうど僕の顔が乗っている風に見えるのが少し愛おしく感じてしまった。



『次で最後だよ。二人向き合って熱いキスを私に見せて』



「キスだって凛くん」



「き……?」



最後の最後にものすごい要求をされた。このセクハラ機、実は画面の向こうに人が入っているんじゃないのか? 私に見せてとか言ってるし。



ただカウントダウンは待ってくれない。



スルスルと、僕の腕の中で器用に回れ右した遥陽と今度は画面越しではなく、直接その潤んだ瞳と交錯し合う。



「凛くん……」



遥陽とのキスはこれが初めてじゃない。回数だけなら何度も重ねてきた。



でも家の中と外では、全く緊張感そのものが違った。今この瞬間に、何かの間違いで誰かがカーテンを開けたらどうしようとか、変なことばかり頭をよぎってしまう。



『さん、にい……』



けど……。



遥陽は待ってくれているんだ。外で恥ずかしいからという理由なんかで僕は一体――



「凛くん、大好きだよ」



――その一言で、僕の揺らいでいた防波堤が一気に崩れ去った気がした。



今まで躊躇っていたのが馬鹿みたいに思えるほど、遥陽を欲してしまった。



離したくない、独り占めしたい――気がつけば勝手に手が動いていた。



僕は遥陽の肩を持って、身体を引き寄せた。遥陽も僕の背中に腕を回してその細い指でなぞるようにしてさすってくれた。



『いち……』



先に目を瞑って僕を受け入れる準備をしてくれていた遥陽を一旦その目に焼き付けてから、僕も同じようにして唇を重ねる。



暗闇の中で、何かが光る。



撮り終わったのだろう。どれほど経ったのか分からない。



けど僕たちは、どちらも顔を離そうとはしなかった。むしろさっきよりも密着度合いが増えた気がする。



薄いブラウス越しの遥陽の胸の感触がリアルに伝わってくる。遥陽が呼吸をする度に、それがまるで僕に擦りつけているように揺れて意識がそっちの方にもいってしまう。



「んっ……っはあ……凛くん……」



『撮影はこれで終わりだよ。外に――』



機械の音声が何か言っている。僕はその声で我に返り、遥陽の肩を軽く叩いた。ちょっと名残惜しいけど仕方ない。



「遥陽そろそろ出ないと……」



「……やだ、もうちょっとだけ」



「えっ? いや――――んっ」



僕が発しようとした言葉は、そのまま遥陽によって吸われてしまった。



再び縋るように――今度はそれ以上に、舌先を僕の唇の隙間から潜り込ませてくる。



「んうっ……はあっ……すき……」



互いの唾液が絡み合う中、僕も理性を保つのにいっぱいいっぱいだった。辛うじて耐えれているのが、ここがプリクラ機の中だということを何とか脳内で繰り返し言い聞かせていたおかげだ。



もし周りに誰もいなければ…………ってダメだ。撮影自体はとっくに終わっているんだから、そろそろ本当に――



僕の中でも、ずっとこのまま遥陽と……っていう思いはあった。遥陽がこんなにも僕のことを一心に求めてくれているって考えただけで、頭の中がどうにかなりそうだった。





――そんな夢のような時間が終わるきっかになったのは、以外なところからだった。





あまりにも激しすぎる遥陽の攻めに僕は思わず後ろに仰け反り、そのまま背中に壁をぶつけてしまったのだ。



「だ、大丈夫凛くん!?」



「へ、平気だよ……遥陽こそ足とかぐねってない?」



「……うん私も何ともないよ」



よかった……。僕はともかく、遥陽には部活があるからこんな所で怪我でもしたら大変だ。



ホッと一息ついた僕から身体を離した遥陽は、顔を真っ赤にして俯いていた。まるで夢から醒めて現実に引き戻されたかのように。



「……とりあえず出よっか」



僕のその一言に、遥陽は何も言わずただコクっと頷くだけだった。



たださっきまでのことを思い返すと、そのギャップも可愛いと思ってしまう僕も大概なのだろう。



入る前とはまるで立場が逆転したかのように、今度は僕が遥陽を連れ添う形で外に出た。



恐らく滞在時間は十分にも満たないはずなのに、久しぶりに外の空気を吸った気がする。まあ実際ここも建物の中なんだが。



この狭い狭い箱の中はまるで異空間みたいだった。人の理性を崩壊させる特殊な催眠ガスでも充満しているのかと勘違いしてしまうほどに。



「確か撮った写真って、こっちでいろいろいじってから印刷されるんだよね」



「うん」



……何だか調子狂っちゃうな。遥陽はまだ照れている様子だった。



落書きコーナーとやらはすぐ隣に備え付けられている。僕が遥陽の手を取ると一瞬驚いたようにピクっとした遥陽だったが、すぐにパァっと目を輝かせてその手を強く握り返してくれた。



本当に表情豊かで素敵だな……。



僕の方もつられてニヤケてしまうぐらいだ。



――そんな時だった。僕に向けられていた遥陽の目線が、ふと別の場所に向けられたのは。



「あれっ、遥陽じゃん!」



「本当だ、しかも男連れてるし……!」



「ゆきちゃんに、みっちゃん……」



遥陽の友達だろうか。少し離れたところから、遥陽と同じ制服を着た女の子二人組が手を振りながらこっちへ近づいてきた。

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