第46話 四人の……(前編)
僕、達海さん、美帆、遥陽。
この四人が同じ場に集まるのはこれが初めてだ。美帆と遥陽はそれぞれ困惑したような表情で、僕と達海さんを交互に見やっていた。
やっばり達海さんと一緒にいたところをこの二人に見られたのは、少し後ろめたさを感じてしまう。
一体なんて言えば……。
ここもまた達海さんに任せるしかないのか。
「うーん……ひーちゃん、休憩時間ってどれくらいあるんっスか?」
「大体十五分とかだけど……」
「じゃああまり時間は取れないっスね」
達海さんは何かを数えるかのように、指を折ってぶつぶつと呟いているが、どうしたらいいんだこの状況を。
「凛くんと美帆ちゃんの知り合いなの……?」
顔の汗をタオルで拭った遥陽が再び問いかける。この中で、唯一面識がないのが遥陽と達海さんだ。やっぱり僕が紹介した方が……。
「あっ、はじめましてっスね。あたしは達海華奈と言うっス。そこの先輩のバイトの後輩で、ひーちゃんの幼っス」
屈託な笑顔を浮かべて、自己紹介を始めた達海さん。達海さんの弾丸のような喋りに、遥陽はやや気圧されて何度か頷くだけだった。
達海さんが何者かは分かったけど、何でここにいるのかは全く理解していない。それは美帆も同じで、さっきから僕が家でもほとんど見たことがないような目で、達海さんを睨んでいた。
そんなに怒ることなのだろうか……とは思ってしまうけど、実はこの二人喧嘩中とかじゃないよね。
「本当はあともう一人同席してほしかったんスけど、時間がないみたいだし仕方ないっスね」
そう言って場を仕切り出した達海さんに、美帆がすかさず反論する。
「ごめん、全然状況が把握できていないんだけど。兄さんはともかく、華奈ちゃんはほんとにこんなとこで何してるの?」
「まあまあ落ち着いてくださいっスよ」
「これが落ち着いて――」
美帆と達海さんが互いに口撃し合っている間、僕は遥陽に詰め寄られていた。精神的にも物理的にも。
「ねえ凛くん。わざわざ私に可愛い後輩を紹介してくれるためにここまで連れてきたの?」
「いや、そういうわけでは……達海さんが勝手に来ただけだし……」
ズイと顔を寄せられ、僕は反射的に上半身を仰け反らせた。何もやましい事なんてないはずなのに、つい目を逸らしてしまう。
あの時達海さんの事なんか無視して、大人しく家に帰っておくんだった。少し前の自分を恨むも、もう遅い。
僕の心が砕かれるかどうかは、この先の達海さんに全てがかかっている。当の本人は未だに美帆と言い合っているが……。
「それで二人は、美帆ちゃんに用があってきたの?」
「ひーちゃんだけじゃなくて先輩の彼女さんにもっスよ」
「私……?」
美帆を手で押さえつけた達海さんが、顔だけをこちらに向けて言う。まるで子犬同士の喧嘩みたいなんだけど。
「ほらひーちゃんも落ち着いて。また今度先輩がおいしいお店に連れて行ってくれるっスから」
「ほんとに……?」
――瞬間、照明が切り替わったかのごとく美帆の瞳に光が宿った。さっきまで達海さんに対して送っていた漆黒の眼差しとは正反対だ。
汗も相まってか、妹に涙で濡らしたような上目遣いを向けられては、僕も断りづらい。
「……また今度ね」
領収書はもらって達海さんに請求するからな。
てか何だこの茶番は。そろそろ休憩時間終わるんじゃないの……?
僕はここに来た本来の目的すら忘れそうになっていた。そういえば肝心の、あの背の高い女の子がいない。達海さんはどうするつもりなんだろう。
「――それでは早速本題に入りたいんスけど、先輩の彼女さん……あたしも遥陽さんって呼んでもいいっスか?」
「別にいいけど……」
初対面なのにグイグイいくな。僕がやられたら逆にドン引きするレベルのコミュ力だ。
だが達海さんはそんな物もお構いなしに続ける。
「実はあたしのお兄ちゃんがここの書道部に所属していて、今日はその忘れ物を届けにここに来たんスよ。先輩にはその案内を頼んだだけで、借りちゃってすみませんっス」
「そう……だったんだね。それぐらい全然私は気にしてないしいいよ。どうせ凛くんも暇だろうし」
真実の中に嘘を混ぜる達海さん。そして遥陽……どうせ暇はちょっと悲しい。事実だけど。
「それでせっかくここまで来たんだから、ひーちゃんと遥陽さんの可愛い練習着姿を間近で拝みたいなーって、先輩が」
「は……?」
「兄さん……」
「凛くん……」
途端に二人から侮蔑の眼差しを向けられる僕。心なしか、一歩後ずさったような気もする。
横では達海さんの口角がつり上がったのを僕は見逃さかなかった。もうそろそろ痛い目見てもいいんじゃないかと思う。
――だが実際、達海さんに言われたからではないけど、二人の今の格好は僕にとって刺激が強いというかなんというか。
二人ともノースリーブに膝がはっきり見えるぐらいの短いスカート姿だった。制服とは比べ物にならないぐらいほど肌の露出が多く、まじまじと見つめられないというのもまた事実であった。
「……別に言ってくれればいつでも見せてあげるのに」
「そ、そうだよ兄さん……美帆だってこれぐらいなら……」
手を前に組んでもじもじする二人を前にすると、何かこっちまで照れてきて――ってなんだこの状況は。
そもそもここに来た原因の十割は達海さんだ。その現況の主は遥陽に向かって『こんな所で惚気ないでくださいっスよ』とか、美帆に対して『ひーちゃんはビジュアル自体は悪くないんスけど胸の方がねぇ』とか言って美帆にしばかれていた。
――そして、軽く美帆をあしらった達海さんは再度向き直ると、今までのおどけたトーンとは異なる声で静かに言った。
「――そうっスよね。大好きな人に好きな人がいれば排除したいっスよね。何としてでも」
「えっ?」
「華奈ちゃん……?」
何だ急に……。遥陽と美帆も達海さんの顔から笑みが消えたことに気づき、何事かと目をぱちぱちとさせる。
達海さんの今のは誰に向けての言葉だったのだろうか。遥陽? 美帆? それとも僕?
悪寒に似た寒気を感じる。夏なのに……まるでホラー映画でも見ているかのような。
僕がゴクリと唾を飲み込んだ音が達海さんに聞こえたのか、達海さんは僕にだけ聞こえるように耳打ちして――
「大丈夫っスよ。なるべく誰も傷つけず、穏便に済ませるっスから」
全く不安は収まらなかった。裏を返せば、誰かが傷つく可能性があって穏便に済まされないかもしれない、ということだった。
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