第52話 遥陽と過ごす放課後①
***
制服のまま、このショッピングモールに来るのは初めてかもしれない。平日にバイトがある日でも、基本一度家に帰って着替えているので、何だか新鮮な感じがした。
「あっ、私たちと同じ学校の子だよ。一年生かな?」
「本当だ。まだカバンが綺麗だから多分そうだと思う」
駐輪場では、僕たちと同じ格好をした女の子二人組が自転車を停めていた。それ以外にもさっき別の制服を着た学生を見かけたから、やっぱりこの時間帯は多いのだろうか。
「ほら凛くん! 早く!」
気がつくと遥陽はもう入口の方まで進んでいた。こっちを振り返って手を振る遥陽の元へ向かう。
「よく見ると高校生ばっかりだね」
「凛くんはバイトの時は裏から入ってるから気づいてないかもしれないけど、平日はこれぐらいが普通だよ」
「よく来るの?」
「部活が休みの時は友達とけっこう来るよ。息抜きもかねて。凛くんプリクラは初めて?」
「中学の時に部活の友達と一回だけ。もうなくしちゃったけど……」
そんな他愛もない話をしながらエスカレーターで上に上っていく。すぐ近くに私立の高校があるから、さっきから見かける高校生は多分そこの人たちだろう。
確かに側にこんな場所があるなら、格好の溜まり場になると思う。若者の全ての娯楽が、ここ一つで完結してしまうのだから。
「空いてるといいね」
「そんなに人多いの?」
「うーん、タイミングによってはどこもいっぱいの時もあるから」
ゲームセンターの入口に到着した。不安げな表情を浮かべる遥陽を横目に、奥へと進んでいく。
プリクラ機は、フロアの中でもかなりの面積を占めていた。普段僕がゲームセンターに来るときは、軽く流していただけで気にも止めていなかったけど、改めてよく見ると、びっくりするぐらい数が多い。
そしてそれと同じくらい、周りでたむろしている女子高生の多いこと。遥陽の不安は的中していた。
「今すぐ入れるやつも何個かあるね。凛くんどこがいいとかある?」
と言われたところで、僕には何がどう違うのかさっぱり分からない。
どれもモデルか何かの女性の顔が大きく写っている箱が、並んでいるようにしか見えないんだけど……。
「これ物によって違いとかあるの?」
「基本的にはどの機種もほぼ一緒だよ。盛り具合とかがちょっと変わってくるだけで」
「へー」
盛り具合って、あのデコレーション的なあれか。肌の色が舞子さんみたいになったり、目の大きさが宇宙人みたいになったりする。
SNSとかでたまに見かけるけど、全く原型を留めていないようなのもちょくちょく目につく。
絶対素の方が可愛いのにっていうのもあるから、どうしてわざわざガチガチの修正をするのか僕にはさっぱりだ。
――っていうのを今口にでもしたら、どうなるか分かったもんじゃない。
「じゃああそこにする?」
「わかった! そうしよっか!」
なるべく周りに人が少なそうな台を指さした。どれも一緒なら、うじうじ悩むよりさっさと決めてしまった方がいい。
僕自身プリクラ自体には全く興味がないのだけれど、こうして笑顔を浮かべてノリノリの遥陽を見れているだけでも、来てよかったと思う。
「一回四百円だって」
「分かった」
僕と遥陽はカバンの中を漁って財布を取り出す。
「ちょうどある?」
「うん、大丈夫」
遥陽に続いて、百円玉を二枚投入した。
前に遥陽と決めたことなんだけど、特別な日とかではない限りは、遊びや食事のお金は全部割り勘にしようって話だ。
今日はどっちが出すとかしてたら互いに遠慮してしまうし、それで前はこっちが払ったから……みたいな気まずい雰囲気になるのが嫌でそういうことにした。
僕はバイトもしていて多分遥陽よりも蓄えもあるから僕がかっこよく見栄を張ってもよかったんだけど、遥陽の方が許せないらしい。
これからお小遣いは僕とのデート代のためだけに使うって言ってた遥陽。そこまではしなくていいのに……とはちょっとだけ思ってしまう。
部活やクラスの友達とかとも、遊びに出かけたりするはずだから。僕だけに時間もお金もかけさせてしまうのは、少し申し訳ないというか……無理してないのかなっていう考えが頭をよぎる。
「あっ、見て凛くん! カップルコースってのがあるよ! これやろうよ!」
「カップルコース……?」
何それ……? と言いながら僕が画面を覗き込んだ時には、遥陽はもう既に決定ボタンを押していた。
「わくわくするね!」
遥陽はスカートを揺らしながら、小躍りするかのような軽いスキップでカーテンの中に入っていった。
さっきもそうだったけど、心から楽しそうなのが伝わってきて雑念だらけの自分が情けなく感じる。誰でもいいから背中を思いっきり叩いてほしい。
けどそんな都合のいい人なんか居合わせやしないから、心を落ち着かせるように大きく息を吸い込んだ僕は、カーテンをめくって足を踏み出した。
「けっこう狭いね……」
中はキラキラした照明、モニター、カメラがついているだけ。僕と遥陽が横に並ぶと、それだけで窮屈に感じる。
「ここって二人用らしいよ。凛くんってば知らない風を装ってそういうとこはちゃっかりしてるんだから」
「た、たまたまだよ」
これは本当だよ……って思いつつも、ああそうかって一人納得する。辺りにいた女子高生たちは皆五人ほどのグループ集団だった。だからこの台にはいなかったのか……と。
「あっ、そろそろ始まるよ! どんなポーズ指定されるかな?」
「ポーズ……? 普通にピースとかじゃないの?」
「ちょっと凛くんってば、こんな時に笑かさないでよ」
真面目に言ったつもりなんだけど……。それにポーズって勝手にするんじゃなくて向こうがこれやれって言ってくるのか……?
だがしかし。ほぼ初心者と言っても差し違えない僕が混乱しているのをただの機械が汲み取ってくれるはずもなく――
『それじゃあまずは一枚目。彼氏の肩に頭を乗せてみよう』
「えっ?」
「はーい!」
コツん、と右肩に重みが加わる。前の画面では機械のアナウンスの指示通り、遥陽の頭が僕の肩に乗っていた。
「はい、さん、にい、いち」
その瞬間、遥陽にギュッと手を握られ、次いでパシャ、っという音が鳴り、今撮った写真の画像が目の前に表示される。
「ふふっ、凛くん緊張しすぎ! トーテムポールみたいになってるじゃん!」
「い、いやだってこんな急に」
むしろ遥陽は何も緊張していないの……? 今も何が起こったかまだ理解が追いついていないんだけど。
『次は二枚目だよ。お互い向き合ってハグをしよう』
「なっ……」
「凛くん……」
再び固まる僕が横を向くと、遥陽が小さく手を広げて待っていた。
『はい、さん、にい、いち』
カウントダウンは止まらない――
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