第45話 テニスコートへ
***
達海さんの話に付いていけてない――というのが、今の僕の現状だ。
一つずつ整理していこう。
九条さんが彼氏と別れたのは分かった。前に他の女と一緒にいる写真を見せられているから、多分それが原因になったんだと思う。
それで九条さんの元彼が、別の人に乗り換えていて、その人が今テニスコートにいるってことでいいんだろうか……?
九条さんの元彼が僕たちの写真を撮って、遥陽のうちに脅し文と一緒に投函した。
これに関しても、なぜそんなことをしたのかさっぱり分かっておらず迷宮入りしかけている。
「……その乗り換えた子ってのはどこにいるの?」
「えーっとっスね……」
僕は遥陽と美帆以外のテニス部員のことなんてほとんど知らないから、ここからだと指を指されても誰? ってなる。
とりあえず顔だけでも拝んでおいてもいいだろう。
「あれっスよ。ひーちゃんの後ろの後ろにいる、背の高い人っす」
達海さんの横に並び、まずは美帆を見つける。その二つ後ろだから……。
「あの水色の……?」
「そう、その人っス」
水色のポロシャツに、黒いスカートのようなショートパンツ。確かに達海さんの言う通り、身長が高い。
これだけ距離があるとみんな小人のように見えるけど、その子はその中でも頭一つ分飛び出ていた。
ということは、あれが以前九条さんに見せてもらった写真に写っていた女の人――ということになるのだろうか。
あの写真は暗くてしかも後ろ姿だったから、それだけでは判断できないけれど、達海さんの話を加味するとそう考えてもいいのかもしれない。
「これもお兄さんの情報?」
「そうっスね。シスコン全開ですから何でも言うこと聞いてくれるんスよ」
達海さんのお兄さんがかなり不憫なように思えてくるが、実の妹からのお願いはやっぱりなんだかんだ断れないんだろう。
もしそれが僕と美帆に置き換わったとしても、僕は達海さんのお兄さんと同じになると思う。たとえ大きくなっても、妹であることには変わりないんだから。
「じゃああたしは先に行くっスね」
「……うん?」
手を振りながら、するするっと僕の脇を通り抜けて校舎内に戻ろうとする達海さん。
達海さんは、帰る――のではなく、行くと言った。
僕のポンコツ脳内コンピュータがその一言に秘められた答えを弾き出したのは、ちょうど達海さんの姿が扉の奥に消えていったのと同時だった。
「ちょっ、達海さん!」
暑さによる汗とは全く異なる、冷や汗が全身を伝うのを感じながら、僕は達海さんの後を慌てて追った。
――テニスコートの近くまでいくつもりだ!
その答えが間違えであってほしいと願いつつも、半ば諦めていた。
このまま普通に追えば達海さんに並ぶことはできる。けど、だからと言ってその歩みを阻止できるのかはまた別問題だ。
達海さんが何を考えているのか分からない以上、僕を取り巻く人間関係をさらに引っ掻き回されるのは避けたい。
達海さんは僕で遊んでいるのか、それとも他に何か目的があるのか。
前者なら、本気で怒れば多分分かってはもらえる。もし後者なら……一体何が達海さんを突き動かしているのかって考えると、美帆しか思い浮かばない。
さっきも、美帆には昔助けられたとか言っていたし何かその辺が関係ありそうだけど、それも全部僕の推測に過ぎない。
僕は美帆と達海さんがどういう仲なのか、何も知らないわけだから。
――そんなことを考えながら階段を降りていき、玄関口でスリッパを脱いでいた達海さんを発見した。
「達海さん……!」
「先輩ちょっと顔怖いっスよ」
「テニスコートに行く気……?」
「はい、先輩も行けば多分分かるっスよ」
何が――とは聞かなかった。
僕は自分の靴箱に行って、スリッパから運動靴に履き替える。
「一人で歩いてたら不審がられるでしょ」
達海さんも止められるのを覚悟していたのか、僕のその行動に少し驚いている様子だった。
わざとなのかは分からないけど、推理小説みたいに情報を小出しにする達海さんの相手をするより、素直に従った方がいいのかもと、僕は思い始めていた。
達海さんが僕に伝えたいのは何なのか、僕に見せたいのは何なのか。
日常生活を送る上で不必要な、いざこざはもう全部取り除きたい。
誰が誰と付き合っているとか、別れたとか、好きだとか、どうだっていい。
僕は遥陽と付き合っていて、美帆は大切な妹。達海さんはバイトの生意気な後輩。もうそれでいいじゃないか。
確かに僕が九条さんのことを引きずったり、その後も何やかんやしてたのが原因な部分もあると思う。だからこれで完全に切る。この先未練も絶対に残さない。
唯一の懸念点である、遥陽とあの写真の件だけ明らかになればそれで十分。
その鍵を握っているであろう、九条さんの元彼の書道部の、今の彼女――でいいのか、その人に今から会いに行く。
達海さんがどういうプランを組んでいるのかは無視して、僕の中ではそういう風にいこうと決めた。
僕たちは、部活の邪魔にならないようグラウンドの端に各部活動の部室があるんだけど、そのプレハブの前を通って奥へと進んでいた。
「ここのグラウンドってサッカー部と野球部が共有してるんスね」
「そんなに強くないらしいからね」
やはり私立だと専用の練習場があるんだろうか。僕にとっては見慣れた光景だけど、達海さんが物珍しそうに横目で眺めていた。
柵で仕切られているだけのグラウンドと隣接しているテニスコートへの入り口は一箇所しかない。
さすがにそこから堂々と入る勇気は持ち合わせていないため、どうしようかと僕がプレハブの前でおろおろしていると――
「あっ、ひーちゃんだ」
「えっ?」
またそうやって僕をからかって――と言いかけた僕の目の先で、ぞろぞろと出てくるテニス部の面々。
「休憩っスかね? タイミングよかったっスね」
ここから入り口まではまだ五十メートルほど離れている。
だがしかし、あの集団がここに向かってきているのは明らかだった。
なぜなら、プレハブにはトイレに加え、いくつかの蛇口がある水飲み場になっているからだ。
外で活動している運動部が休憩時間にそこに集まることぐらい、帰宅部の僕でも知っていることだ。
「あっ、こっちに気づいたっスね」
達海さんは相変わらず呑気に僕に語りかけてくれている。
向こうがこちらに気づいた以上、もう逃げたり隠れたりすることはできない。最初は、バレないようにこっそり観察してから――って考えていた作戦も、早くも崩れ去る。
まだ心の準備ができていない。美帆も遥陽も普通に会う分には何も感じないのに、どうして部活中ってだけで、こんなにも緊張してしまうんだろう。
異国に来たようなアウェー感の中、最初に駆け寄ってきのは美帆だった。
「兄さんと……何で華奈ちゃんがこんな所に二人でいるの?」
「えっとそれは……」
達海さんに視線を送って助けを求める。こういう時の出だしや言い訳は、僕よりも達海さんの方が得意なはずだ。
「それはっスね――」
「あれ、凛くんじゃん! 何してるのそんなところで――」
達海さんの声に被さるようにして、奥から遥陽がタオルを振って走ってくる。その声に反応して振り向いた美帆の肩に手を置くまで、五秒とかからなかった。
「今日は先に帰っててって言ったのに…………ってその人は……?」
――これでまず、四人が揃った。
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