第48話 四人の……(後編)
***
「――ここに写っている二人って、遥陽さんの知り合いっスか?」
今どきのイケてる風な可愛らしい女の子――達海さんに真正面から見据えられた私――国分遥陽は、彼女が何を意図してそれを見せつけたのか全く分からないでいた。
突然凛くんと肩を並べてやって来たかと思えば、全然関係ない人の話をし出すなんて……。
凛くんだけでなく美帆ちゃんとも仲がいいらしいし、何だか私だけ除け者にされている感があるよね。
けど問題はそこじゃない。
達海さんが私たちに差し出した、スマホの画面の奥で笑っている写真。何の変哲もない、一組のカップル。
そこにいる女の子は、私と同じクラスの
背が高くてスタイルもよく天然まじりのおっとりとした性格で、一年生の時にクラスが一緒だった。嫌っている人がいないくらい、誰とでも分け隔てなく接せられるような子だ。
そしてその相手――もう一方の男の人は…………誰だろう。
「そこの女の子は同じ部活の友達だけど、男の人は知らないよ。皆の知り合いなの?」
「えっ……」
私の返答が意外だったのか知らないけど、達海さんはなぜか口を半開きにしたまま少しの間フリーズしていた。
「この人、九条雛美さんの元彼っスよ。九条さんが先輩じゃなくて、この人を選んだ。本当に知らない人なんスか?」
「私も一年の時から仲が良かったけど、まさか付き合ってる人がいたなんて知らなかったよ。なんか奇妙な縁だね」
凛くんに目配せすると、気まずそうにちょっと目を逸らされた。
それにしても、達海さんはどうしてそんなに慌てているんだろう。この子の口から九条さんの名前が出てきたことにもちょっとビックリしたけど、この男の人がそうなんだ。
だったら九条さん振られたのかな? その次の相手がまさか、こんな身近な人だとは。
そもそも、私は九条さんのことを全く知らなかった。それこそ美帆ちゃんや凛くんから聞くまでは。
落ち込んでいた様子の凛くんを見て九条さんのことを憎いと思ってしまう反面、二人が結ばれなくてよかったと感謝してしまう気持ちもあった。
けど同じようなことがいつ起こるか分からない。今回みたく私の知らない間に、私が蚊帳の外で何もかもが手遅れになっている可能性だってあったのだ。
――凛くんは絶対に誰にも渡したくない。
どうすれば凛くんと付き合える?
いろいろと悩んだんだけど、結局私にできるのは正面突破。素直に直接想いを伝えることだった。
――結果はまあ、一旦保留的な。
それでも自分の想いはぶつけることができた。凛くんもちゃんと真剣に、受け止めてくれたはず。
凛くんが今まで私をどういう風に見ていたのかは分からないけど、ちゃんと一人の女の子として意識してくれれば望みはある。
だからもし駄目だっとしても、また今まで通り幼なじみとして――
ってなるわけないじゃない。
これまで私と凛くんは、友達以上恋人未満だったって、勝手に私は思っていた。その微妙に保たれていた均衡を私は崩してしまったのだ。
もう後戻りはできない。それがハッピーエンドとバッドエンドのどちらに倒れるかによって、私の今後の人生は大きく変わる。
――そんな時だった。
ある日、部室の私のロッカーに、謎の封筒が入っていた。
中身はペラペラで、誰かが間違えて入れてしまったのかなと思ったんだけど、そこには私宛ての名前が書かれていた。けど差出人は不明。
ロッカーはそれぞれ割り当てられていて場所は決まっているもののカギはついておらず、防犯面ではかなり心もとない。
以前も別の部活で盗難事件が起こったりしていて、私自身はロッカーをただの私物置き場にして、貴重品はテニスコートまで直接持っていくことにしていた。
だから誰でも容易に手を突っ込んだりはできるから、誰からのものなのかの特定は、けっこう難しくなる。
その日の部活は特に別段変わったこととかは起こることなく、普通に終わった。
家に帰った私はその封筒を開けて、中に入っていた一枚の印刷された写真に、言いようのない恐怖を感じてしまった。
それは――私、美帆ちゃん、凛くんの三人で、前にフードコートでお喋りしていたときの写真。
どうしてこんな物が?
と思っていたらもう一枚入っていたのか、床に落ちたコピー用紙を拾い上げた私は、今度こそ絶句してしまう。
【私の彼にこれ以上近づくな】
何なのこれ……?
けど文面から察するに、私が凛くんを好きだってことを知っていて、その人が私の邪魔をしているってこと……?
いったい誰がそんなことを……。
一瞬九条さんの存在が頭をよぎったけど、自分から見切っておいてそんなことをするなんておかしい。
それとは別に、私の気持ちを知っていて、尚且つ凛くんに好意を抱いている人――
…………美帆ちゃん?
いや、けどただの推測だけで疑うのはいけない。
九条さんみたいに、私の知らないところでまた、凛くんにちょっかいかけるような女の子がいてもおかしくないんだ。
――そのとき、私の脳髄に雷が落ちた。
これは使えるかもしれない。この際差出人が誰とか、目的が何とかどうだっていい。
ピンチは最大のチャンス。脅して私から凛くんを遠ざけようとする魂胆があったのかもしれないけど、それを逆に利用させてもらおう。
凛くんは素っ気なさそうに思えて、本当はすごく優しい人だってことは私が一番よく知っている。
私には凛くんしかいない。凛くんがいないと何もできない。そう訴えて、凛くんの心の中にスルスルと潜り込ませてもらおう。
――最低なことをやろうとしている自覚はあった。
多少の罪悪感だってある。けど全部が全部嘘じゃない。盗撮されたのも、変な脅迫を受けたのも事実だから。
タイミング的に、自作自演だって疑われるかもしれない。そこだけがちょっと怖かったけど……。
――私は大勝利した。
見事ハッピーエンドを迎えられた。
今となっては、あれが誰の仕業だとかはどうでもいい。むしろ感謝したいぐらい。
だってあれのおかげで、私は凛くんと結ばれることができたと言っても過言ではないのだから。
***
どうしたんだろう、さっきから。
達海さんも美帆も遥陽も、固まったまま動かない。
ちょっと前まで自信満々の表情を浮かべていたはずの達海さんが、狼狽しているような気がする。あくまでも僕の印象だけど。
てかどうして、達海さんはそれを遥陽に問いかけたんだろう。確かにそこの女の子は遥陽の友達かもしれないけど、男の人の方は遥陽とは何も関係ない人のはずなのに……。
案の定、遥陽は頭上にはてなマークを浮かべて首を傾げている。
美帆は達海さんが見せている写真をボーッと眺めたまま。
「――あっ、いたいた。もう休憩終わるよ美帆ちゃん! それと遥陽も!」
そんな静寂を外から破ったのは、今まさに達海さんのスマホの中にいる人だった。
僕はその人の名前も知らないけど、遥陽と美帆の背後から近づいてきた問題の女の子は、スラッとした体型で感じの良い笑顔を向けながらやってきた。
達海さんは慌ててスマホをしまい、遥陽と美帆の二人も驚いたように後ろを振り向く。
「も、もうそんな時間なんだ。じゃあ私たち行くね、凛くん、達海さん」
「ばいばい兄さん、華奈ちゃん」
当たり前だけど、さっき屋上から見下ろしていた時と同じ格好の水色のポロシャツの子は、僕と達海さんに対しては僅かに視線をやっただけで、その後すぐに二人を連れて立ち去って行った。
「……今の人」
周りに誰もいなくなった後、達海さんがぽつりと呟いた。
「遥陽さんが仲のいい友達って言ってたのに、最初にひーちゃんに声かけてたっスね。遥陽さんはついでみたいな感じで」
「それがどうかしたの?」
何かおかしいことでもあるんだろうか。わざわざ気に留めるようなことでもないと思うんだけど……。最初に美帆が目に入ったとかで。
「先輩、帰りましょっか」
「えっ? う、うん」
ここに来る道中とは打って変わって、テンションダダ下げの達海さんからは声をかけづらいオーラが全開だった。
結局ここに何しに来たのかよく分からなかったな。
お目当てだった子に会えたと言えば会えたけど、向こうはこっちのことを認識してすらいなかった感じだったし。
部活の途中で邪魔しに来たって思われて、むしろ悪い印象を与えてしまったかもしれない。
例の盗撮写真だけは未だに気がかりだけど、なんか達海さんも調子悪そうだから別に今日じゃなくてもいいか。
一応達海さんと分かれる途中まで付き添って帰ることにした。
全く口を開こうとしないからちょっと心配したけど、ちょっと暑さで頭がおかしくなったって言ってたから、しょうがないしスポーツドリンクを買ってあげた。
もちろん、その貸しが返ってくるなんてことは全く期待していない。
――そうして、僕の二学期初日は終わりを迎えた。
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