第47話 四人の……(中編)

***


この先は言葉を慎重に選ばなければいけない。



華奈は口の中を舌で濡らし、軽く深呼吸をした。側では凜玖、美帆、遥陽の三人が華奈の次の言葉を待っているようだった。



――まるで推理小説の探偵みたいだ、と心の中で自虐的に笑う。



今から自分が行おうとしているのは、そんな正義の味方とは程遠いものなのに――



「――さて、愛の力は偉大だってよく言うっスけど、それが必ずしもよい方向に向くとは限らないんスよね」



華奈は派手にデコレーションが施されたスマホを取り出して、手馴れた手つきで画面をスワイプしていく。



「この写真はお兄ちゃんにお願いして送ってもらったものなんスけど、見てもらっていいっスか?」



写真を拡大した華奈はスマホを三人の方へ向け、それぞれの反応を探る。



「これは……」



「あっ……」



思った通り、反射的に声を漏らしたのは美帆と遥陽だった。凜玖はそれを凝視したまま僅かに首を捻っているだけ。心当たりがあるようなないような、といった具合か。



「まあ二人からすればよく知ってる人っスね。同じ部員なんスから」



以前兄に九条とその彼氏が今も仲良くやっているのか尋ねたところ、もう既に別れて女テニ部員と付き合いだしたということを聞いた。



そしてさっき、兄に対して九条の元彼とその今の彼女であるこのテニス部員のツーショットを手に入れて、送るようお願いしたのだ。



その間適当に時間を潰して、もしダメそうならまた日を改めようと思っていたのだけれど、兄はしっかりとお願いを叶えてくれた。



華奈が三人に見せたのは、その二人が顔を寄せ合って撮った自撮り写真。



「でも何で……」



瞳の奥に渦を巻いてそう漏らしたのは、美帆だった。



それはそうだ。そこに写っているのは、九条と付き合っているはずの男。他の誰でもない、華奈と美帆が計画したのだから。



それとは対照的に、口を閉ざしたまま写真を見つめているのは遥陽だった。



なぜその写真を今見せられているのか。内心驚くのも無理はない。他の誰でもない、遥陽がそうなるよう仕向けたもの――のはずだから。



――華奈にはずっと腑に落ちないことがあった。



どうしてずっと九条に惚れ込んでいた凜玖が、コロッと心変わりして遥陽と付き合うことになったのか。



自ら身体も張った経緯から、そういうことで落とされたわけではないのは確か。



美帆から聞いたり、バイト先での凜玖との付き合いから考えて、一番しっくりくる理由が凜玖と遥陽との間で決定的な出来事があった――ということだった。



例のカラオケで、凜玖はとある女の子に告白されたと言っていた。それが遥陽だろう。けどその時点では保留状態で、凜玖もまだ九条のことを諦めきれずに迷っている様子だった。



けれども、その後に起きた何かがきっかけで、凜玖の中の九条と遥陽が逆転したのだ。華奈にはそれが何なのか、ずっと分からずにいた。



美帆から凜玖と遥陽の関係を聞いたとき、もしかしたらという一つの仮説が生まれた。



華奈と美帆が九条を凜玖から引き離すよう模索したように、同様に遥陽も似たようなことをしたのではないかと。



それで兄に探りを入れてもらい、得た結果がこれだった。



そこから華奈が導いた結論は、遥陽は華奈や美帆と違って、凜玖を唆した九条に対して復讐を行ったのだと――



凜玖の心を弄んだ挙句、自分は本命の男と付き合い出した九条のことを遥陽は許せなかった。



だからと言って、もちろん本当に凜玖と付き合うなんて言語道断。もしそうなったらそうなったで、別の行動を取っていたのかもしれない。



そして憔悴した凜玖を見てチャンスだと捉えた遥陽は、見事に凜玖の傷んだ心を癒して射止めることができた。



遥陽と件のテニス部員がどう繋がっているのか、それとも遥陽自身が九条の元彼に接触していたのか、そこら辺はまだ推測の域を出ない。



――そしてもう一つ華奈の頭を引っ掻き回していたのが、例の盗撮写真だ。



あれが撮られたタイミング的に、男は九条とはまだ別れていなかった。そしてさっきの凜玖とのやり取りで、遥陽の元にその写真が届いたのは間違いない。



だとすれば、華奈の想像よりももっと早い段階で、遥陽は何らかの手を打っていたのだと考えられるのだ。その先を見越して――?



――自作自演。



その四文字が、華奈の脳内をよぎっていた。



それならかなり辻褄は合う。凜玖にとっても遥陽はそこら辺の女子とは違う、大切な幼なじみだった。



そんな幼なじみから好意を伝えられ、さらには何らかの事件に巻き込まれている体を装えば、きっと凜玖は放っておかないだろう。



そうなれば、全てが今に繋がる。






――だから本当はキーパーソンにここにいてほしかったのだけど、一体どこにいるのか。周りを見渡してもそれらしき人は見当たらない。



背が高いから、いたらすぐに目に入るのだけど、トイレにでも行っているのだろうか。



時間もあまり残されていない。



遥陽の反応からして、自分の考えが的外れではないと華奈自身手応えを感じていた。



――もういっそのこと、直接問いただすか?



華奈の今日の本当の目的は凜玖にはもちろん、美帆にも言えなかった。



最初から四人になったのは失敗だったか――と後悔してももう遅い。



一人話の事の重要性を理解していない凜玖は一旦置いておく。



ここからは探偵とは程遠い、仮説と状況証拠を並べただけの推論を展開していくことになる。



「ちょっと遥陽さんに聞きたいことがあるんスけど、ここに写っている二人って遥陽さんの知り合いっスか?」



華奈の本当の目的――それは、美帆の遥陽に対する認識を変えること。



平たく言えば遥陽から凜玖を奪い取るために、まずは幼なじみのお姉さんや、頼りになる先輩という甘えた気持ちを完全に捨てきってほしかった。



美帆も言葉では凜玖と添い遂げる――なんて口にしてはいるが、遥陽がいる前ではそれも無力になる。



凜玖と同じで、美帆にとっても遥陽は特別な存在らしい。だがそんな心持ちでいる限り、美帆に勝ち目なんてない。



勝つためには、遥陽が凜玖と恋人同士になるためにどんな手を使ったのか――国分遥陽にはこういう裏があるのだと美帆に知ってもらう必要があった。



だからと言って、何も華奈は二人の仲を引き裂きたいわけではない。まあ多少、本当の姉妹のように中が睦まじいことに嫉妬していないわけではないが。



遥陽がどのような手を使ったとしても実際に凜玖の彼女になったという事実があるのだから、法に反するようなヤバいことをしていない限りは、それ事態は否定しない。



たけど好きな人を手に入れるためには、ここまでしないとダメなんだと美帆には知ってもらう必要がある。それを遥陽はやったのだと。



ここからはある意味、遥陽がどのような返しをしてくるかに委ねられていた。



――すみませんっス、先輩、遥陽さん。あたしは最初から最後まで、ひーちゃんサイドっスから。


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