第49話 一人で過ごす休日
***
「暇だな……」
二学期に入って初めての週末を迎えた。
学校はもう既に、本格的に授業が再開しているから、これまでみたいにダラダラ過ごしたりはできない。空いた時間を見つけて、予習や復習をしなくては。
今週は遥陽も部活で忙しいらしく、残念だけど会って出かけたりはできない。もうすぐ大会があるらしいから仕方ない。
そして珍しく、この土日は二日間ともバイトのシフトは入っていなかった。
元々夏休みが終わればシフトを減らそうとは思っていた。平日一日プラス、土日どっちかって考えていたんだけど、僕のところはフリーターや大学生の人達が優先されることが多いから、希望する人が多かったんだろう。
――昼食を済ませて、数学の問題集を閉じた僕は、窓の外から吹いてくる生暖かい風に釣られて外に目をやった。
昨日まで真夏日が続いていたのが嘘のように、今日は気温も低くて涼しかった。試しに朝からエアコンはつけずに、扇風機と自然の風だけで過ごしていたんだけどこれが以外にも快適だった。
もうすぐ夕方だから、一番暑い時間帯も乗り越えてここからさらに涼しくなる。
ずっと部屋にこもっているのも退屈だし、散歩がてら近くの本屋に行くことにした。
――マンションから近くの本屋までは、自転車で十分程で着く。
国道に面した通りに位置するこの書店は、僕が小学生の時に新しくできた。
大型ショッピングモール内にある本屋と比較しても引けを取らないぐらいの面積と保有量を誇るから、大抵の目当ての物はここで見つけることができてしまう。
最近は欲しいものがあったらネットで注文することが多くなっているけど、やっぱり本は実際に店頭で手にして、自分の目で見て選びたいなっていう思いがあった。
やっぱり休みの日だからか、中はそれなりの人で賑わっていた。僕は普段学校帰りに寄ることが多いから、その倍は入っているような気がする。
入口付近は児童書や生活関連のコーナーがあり、そこから進んでいくと小説や参考書、更に奥には漫画やライトノベルが展開されている。
推理小説が好きな僕は、最近発表されたミステリーのランキングコーナーに立ち寄ると、順番に手に取ってあらすじを確認していく。
推理小説と言っても、本格物に拘っているわけではなく、非現実的な特殊物や設定が混ざっていても全然気にしない。
僕は単純だから、いつも叙述トリックや最後のどんでん返しに気づくことなく、作者の計算通りに騙されてしまう。けどこれがいい。
途中で気づいてしまうよりは、何も知らないまま読み進めて最後の種明かしでスッキリする方が、言いようのない快感を感じてしまうのだ。だから、思う存分騙してくれって思っている。
――その後はしばらく、ふらふらと新刊コーナーで物色したりして、とりあえず今日は面白そうな物を二冊買うことにした。
かれこれ一時間ぐらい徘徊した結果、結局二冊とも推理小説にしてしまった。どちらも文庫サイズだから、値段はそれほどかからない。
――それらを手にした僕がレジへと向かっていると、思わず足を止めてしまうタイトルの本が目に飛び込んできた。
『恋愛マスターRKの超人心掌握術』
それは心理学本がいくつか並ぶ棚に、平積みされていた。
前に遥陽が家に来た時に知られてしまったけど、僕はこの手の書籍をいくつか保有している。
この著者のRKという人物は僕も名前が聞いたことがある。最近ネット上で話題になっていて、詳しくは知らないけど何でも海外の大学で心理学を学んだ、言わゆる本物だとかなんとか。
そこらのちょっと怪しい自称メンタリストとは違うということで、その効果も絶対だと思われているのだろうか。
これまで散々こういうマインドコントロール系の本をインプットしてきた僕からしても、正直興味を引いてしまうタイトルだけど、そっちはもう昔に終わらせている。
――ほんの一瞬昔を思い返しそうになった時、今まさに目の前でその本に手が伸びていくのが見えた。
半袖半ズボンで短髪の男の人。同い年ぐらいのこのシルエットに何だか見覚えが…………。
「……福村君?」
「うぇっ!? な、長浜さん……!?」
やっぱりそうだ。咄嗟に足を後ろに引いて棚にぶつけた福村君は、ふくらはぎの辺りをさすりながら苦笑いを浮かべていた。
もしかして声をかけなかった方がよかったのかな……。手に取ろうとしていたタイトルがタイトルなだけに、僕としても少し気まずい。
「……バイト以外で会うなんて珍しいね。今日は部活も休み?」
とりあえず、何も見なかった体を装う。
「そ、そうなんっすよ。集めている漫画の最新刊が出たんで、涼むついでに――そういうことですから、俺は先に行きますね……!」
……行ってしまった。
福村君は、最近同じアルバイト先で働くことになった後輩だ。達海さん経由で入って僕と同じキッチン担当だから、シフトがかぶった日はよく二人で話している。
氷の上を滑るようにして、人の間を縫ってフロアを駆け抜けてきった福村君の右手には、しっかりとRKの著書が握られていた。
――福村君は美帆のことが好きだ。
もうバイト中に何度も聞かされていることだけど、福村君は美帆が僕の義理の妹だということを知らない。 ただ何となく、言いたくなかった。
学校も違う子を一途に想い続ける気持ちは僕には少し理解できない。僕だったらすぐに近くにいる他の子に目が移ってしまいそうだ。
達海さんから話を聞く限りは、二人の仲は全くと言って良いほど進展していないらしいけど。
福村君は話していてもいい人だし、本当に人間ができている。けど美帆の気持ちを無視して勝手に福村君に協力するのは、何となく後ろめたさを感じるから傍観者に徹していた。
こんな本――と言ったら著者に失礼だし、昔の僕も否定してしまうことになってしまうけど、やっぱりビジネスのために作られた他人の文章を頼るより、自分の気持ちをもっと大切にするのが一番だと今だからこそ言える。
――その後僕はすぐにレジで会計を済ませたけど、福村君の姿は見当たらなかった。まだ別の所にいるのだろうか。
まあ確かに、僕が逆の立場だったら布団をかぶってベッドにうずくまっている。
今日のことは向こうから話題に出してこない限り、なかったことにしておこう。
***
帰宅した時、美帆はもう家にいた。何だかんだ僕が家を出てから二時間も経っていた。
「おかえり兄さん、また本買ってきたの?」
「うん、美帆にも今度貸してあげようか?」
「美帆は文字が読めないから……漫画だったらいいけど」
文字が読めないって、何歳なんだ全く。途端に表情が強ばる。昔から美帆は進んで本を読もうとはしなかった。読書感想文だって僕のを写そうとしたり、映画の感想をそれっぽく書いたりしていたし。
何でそんなに活字が嫌いなんだろう。あるいは紙が駄目なだけで、電子書籍だったらいいのかな。
「そういえばさ」
「ん?」
「美帆って…………いや、何でもないよ」
僕はリビングから、自室へと引き返した。
思わず好きな人がいるか聞きそうになった。兄にこんなことを尋ねられるなんて、絶対キモがられるに決まっている。
いかんいかんと首を振った僕は、さっき買ったばかりの小説のうちの一冊を取り出した。
読む時に邪魔だから帯はいつも外して読むんだけど、その帯の後ろの強調されたアルファベット二文字に今日の不思議な縁を感じてしまった。
言わく、あの天才メンタリストRK氏絶賛とのこと。
『この僕でさえ彼女を全て読み切ることはできなかった~』
みたいなことが書いてある。
本のあらすじは、とある大企業の社長の一人息子である高校生の主人公のクラスに、自分が許嫁であると言う四人の女の子が転校してくるところから始まる。
だが実際の許嫁は一人だけで、その他は資産目当てだったり、ライバル会社からの刺客であったり――と。
主人公の父親は、いずれ会社を継ぐものとしてそれぐらいは目利きできるようになれ、とのことで……。
何かいろいろツッコミどころ満載な気がするけど、有名な新人賞を取ったらしくてつい購入してしまった。
ネタバレは踏まないように本屋内で少しだけ調べてみたんだけど、これが意外と好評で恋愛とミステリー要素を上手く絡めて読む人を絶対驚かせる一冊に仕上がっているらしい。
事前情報はこれぐらいにして、さっそく読み進めていくことにする。
ページ数は少し多いけど、明日も休みだから徹夜しても問題ない。
そして最初のページを捲っていく――
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