第51話 待ち合わせ

***


「――ねえ、長浜くんって二組の国分さんと付き合ってるの?」



「えっ……?」



放課後。今日最後にして一番苦手な数学の授業が終わり、各々帰りの支度を始めている時だった。



隣の席の九条さんが、ふとそんなことを訊ねてきた。



「……まあ一応……けどなんで……?」



「朝いつも一緒に来てるよね? よく見るからそうなのかなあって」



九条さんはいつも僕より早く登校している。僕が教室に入ると必ずと言っていいほど本を読んでいるから、時間が被っているとは思えないんだけど……。



僕は、九条さんの後ろ髪を揺らしている風が吹き抜ける窓の外に目をやった。教室の位置的にちょうど校門を見下ろすことができて、今も現在進行形で生徒たちが下校する姿を捉えることができる。



ここが四階ということもあって、更にはみんな同じ制服を着ているから特定の人を探し出すのは骨が折れそうだ。



けれども、この前達海さんと一緒に行った屋上と比べたら、まだマシ。マシというだけで、その上朝の登校ラッシュの最中に見分けるのは大分目が疲れるに違いない。



まさか九条さんはいつもここから――?



って、さすがにそんなことしていないか。九条さんがそうする理由なんて何一つないんだから。



「付き合いだしたのって夏休み?」



「そうだけど……」



「ふーん……そっか! わたしが言うのも何だけど、長続きするといいね!」



そう言って九条さんはリュックを背負い、教室を後にした。



何だったんだろう。しばらく九条さんが出ていった扉の方をボーッと眺めていた僕だったけど、すぐにノート類をカバンに詰め込んで椅子を引いて立ち上がった。



てか九条さん、よく遥陽のこと知ってたな……。僕なんか一年半経った今でも、同じ学年の半分以上が顔と名前一致していないっていうのに。



小、中と上がるにつれて、段々とコミュニティが狭くなっていっているっていうか、同学年でも同じ場所に集まったりする機会がないっていうのも原因かもしれないけど、やっぱり女子には特有の繋がりみたいなものがあるのかと考えてしまう。






――二学期が始まって一週間。こんな感じで、九条さんとはちょくちょく会話をする。大体は天気の話とか、宿題の話とか。いわゆる同じクラスの隣の席の人とする、世間話だ。



でも恋愛絡みの話題は初めてだったな……。



最後の意味深なあれも、九条さん自身別れているからなんだろう。僕には、彼氏ができたからもう会うのはやめようと言ってたし、自虐的な部分も含まれているのかな。



九条さんが別れたっていう情報は達海さんから聞いたものなんだけど、結局どういった経緯で別れるに至ったのかは分かっていない。



九条さんに相談を持ちかけられた時のことも踏まえて、彼氏の方が浮気したっぽいけど、九条さんの方に落ち度があったからなんて僕からしたら考えにくいことだった。



つい最近までずっと片想いだった僕の勝手な偏見が入っているかもしれないが、そんなすぐに乗り換えられるような人とは思えない。



付き合い始めてからよっぽど性格が合わなかったとか、今まで見えていなかったお互いの黒い部分が露見したとかそんな感じなんだろうか。



そういえば九条さんの代わりに乗り換えたっていうのは、あのテニス部員の子だっけ。



達海さんの話がややこしくて僕の頭はもうパンパンだし、当の本人とはそれっきり会ってないしで、正直誰が誰にハートの矢印を向けているのかあまり把握していない。



多分僕がそうなっている要因の一つが、あの時達海さんがなぜか遥陽に執拗に絡んだせいだとは思うけど、なんか最近身近なところで人間関係が複雑化している気がする。



誰でもいいから、一回整理して紙に書いてほしいものだ。



よく考えたら、僕って巻き込まれているだけなんじゃないのか……? 一人ため息を吐いた僕は、教室に残る理由がないため廊下に出た。



「――どうしたの凛くん? ため息なんかして」



「あっ……遥陽」



自然とうつむき加減で歩いていた僕は、教室の外にいた遥陽に声をかけられハッとした。



そうだった。今日は部活が休みだから一緒に帰る約束をしていたんだ。



「下駄箱で待ち合わせるんじゃ……」



「私のとこ早く終わったから、せっかくだし……それとも嫌だった……?」



遥陽の目線が左右に動く。廊下は生徒たちがまばらに行き来していた。



主に僕のクラスメイトが、興味本位で一瞬足を止めてこっちをチラッと見やっているっぽい。



クラスでもほとんど目立たない僕が、女の子と待ち合わせしていることに非日常的な何かを感じ取ってでもいるのだろうか。



「いや、全然大丈夫だよ……! 行こっか!」



「あっ、待ってよ凛くんー!」



僕は遥陽の肩を叩いて、歩みを早めた。下へ降りる階段に足をかけたところで、遥陽も追いつく。



「もう、そんなに恥ずかしがらなくてもいいのに」



「僕そういうキャラじゃないから目立つのはちょっと……」



中には付き合っていることを隠そうともせず、みんなの前で堂々とイチャついているカップルもいるけど、僕にはそんなこと絶対に無理だ。



別に内緒にしておきたいってわけではない。ただ見せびらかしたり、わざとそういうアピールをするようなことをしたくないってだけである。



「私はもうクラスの仲いい子には彼氏ができたって言ったんだけどな」



「えっ」



「だってこれまで周りで散々『彼氏が~』みたいな話を聞かされていたんだよ私。私だって凛くんの自慢したいし」



「まあそれぐらいは別に構わないけど……」



よく考えてみれば、本来遥陽は僕とはほぼ真反対側の住人だった。俗に言う陽キャたち。僕みたいにクラス内でも空気のような存在とは縁のない集団。



だからあっという間に情報は広まるんだろうな……。でも嬉しいことに、多分クラスで僕をイジってくるような人はいないと思うし……。



唯一心置き無く会話ができる雅樹は例外かも知れないけど。








「それじゃあ行きますか!」



校門をくぐりぬけ、自転車に跨った遥陽の合図で僕はペダルに足を乗せた。



今日は、遥陽が恋人ができたらどうしてもしたいことがあるって、前から言っていたことをする予定になっている。



「平日のこの時間帯って学生とか多そうだよね」



「けっこう多いと思うよ。バイトの時とかよく見かけるし」



僕たちが向かう先は、最早お馴染みとなっているショッピングモール。



――お互い制服姿でプリクラを撮る。



遥陽のその願いを叶えるべく、秋の訪れを感じさせるような夕方の風を正面から受けながら、僕は自転車を走らせた。



















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